11-2

 月読が体に刺さった槍を抜き、落ちた眼球を拾って目にはめる。


「おええええぇ」


 リョウは思わず吐きそうになってしまった。

 グロすぎだろ。神様ってよりも完全にゾンビだ。腐った死体だ。


 だが、当の月読はやけに楽しそうだ。

 明らかにテンションがおかしいのは、満月の夜だからか、それともただバカだからなのか?


「さあ、今度はこっちからいきますよぉー!!」


 傷が再生されて元の体に戻った月読が、無駄に元気な声を上げてファイティングポーズをとる。


「宇宙のことわりは神の理……それは、万物流転ばんぶつるてんの法則の外にある絶対法則。これはその調和を乱した者への因果の裁き。時空を超え、遥かなる悠久の時を越えた高天原たかまがはらの神の力、その身でとくと受けるが良い!」


「おお……何かそれっぽい! お前にそんなすごい力があったのか!」


 言ってる内容はまったく意味不明だが、何だかすごそうな中二病っぽいセリフに思わずテンションが上がった。


 月読は左手を体の前に上げ、右手を握りしめて腰のあたりに固定し、空手のような構えをとる。


 その体から、煙のような紫色のオーラが立ち上り、そのオーラが次第に蓄積されると、バリバリと赤い電流のようなものが走り始めた。


 さすがのルナもその様子に圧倒されたのか、ステージの上から一歩も動けず、ただ腕組みをしたまま、じっと様子を見守っている。

 いや、見ようによってはただ呆れてるだけにも見えるが。


 バリバリ! バリバリ!


 ものすごい音と共に、月読が握りしめた右の拳に電流が集まっていき、それは炎のグローブのようにすっぽりと拳を包み込んだ。


 月読がすぅーっ、と息を吸い込み、そして。


 バシューン!!


 残像を残しながら、弾丸のような速さでルナの目の前に踏み込む。


 空気が歪み、突風がホールの中に吹き荒れた。


「龍崎ルナ! 暗黒の夜の果てに消え去るがいい! 月読流秘奥義、残影拳ざんえいけいんッ!!」

「何か聞いた事ある名前だな!?」


 技名はともかく、月読の放った電撃をまとった拳は見事にルナの顔面をとらえた。


 ドグシャーッ!!

 バリバリ、ドガァァーン!!


 打撃と共に電流が爆発し、ルナの体が爆炎に包まれる。


「す、すげぇ……」


 お前、実はやる時はやる奴だったのか。

 だが、その爆炎の中から現れたルナの姿を見て、リョウは戦慄した。


「ノーダメージかよ……」


 ルナは、さっきまでと全く同じ、腕組みしたポーズのままそこに立ち、月読を睨んでいた。

 確かに顔面に拳が直撃したはずなのに、傷一つついていない。


「と、言うのはフェイントでぇ……」


 月読の目がキラーンと光る。

 え、今のフェイントだったの?


「スキありーッ! 連続つくよみパンチ! オラオラオラオラァ!!」

「お前にオリジナリティはないのかよ!」

「なぁに、勝てばいいんですよ、勝てばぁ!」


 そういう問題じゃないだろ。


 ビシビシビシビシ。ビシビシビシビシ。


 月読の連続パンチが当たっても、まるでルナには効いていない。

 むしろただムカつかせてるだけだぞコレ。


「学芸会は学校でやってくれるかしら?」


 冷たく言い放ったルナの体から黒い電流が走り、月読に直撃する。


 ビリビリビリビリ!


「ギャー! 痺れるぅぅう!」


 電流が消えたと思うと、今度は青い炎が月読を包んだ。


「ぐぎゃー! 燃えるううぅ!」


 さらに、強烈な冷気が吹き荒れ、月読の体が凍結する。


「あんぎゃー! 凍るううぅ!」


 何やってるんだコイツ。やる気あんのか!


 バリーン。


 氷漬けになった月読を、ルナが拳で殴って粉々に打ち砕いた。

 リョウはその様子を、ただ呆然と見ていることしかできなかった。


「月読……安らかに眠ってくれ……」

「いや死んでないですよ!!」


 粉々になった氷が宙に浮き、合体してスライムのようにうねうねとうごめいた。


「うげ、何かとんでもなく邪悪な存在に転生しやがった!?」

「お兄ちゃん、さっきからうるさいですよ! いいから黙って見ていてください!」


 スライム状になった月読がルナの体に飛び掛かる。


「龍崎ルナ! 貴様の〇〇〇を××まくって△△△させてやる!!」

「ただの変態じゃねーか!」


 どんだけアウトなことを繰り返せば気が済むのか。

 リョウの心配をよそに、スライム状の月読が突撃してルナの全身を包み込む。


 と思った直後、ルナの全身から衝撃波が発せられ、月読は再び粉々になって飛び散った。


「ぎゃぁあぁーっ! 体がバラバラにぃぃ!!」

「おいお前、ふざけんなよ!」


 ちょっとだけ違う意味で期待したのに、ことごとく期待を裏切る奴。


 粉々になった月読は、今度は砂嵐のようになって渦を巻きながらルナに襲い掛かった。


「ふっふっふ、直接攻撃がダメなら、ハウスダストのように酸素にまぎれて体内に入り込み、内側からめちゃくちゃに破壊してやります!」

「はあ、もう何でもありだな……」

「そう、勝てば何でもありなんですよ!」


 どっちが悪役なのかわからないようなセリフを吐きながら突撃する月読。


 ルナは右手を広げて月読に手のひらを向けた。

 すると手のひらがまるで掃除機のように周囲の空気を吸い込み、月読の体も全部ルナの手のひらの中に吸い込まれてしまった。


「ギャーッ! 吸い込まれるぅぅ!」

「……」


 もはやツッコミの言葉すら見つからない。

 いくら何でもザコ過ぎる。


 ルナは手のひらをギューッと握り、おにぎりみたいに握り固められた月読の残骸をポイっと床に投げ捨てた。


 月読の残骸が床の上でぴょんぴょん跳ねて悔しそうに叫ぶ。


「お、おのれーっ。化け物ですかコイツ!」

「お前も十分化け物だろ!」


 しかしだいぶ雲行きが怪しいぞコレは。

 月読がルナに勝てるイメージがまったく湧かない。というか、戦いにすらなっていない。


 どうする?

 月読は攻撃力は皆無に等しいが、殺されることもなさそうだ。

 ならば一旦はコイツをおとりにして脱出するか?

 いや、ダメだ。こいつではザコ過ぎておとりにすら使えないだろう。


 何かほかに方法は……。


「つまらない芸もネタ切れかしら?」


 ルナが無表情で月読の残骸を見下す。

 ヤバイ、これはいよいよトドメをさされる流れだ。

 リョウがそう思った時。


「いやー、全くじゃ。そんなつまらん芸によく付き合えるもんじゃのう」

「は?」


 ルナがギョッとしたように背後を振り返る。

 そして、リョウもその時、初めてソイツがそこにいることに気づいた。

 いつも神出鬼没で、誰かをビックリさせながら登場しないと気が済まない奴。


「テラ……!」


 ルナのすぐ真後ろで、テラがガリガリ君を食べている。


 『神』と書かれたダサ過ぎる白Tシャツ姿で、サンダルを履き、まるで月見ついでに夜のウォーキングでもしていたみたいに、普通にそこに立っていた。


 次の瞬間、ルナの体が黒い影のようになって客席の方に飛んで行き、同時にその体から発せられた黒い稲妻がテラに直撃した。


 バリバリ、ピシャーン!!


 ものすごい音がして火花が散り、天井の照明がチカチカと点滅する。


「ちょ、お姉ちゃん……つまらん芸とは何ですか! あと少しでこの妖怪鼻高女を倒せそうだったんですからね!」


 いつの間にか人間の姿に戻った月読が、テラにブーブーと口を尖らせる。


「むしろお前は一ミリもダメージ与えられてないだろ……」


 リョウはため息をつく。


 妹の方は全然ダメだったが、姉の方はどうだ?

 そう思って目を向けると、ルナの放った電撃を喰らったはずのテラは、何事もなかったかのように涼しい顔でガリガリ君を食べている。


 ノーダメージか。


 黒い影から実体に戻ったルナも、明らかに動揺している。

 どうやら、完全に形勢逆転したようだ。


 テラは月読の方を見て、不敵に笑う。


「まあ、お主の大道芸のおかげでが出来たんじゃ。とりあえず今回はグッジョブだったと言っておこう」

「ホントですかー!?」


 月読は目をキラキラさせる。


「って、大道芸ではないんですけど……じゃあ、これからは一緒に協力してクリアを目指しましょうね、お姉ちゃん!」

「今回は、と言ったじゃろ。お主みたいなクソ雑魚ナメクジは足手まといじゃと何度言えばわかるんじゃ」

「ええー、ひどい。私頑張ったのにー!」

「ちょっと!」


 完全に無視されていた形のルナが、怒りのこもった声を上げた。


「人の会社でギャーギャーと騒いで、何なのアナタたちは? 部外者はさっさと出て行ってちょうだい」

「うん?」


 テラは、そこで初めてルナに気づいたように目を向けた。

 そして、悪魔みたいなニヤニヤ笑いを浮かべて聞き返す。


「会社って何のことじゃ?」

「はっ!?」


 その瞬間、テラ以外の三人はギョッとして周囲を見回した。

 さっきまでオロチ本社の中にいたはずだったのに、いつの間にかそこは緑あふれる公園に変わっていた。


 え、どこだここは!?

 満月に空の下、ウサギのような特徴的な形をした都庁ビルが見える。


 周囲の景色からすると、この場所はオロチ本社があった場所なのは間違いない。

 ということはつまり……。


「オロチの本社ビルが消えた!?」


 リョウは頭が真っ白になってしまった。

 マジで意味がわからない。

 これが神の力なのか……。


「わかったか?」


 テラは食べ終わったガリガリ君の棒をルナに向けた。


「ザコ相手にいい気になっている程度のクソザコが、神の真似事をするな。人間は所詮人間。神にはなれんのじゃからな」

「ぐっ……このッ……」


 ルナは青ざめた顔をして、怒りに満ちた目でテラを睨む。


「アマテラス……その言葉、そのままあなたにお返しするわ。神ごときが私の計画を邪魔するなんて……絶対に許さない!」


 ルナの体から、バリバリと音を立てて漆黒の電流がほとばしった。

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