11-3

 ルナの体から、無数の黒い稲妻が放たれ、テラの体に直撃する。


 バリバリ、ドガァァーン!!


 電流がテラの体にまとわりつき、激しく爆発する。


「うおぉ、あぶねーっ!」


 下手に近づいたら流れ弾で即死しそうだ。

 リョウは慌てて木の陰に隠れ、怪物同士の戦いを見守った。


 ルナは両手を胸の前に伸ばし、親指と人差し指を合わせて三角形を作ると、照準を合わせるようにテラの方に向ける。


 すると、テラの足元の地面から真っ黒い触手が現れて足首に巻き付いた。


「愚かな神よ、次元のちりとなって消滅しなさい!」


 そうルナが叫んだと同時に、両手で作られた三角形から青白い極太レーザーが放たれ、テラの体を丸ごと飲み込む。


 ズドォォォーン!!


 爆炎が上がり、周囲の木の葉に火が引火して燃え上がる。

 

「テラ!!」


 さすがにこれはマズイんじゃないか、とリョウが思った刹那。

 一瞬でルナの背後に回り込んだテラが、ガリガリ君の棒を斜めに振り下ろす。


 ズバシャーッ!!


 まるで刀で袈裟斬りにされたように、ルナの背中が斜めに切り裂かれ、血が噴き出す。

 ルナが声にならない悲鳴を上げながらテラを振り返る。


「龍崎ルナよ、あきらめろ。お主ではどうあがいても我に勝てんのじゃ」

「黙れ!!」


 ルナが叫び、その体が黒い影のようになって消えた。


「え、消えた……?」


 リョウは慌てて周囲を見回すが、ルナの姿はどこにもない。

 逃げたのだろうか?


「やれやれ」


 テラはつまらなそうにアイスの棒を振っている。


「月読といい、クソ雑魚ナメクジの考えることはみんな同じじゃな」

「は!?」


 リョウは背後にものすごい殺気を感じて振り向いた。


 怒りに髪を逆立てたルナの、青白く光る鋭い眼光がそこにあった。


 おいおい、何でこっちに来るんだコイツは!?


「一式リョウ、あなたさえ早く死んでいれば、こんな事にはならなかったのに!」


 その言葉を聞いて、リョウはハッとした。


「まさか……」


 バラバラだったパズルのピースが一つになったような感覚。


 そうだ。


 自宅に現れた光学迷彩マントをまとった男。

 居酒屋のトイレでVRゴーグルをつけて襲って来た男。

 そこにはLOVという共通点があった。


 考えてみれば、全てこいつが仕組んでいたことじゃないのか。


 それに。


『今ここで私とキスをして、私の彼氏になればいいのよ』


 あの不気味なバーで、俺にあんなことを言ったのも。


 全ては、こいつにとって不都合なテラアマテラスという存在を、この世界から排除したかったから。


 テラがゲームをクリアするか、俺が死んでゲームオーバーになるか。


 コイツにとってはどっちでも良かったんだ。


 どっちにしても、それでコイツにとっての最大の障害はいなくなるのだから。


 このクソ野郎。


 彼女いない歴=年齢の俺の心を弄びやがって。


 絶対に許せねえ。


「お姉ちゃん!? 速く助けないとお兄ちゃんが死んじゃいますよ!」


 テラの横で月読が悲鳴を上げる。

 だが、テラは相変わらずアイスの棒を退屈そうに振っている。


「その必要はないじゃろ」

「何でですかー!! お兄ちゃんが死んだら、私もお姉ちゃんもゲームオーバーなんですよ!?」

「はあ……うるさいのう。お主に教えておいてやる」


 そう言って、テラは不敵に笑って横目で月読を見た。


「ゲーマーにとって最も耐えがたいことは、ソロキル一人で勝つことができる相手と戦っている時に、味方に茶々を入れられることじゃ」

「え……」


 月読は目を見開いて、リョウに目を向ける。


「うおおおおお!」


 リョウが刀を構えて咆哮する。


 ルナが手をかざし、周囲の空気がぐにゃりと歪む。


「死ねぇッ、一式リョウ!」


 ルナの全身から黒い稲妻が放たれ、雷撃がリョウの構えた刀に直撃する。


 その瞬間だった。


 キィィィィー……ン!


 澄んだ鈴のような音。


 一瞬、時が止まる。


「読んでいたぜ、龍崎ルナ!」


 リョウが閉じていた目を開くと、周囲の稲妻が弾け飛んだ。


 ルナが目を見開いて硬直する。


「心眼!? バカな、ありえない!」

「雷は金属に落ちるって言うからな……お前の雷を受け止めるのは、メイの鎌を受け止めるよりも全然簡単だったぜぇッ!!」


 ズバァーン!!


 リョウのミネウチの一撃が直撃して、ルナは呻き声を上げて膝をついた。


「お、おのれ……」

「まったく。龍崎ルナよ、お主は熱くなり過ぎじゃ」


 テラがゆっくりと歩み寄って来る。

 地面に手をついたまま、ルナは顔だけを上げてテラを睨んだ。


「アマテラス……」

「冷静さを失えば、勝てる相手にも勝てなくなる。平常心はゲームの基本じゃろ。それに、お主はちょっとばかり派手に力を使い過ぎたようじゃな」


 テラが目を向けた先から、時空警察の制服を着た数人の男たちがこちらに走って来た。


「チッ」


 ルナが舌打ちして、ヨロヨロと立ち上がる。

 そして、冷たい眼でテラを睨んだ。


「アマテラス、この世界は絶対にあなたの好きにはさせないわ」

「何じゃそれは。まるで我が悪役みたいじゃないか」


 そう言って苦笑したテラの声は、ルナにはもう聞こえていなかっただろう。彼女は黒い影となり、もうどこかへ消えてしまっていた。


「逃げたぞ、追え!」


 時空警察がルナの影を追って走って行く。


「さあ、帰るぞ」


 テラはリョウに目を向けて微笑んだ。


「リョウよ、お主も少しは主人公らしくなってきたようじゃな」

「はあ? 別に俺は主人公じゃねーよ」


 そう答えて、リョウは改めて周囲を見回した。

 やっぱり、オロチ本社があった場所がまるまる巨大な公園になっている。


「これ、お前がやったんだよな……何で公園にしたんだ?」

「別に大した意味はないぞ。この世界と似たような世界で、ちょうどこの場所が公園になってる世界があったからな。それをそのままコピペコピー&ペーストしただけじゃ」

「コピペって……」


 とんでもない事をやってのけたはずなのに、片手間でやったみたいに言うなよ。


 その時、公園の向こうから、沙也加とメイがこっちに向かって来るのが見えた。


「おーい、リョウくーん!」

「沙也加! それにメイも……良かった。本当に無事だったんだな」

「ちょっとお兄ちゃん、『本当に』って……やっぱり私のこと信じてなかったんですねー!?」


 月読が頬を膨らませた。


「あはは……ツッキーすごい顔」


 合流早々、沙也加が苦笑する。


「でも、本当にみんな無事でよかったよぉ。リョウ君も、本当に無事で良かった」

「ああ、沙也加のおかげだよ。ありがとうな」

「え、いやそんな……私は何も……」


 沙也加が頬を赤くして微笑んだ。


「むしろ、私こそリョウ君がいなかったら、どうなってたかわからないし……」


 そんな二人のやりとりを、月読がニヤニヤして見ている。何だコイツ。

 リョウが睨むと、親指を立ててウインクする。まったく意味がわからん。


「リョウ……」


 メイが、リョウの袖を引っ張ってかすれた声を出した。

 目に涙がたまってウルウルしている。


「ごめんなさいっす、僕……」

「ああ、気にするなよ、メイ。悪いのは全部、龍崎ルナなんだからよ。お前も生きててくれて本当に良かったぜ」


 リョウはそう言って、メイのピンクの髪をわしゃわしゃと撫でた。


「うう……ありがと」


 メイが涙目でうつむく。


「本当に……何だか悪い夢を見ていたみたいだよねぇ。オロチのビルも消えちゃったし……」


 そう言って、沙也加が満月の浮かぶ夜空を見上げた。


「ああ、そうだな」

「はぁ、また就活しなきゃだよぉ」

「ゲッ、そうか……俺もだ」


 リョウと沙也加が顔を見合わせて苦笑していると、メイがおずおずと声を上げた。


「あ、あのぉー」


 何故かモジモジしながら、リョウと沙也加を交互にチラチラ見る。


「どうしたの、メイちゃん?」

「あ、あの……もしよければっすけど。二人も僕と一緒にプロゲーマーにならないっすか?」

「「プロゲーマー!?」」


 メイの予想外の提案に、リョウと沙也加が同時に変な声を上げた。


「う、うん。二人と一緒にチーム組んでやったら、楽しそうだなぁって思って……。あ、でも無理っすかね。やっぱり二人は、もっと普通の安定した仕事がしたいっすよね……」

「えー! いいね、楽しそう!」


 沙也加が笑顔で叫んだ。


「メイちゃんと一緒だったら、誰にも負けない自信あるよぉ! それいいかもぉー!」

「まあ、確かに……俺たち三人だったら、最強のチームになるだろうな」


 リョウも笑って頷く。

 そんな二人の答えを聞いて、メイの目がキラキラと輝いた。


「マジっすか。うんうん、絶対最強っすよー。じゃあ、決定っすね! さっそく今からリョウの家に行って作戦会議するっすー」

「えっ、今からかよ……しかもなんで俺の家なんだよ!?」

「あはは、リョウ君の家って何だか落ち着くもんねぇ」

「確かに。狭くてボロイですけど、意外と居心地は悪くないですからねー」


 月読がニヤニヤしながら横から言う。


「ボロイってお前な……確かにボロいけど」


 リョウは月読を睨んだ。


「てか、お前はいちいちディスらないと死ぬ病気か何かなのか!?」

「失礼な! ちゃんと褒めたじゃないですか!」

「褒めるなら普通に褒めろよ! 今の流れでボロイって絶対言う必要なかっただろ! あと、『意外と』ってのも余計だからな!」

「あはは、リョウ君はやっぱり面白いなぁ」


 沙也加が楽しそうにケラケラと笑い、それにつられてリョウとメイも笑ってしまった。


 かくして、就職先がのオロチが消滅してしまったリョウと沙也加は、メイと一緒にプロゲーマーになることを決意したのであった。


 あれ。


 でも、何か忘れてるような……?


「リョウ君、どうかしたのかな?」


 沙也加が不思議そうにリョウの顔を覗き込んでくる。


「いや、何でもない。行こうぜ」


 リョウは首を振り、沙也加と並んで公園の出口に向かって歩き出す。


 空に浮かんだ満月が、そんな二人の影を青白く照らしていた。

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