LAST STAGE

11-1

「もぉー、お姉ちゃん! またまた今回もギリギリセーフだったけど、危うく沙也加が死ぬところだったじゃないですか!?」


 オロチ本社ビルの上空に浮かんだ二柱ふたはしらの神が、虹色の布にくるまれて宙を漂う沙也加とメイを見下ろしていた。


天の羽衣あまのはごろもを持っておるんじゃから、さすがに転落死はないじゃろ。そんな簡単に死ぬ間抜けはスペランカーかお主くらいのものじゃぞ」


 テラが呆れたように目を細めて横目で月読を見る。


「いやいや、心臓に悪すぎですよ!」


月読が顔を真っ赤にして怒鳴った。


「大体、沙也加が死んだら私はゲームオーバーなんですからね!?」

「そんなこと、我には一切関係ないが」

「めちゃくちゃ関係あるでしょ! お兄ちゃんの彼女になってくれるような女の子なんて、沙也加くらいしかいないんですよ!?」

「何でそうなるんじゃ。べつに、他にも女なんかいっぱいおるわ。サチとかでもいいし」

「あんな年増の未亡人じゃお兄ちゃんが可哀相でしょ!」

「メイでもいいし」

「あんな根暗のチンチクリンじゃお兄ちゃんが可哀相でしょ!」

「はあ、うるさいのぉ」


テラはため息を吐いた。


「こっちはこっちでちゃんと考えておるんじゃ。お主はお主で、勝手に頑張ればよかろう」

「もぉー、そんな冷たいこと言わないでくださいよー。絶対一緒に協力した方が効率いいのに……お姉ちゃんの頑固者!」

「はいはい」


 テラはため息をついて、オロチ本社ビルの屋上庭園を見下ろした。


 リョウが絶望したようにガックシと地面に手をついてうずくまっているのが見える。


 そして、龍崎ルナが宙に浮かんだまま、勝ち誇ったようにそれを見下している。


「月読よ」


 テラは不意に、悪戯を思いついた子供のようにニヤリと笑った。


 呼ばれた月読はそんな姉の顔を見て、不思議そうに目をパチパチさせる。


「何ですかその悪そうな顔は……」

「お主、そんなに我の手伝いをしたいなら、ちょっとバグ退治でもやってみたらどうじゃ?」



 

 リョウは青い顔をして屋上の手すりの前に立ち、遥か下に輝く街の光を見下ろした。


 当然、沙也加やメイの姿は見えない。

 もう今頃、地面に激突してぐちゃぐちゃになっているのかもしれない。


 それを想像すると、また涙が溢れて、手すりを掴んだ手の甲にボタボタと雫が落ちた。


 沙也加やメイと一緒に過ごしたこの数日間、クソゲーみたいにつまらなかった俺の人生が、やっと面白くなってきた……そう思っていた。


 でも結局、最後にこんなバッドエンドを迎えてしまうなんて。


 やっぱり俺の人生は、最初から最後までクソゲーだったんだ。


 俺なんかが、リア充みたいな人生を生きたいと願ったこと自体、間違いだったんだろう。


 このまま生き続けても、二人を殺してしまった後悔を抱きながら、ただつまらない人生を生きていくだけだ。


 ならば、いっそ……。


「リョウ君。今あなたが考えている事は正しいわ」


 宙に浮かぶ不可視の玉座に座ったルナが、優しい口調で言った。


「あなたの人生にとって、今とれる最善の選択肢。それはそこから飛び降りて自ら命を断つこと。最後くらい、男らしいところを見せたらどう?」

「ああ、そうだな……」


 リョウは力なく頷く。

 珍しく気が合うじゃないか。


「でもなあ」


 リョウは空を仰ぐ。

 涙で滲んだ視界の中で、満月の光が眩しい。


「どうせ死ぬなら、もっとかっこよく死にたいかな」

「かっこよく、ねえ。たとえば、どんなふうに?」


 ルナが微笑を浮かべ、首を傾げる。


「そんなの……決まってるだろうが」


 リョウは自分の手が震えるのを感じていた。


 おいおい、しっかりしろ。


 俺は沙也加やメイを殺してしまったんだ。


 今さら、ビビることなんて何もないだろ。


 震えを無理矢理、抑え込む。


 そして。


「お前を殺して、俺も死ぬ!」


 そう叫ぶと、イングラムの銃口をルナに向けた。


「あらあら」


 ルナは微動だにしない。

 ただ冷たい眼をこちらに向けて微笑んでいる。


「かっこいいセリフも、かっこ悪いキミが言ったら台無しね」

「うるせー!」


 リョウは引き金を引いた。


 はずだったが。


「クソ……何で……」


 体が動かない。

 引き金を引くことはおろか、全身が金縛りみたいにまったく動けなくなっていた。


「リョウ君にはガッカリしっぱなしね」


 ルナは青白く光る眼でリョウを見下す。


「正直、あなたみたいな愚かな男は、見ているだけでイライラするのよ。だから、もうゲームオーバーにしましょう」

「ぐっ!?」


 リョウの腕が勝手に動き出し、イングラムの銃口を自分の口に突っ込む。


 マジかよ。


 こんなにアッサリ負けるなんて。


 かっこ悪すぎだろ。


 悔しい。


 負けたくない。


 死にたくない。


「うわああああ!」


 その時。


「つくよみぃ~キーック、とぉーっ!!」


 どこかで聞いたことのある間抜けな声が夜空に響く。そして。


 パリィィィーン!!


 空に浮かんでいた満月の夜空が突然、バラバラになって砕け散り、その下から劇場のような巨大なホールの天井が姿を現した。


 その瞬間、呪縛が解けたように、リョウの全身の自由が戻った。


「ゴハッ、ウエッ」


 リョウは口から銃を抜くと、膝をついてえずいた。


 頭がグルグルする。

 船酔いしたみたいに気持ち悪い。


 ここは……オリエンテーション会場?


 赤い絨毯、大理石の柱。


 さっきまで屋上庭園にいたはずなのに、気づくとそこは劇場のようなホールに変わっていた。


 そのステージに立ったルナは、腕を組んで立ったまま、いきなり現れた闖入者をじっと睨んでいる。


 一方、当の闖入者は飛び込んできた勢いでこけたらしく、「いてて……」と腰をさすりながらヨロヨロと立ち上がった。


 白い肌、青いワンピース、銀色のサラサラヘアーのはかなげな美少女。

 そしてこの間抜けな登場の仕方。


「月読!?」

「やあ、お兄ちゃん。私が来たからにはもう安心ですよ! ここからはスーパー月読ちゃんタイム発動ですから、期待しちゃってくださいねー!」


 月読は笑顔でウインクしながらピースした。

 相変わらず意味わからん。


「それよりも、沙也加が大変なんだ。月読、俺はいいから沙也加を助けてくれよ!」

「いやいや、どっちかと言えばお兄ちゃんの方がピンチでしたよ!?」


 月読は目を見開いた。


「安心してください、沙也加とメイは無事ですから」

「え、嘘だろ。本当に無事なのか!?」


 とても信じられない。

 リョウは思わず月読の顔を凝視した。


「ウソって……ちょ、しかも何で私を睨むんですか!?」


 月読がむくれる。

 別に睨んだつもりはないんだけど。


「私が無事って言ったら無事に決まってるじゃないですか。私は神様ですよ。神様が嘘つくわけないでしょ!?」


 お前ほど信用できない神様はいないんだよ!


 だがまあ、こいつは沙也加のことになると意外と真面目だからな。きっと沙也加とメイは無事なんだろう。

 リョウはそう信じることにした。


「茶番をしに来たのなら、さっさとお引き取り願えるかしら?」


 ルナが冷たい眼で月読を睨みながら言う。

 めちゃくちゃ不機嫌そうだ。


「ふん、安心してください。茶番はここまでですよ!」


 月読がルナを睨み返す。

 てことは今までのは茶番だったのかよ。


 ルナは心底呆れたというように、びっくりするほど大きなため息を吐いた。


「一応、警告してあげるけど……もし私と戦おうなんて思っているのなら、やめておいた方がいいわよ。あなた程度の神が何人タバになったところで、私を倒す事はできないから」

「ほほう、なかなか笑わせてくれますねー。ヘソからお茶が湧き出てきそうですよ」


 どんなヘソだよ。

 それを言うなら、ヘソで茶が沸きそう、だろ!


 というか、色んな意味で不安過ぎるぞ。

 マジで大丈夫なのかコイツ!?


「命知らずな神様ね」


 ルナは微笑んだ。当然ながら目は全然笑っていない。


「じゃあ、お望み通り、死になさい」


 ドグシャァッ!!


「は……?」


 リョウは目を疑った。


 それは、本当に一瞬の出来事だった。


 いきなり無数の黒い槍が現れて月読の全身を貫き、血まみれになった月読が血を吐きながらバタリと床に崩れ落ちた。


 何が起きたのかはわからないが、月読がやられた事だけは確かだ。


 てか、弱すぎだろ!


「さあ、リョウ君。邪魔者はいなくなったわ。続きをしましょうか」


 ルナがリョウに微笑みかける。


 おいおい、勘弁してくれ。

 結局、何も状況は変わらないじゃないか。

 何しに来たんだよこのバカ神様は。


「なーんちゃって」


 そんな間抜けな声がしたと思うと、いきなり月読が全身串刺しにされた状態で「よっこらしょ」と立ち上がった。


 ボタボタと音を立てて血や肉や眼球など、落ちてはいけないものが床に落ちる。


 完全にホラーだ。スプラッタだ。モザイクが必要な奴だ。


「あれ、今何かしましたか? 全然効かないですねー」

「説得力なさすぎだろ!」


 どう考えても生きた死体にしか見えないけど、マジで大丈夫なのかコイツ。

 というか俺はどういう感情でこれを見てればいいんだよ。


「へぇ、面白いわね」


 ルナが、全然面白くなさそうに言った。

 瞳が青白く光っている。


「そんな面白いあなたに、特別に私が一番嫌いなことを教えてあげるわ」


 おいおい、何かめちゃくちゃキレてないか?

 リョウは全身に鳥肌が立つのを感じた。


「それは、バカな奴にバカにされることよ」

「あらら、奇遇ですね。私もそうなんですよー」


 月読はそう答えて、シューシューと声にならない笑いを上げる。

 完全にゾンビじゃねーかよ!


「さあ、龍崎ルナ。茶番はここまでですよ!」

「いや、さっきも同じこと言ってたよな!?」


 思わずツッコミを入れてしまった。

 帰りたい。この場から一秒でも早く立ち去りたい。

 リョウは真剣にそう思った。

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