10-4
リョウの声が聞こえた気がして、沙也加は上空に目を向けた。
「リョウ君……」
屋上から身を乗り出していたリョウの姿は、とっくに見えなくなっていた。
それでも満月の大きさだけはずっと変わらず、手を伸ばせば届きそうなほど近くに見える。
そのままゆっくりと視線を落とすと、遥か下方には新宿の夜の光がキラキラと宝石箱みたいに輝いていた。
「メイちゃん、見える? 満月と夜景。どっちもすごく綺麗だねぇ」
胸に抱きしめたメイに向かって、優しく囁くように言う。
「沙也加……何で!?」
メイは涙目になって沙也加を見上げていた。
「何で沙也加まで一緒に落ちてるんすか!?」
「あれ、メイちゃん」
沙也加は目をパチクリさせてメイを見返し、明るい笑顔を見せた。
「よかったぁ、元のメイちゃんに戻ってくれたんだねぇ!」
「沙也加……僕は最低な奴っす。ゲームなのか現実なのかわからなくなって、みんなを殺そうとして……」
メイの頬を大粒の涙が流れた。
「だから、もう僕なんて……死んだ方が」
「大丈夫。メイちゃんは悪くないよ」
メイの言葉を遮るように言って、沙也加はメイを強く抱きしめた。
「何で……僕は沙也加を殺そうとしたんっすよ!?」
沙也加の胸の中に抱かれたまま、メイは悲鳴のような叫びを上げた。
「沙也加だけじゃない、リョウもクリスも……みんな殺そうとしてたっすよ! なのに何で、沙也加は……」
「メイちゃん、大丈夫だよ。本当に、もう大丈夫だから」
「大丈夫じゃないっすよ! 僕は沙也加に死んでほしくないっす!」
「私だって!!」
笑顔だったはずの沙也加の目から、突然ポロポロと涙が溢れ出す。
「私だってメイちゃんに死んでほしくないよ!」
あーあ、笑顔で死のうって思ったのになぁ。
「沙也加……何で」
「何でって。そんなの決まってるじゃない。メイちゃんは私の大切な友達なんだから」
「友達……」
メイは、ハッとしたように顔を上げる。
「沙也加は……こんな僕とでも、まだ友達でいてくれるんすか……?」
「そんなの、当たり前でしょ」
沙也加は指先で涙を払いながら、再び明るい笑顔を見せた。
「死ぬまで……ううん、死んでからだって、ずっと友達だよ」
「沙也加……」
メイは涙でぐちゃぐちゃになった顔を、沙也加の胸に埋めて号泣した。
「沙也加ああぁあ!!」
「メイちゃんも、きっと
安心させるように、メイの体を強く抱きしめたまま、沙也加が優しく囁く。
メイはまるで子供の頃に戻ったみたいに、駄々っ子みたいに泣きじゃくった。
嫌だ、嫌だ、沙也加を死なせたくない!
何で僕はこんな大事な友達を手にかけようとしてたんだろう。
メイは、涙で霞む視界の中で、必死にアイテムボックスの中を探していた。
何か。何かないっすか、沙也加を助ける方法は!?
パラシュートはさっき、隣のビルから飛び降りる時に使ってしまった。
あーもう、何であんな無駄な使い方をしてしまったんだろう!
何かないか?
せめて、沙也加だけでも助けられる何か……。
「あれ……コレは……」
メイはふと自分のアイテムボックスに、見たことのないアイテムがあるのに気付いた。
LOVでこんなアイテムあったっけ?
それは、本当に小さい、虹色に光るビー玉みたいな石だった。
あ、そうか。これはドラゴンがドロップした、謎の石……。
ルナがレアドロップと言うから拾ったけど、今まですっかり存在を忘れていた。
一体、こんな小さな石に何の価値があるのかさっぱりわからない。
こんなもの、今の状況ではお守りくらいにしかならないじゃないか。
お守りなんて……。
「お守りだったら、せめて沙也加のことを守ってくださいっす!」
メイは石を握って祈った。
もうヤケクソだった。
目をつぶり、必死で祈る。
「神様でも仏様でも悪魔でも……もうこの際、誰でもいいっす! お願いします……沙也加を……沙也加だけでも、助けて……助けてください!!」
そう叫んだ時だった。
「め、メイちゃん!?」
沙也加がびっくりしたような声を上げた。
メイが目を開くと。
奇跡が起きた。
さっきまで手に握っていた石が、虹色に光る細長い布になって、二人を包み込んでいたのだ。
落下していたはずの二人の体は、今は宙にとどまって、フワフワと揺れている。
え、何コレ?
メイは目が点になった。
「すごい、すごいよ! メイちゃん!」
沙也加が興奮した様子でメイの頭をわしわしと撫でる。
「え、いや。僕は何もしてないっすけど……」
「きっと、神様にメイちゃんの祈りが通じたんだよ!」
「ええ……」
メイは微妙な表情で、空を仰いだ。
「もし本当に神様がいるなら、もっと早く助けてほしかったっす……」
「あはは、確かに!」
沙也加は楽しげに笑った。
その笑顔を見て、メイも思わず微笑んだ。
おばあちゃん、やっぱり、友達っていいもんっすねー。
二人を包み込んだ布は、たんぽぽの種みたいに、ゆっくりフワフワと新宿の空を漂っていた。
と、何となく月を見上げていたメイの視界のはしに、空に浮かぶ小さな二つの影が見えた。
ビルの屋上よりも、もっと遥か上空。
満月を背にして浮いているその二つの影に、メイは見覚えがあるような気がした。
「いや、まさかっすよね……」
沙也加とメイは、虹色の布に抱きかかえられるようにして、ユラユラと空を漂い、ゆっくりと地上に向かって舞い降りて行った。
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