EXTRA STAGE
EX
その、同じ満月の下。
クリスは公園のベンチの上で目を覚まし、朦朧としながら周囲を見回した。
「あれ……僕は、何でこんな所に……?」
体を起こし、周囲を見回した彼は、向かい側のベンチに座った赤いスーツ姿の女と目が合った。
白く美しい肌に金髪の縦ロール、端正で品のある顔立ち。
その女は一見、貴族のような雰囲気を漂わせていた。
だが。
「こんな場所で寝ていたら、夏風邪を引きますわよ」
そう女が言葉を発した途端、腐った血のような、吐き気を催す臭気がクリスの鼻をついた。
「うっ……ヴァンパイア……!?」
それはクリスだからこそ感じられる、ヴァンパイア特有の匂い。
しかもその女ヴァンパイアの匂いは、クリスが今まで嗅いだどんなヴァンパイアよりも凶悪な、ドス黒い匂いだった。
クリスはおもむろに腰に隠し持っていた銀のナイフを握る。
だがその手は、小刻みに震えていた。
体が、本能的に恐怖を感じているのだ。
コイツの瘴気に飲まれたら、やられる……!
そう思ったクリスは、無理矢理に自分を奮い立たせるように声を上げた。
「まったく、くせぇなぁ。おめーみてーなくせぇ女が目の前にいたら、昼寝もおちおちできやしねぇよ」
「あら。こんな満月の下でお昼寝できるのは、夜行性の生き物か死体だけですわよ?」
女ヴァンパイアがクスクスと口元に手を当てて笑う。
真っ白で細い指に、いくつもの指輪がゴテゴテと嵌められている。
「それにしても変ですわね。龍崎ルナがここにいると聞いてやってきたのに、ただの公園じゃないですか。彼女はホームレスか何かなんですの?」
クリスの額に脂汗がにじむ。
こいつは龍崎ルナに会いに来たのか?
でも、何のために……?
「まあ、いいですわ」
女ヴァンパイアはゆっくりと立ち上がって、クリスに近づいてきた。
「汚物のようなハンターがいたら、せっかく綺麗な公園の空気が汚れてしまいますから、焼却しておきましょう」
やられる……!
そう感じたクリスがナイフを構えた刹那、その腕は肩口から切断されて宙を舞い、次の瞬間には炎に包まれてあっという間に灰になってしまった。
「ぐあああっ!」
クリスは激痛に悲鳴を上げる。
あまりにも一瞬のことで、どんな攻撃をされたのかまったく見えなかった。
ダメだ、到底一人で勝てる相手ではない。
逃げなくては……!
だが、そんな彼の考えを見透かしたように、今度は左脚が切断され、彼の体から切り離された左脚もまた炎に包まれて灰になった。
「がああああっ!」
「フフフ……切り刻まれる気分はどう? あなたも今まで、私の仲間をたくさん切り刻んできたんでしょう?」
女ヴァンパイアの顔は笑っていたが、その目は殺意に満ち溢れ、邪悪に赤く光っていた。
右腕と左脚を失い、地面にうつぶせになったクリスは、もはや完全に恐怖に吞み込まれて戦意喪失していた。
「うわああああ! 助けてくれええ!」
「あらあら、無様なハンターですわね。せめてこんな綺麗な月の下で死ねることに感謝しなさいな」
女ヴァンパイアがそう言って、クリスが自らの死を確信した時だった。
ドグシャーッ!!
突然、骨が砕けるような音がしたと思うと、女ヴァンパイアの体が宙を舞い、横に吹き飛ばされて地面を転がった。
「はあ、困ったもんね。目の前で殺人事件が起きたなんて、本部に知られたら昇進できなくなっちゃうじゃない」
先ほどまで女ヴァンパイアが立っていた場所に、人間の女が立っていた。
グレーのパンツスーツを着た、スラリとした長身のハーフ系美人。
この女が、ヴァンパイアを吹っ飛ばしたのか?
クリスが呆然と女を見つめていると、彼女はポケットからスマホを出して操作しながら無表情で彼を見返した。
「時空警察のマナセナです。安心してください。今、救急車を呼びますから」
「おい、早く逃げろ……!」
クリスは焦った。
彼の視線の先で、吹っ飛ばされて地面に倒れていた女ヴァンパイアがゆっくりと立ち上がる。
「この女……全然気配がしなかったですわ」
女ヴァンパイアが口元についた泥を袖口で拭い、マナセナを睨む。
「何者か知りませんが、わたくしの一張羅を台無しにして、生きて帰れると思って?」
女が手を振ると、爪の先から血液が細い糸のようになって飛んだ。
さっきクリスが喰らったのはこの攻撃だったのだ。
それに気づいたマナセナが、クリスをかばうように腕を広げて素早く前に出た。
その彼女の体に、血の糸が襲いかかる。
「危ないッ!」
クリスは思わず叫んだ。
ガキィーン!
金属同士がぶつかるような音がして、マナセナのパンツスーツの肩口と太もも部分が切り裂かれる。
だが、不思議なことに手足は無傷だった。
マナセナの目が青白く光り、女ヴァンパイアを睨む。
「怪人なら手加減は無用ね。座標確認、
瞬間、夜空が一瞬ピカッと光り、上空から一筋のレーザービームが降り注いだ。
ビィィィィィーッ!!
レーザーは一直線に女ヴァンパイアの体を貫き、熱風が吹き荒れる。
「ギャァアアア!!」
恐ろしい断末魔の悲鳴を上げて炎上する女ヴァンパイアを尻目に、マナセナはクリスの体を軽々と抱き上げた。
「緊急事態ですので、私がこのまま病院に連れて行きます。少し揺れますが、我慢してください」
そう言って、クリスを『お姫様だっこ』したまま、ものすごい速度で走り出した。
助かった……そう思った瞬間、クリスの全身から力が抜けて、意識はそこで途切れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます