10-2

「はあ!?」


 殺し合いをしろ、だって?

 リョウは怒りを抑えきれずにルナを睨んだ。


「何ふざけたこと言ってんだ!」

「ふざけてなんかいないわよ?」


 見下したように冷たく答えるルナ。


「だって、LOVは最初からそのために作ったものなんだから」

「LOVはただのゲームじゃねーかよ!」


 リョウが吼えると、ルナは馬鹿にしたようにクスクスと笑った。


「そう、ただのゲームよ。神殺しの英雄を決める、ね」

「神殺しって……お前は何か神に恨みでもあるのかよ?」

「神だけではないわ」


 ルナの瞳が青白く光る。


「あらゆる支配からの独立。本当の自由。本当の平穏。これは、人類のための戦いなのよ」

「人類のためって……じゃあ何で俺たちが殺し合いをする必要があるんだよ!?」

「簡単なことよ。この中に、人間でありながら神の味方をする裏切り者がいるから」

「はあ、意味わかんねーよ。理由になってねーだろ!」

「ごめんなさいね、リョウ君」


 ルナは憐れな虫けらを見るような目でリョウを見下す。


「残念ながら、このゲームは最初から結末が決まっているのよ。シナリオは一本道。マルチエンディングではないの」

「は……?」

「つまり、この戦いで勝利する『全人類最強プレイヤー』は最初から決まっているのよ。そして、ここで死んでいく裏切り者もまた最初から決まっているわ」


 その時、満月がひときわ強い光を放ち、庭園全体が真昼のような明るさに包まれた。そして、その眩い光はやがて収束して一筋の光線となり、ある一点を照らし出す。


 スポットライトのようなその月光に照らされたのは、神武メイ。

 光に照らされた彼女は「へ……?」と困惑したような表情を浮かべる。


「さあ、メイちゃん。始めましょう。あなたが最強だと証明するラストバトルを」

「僕が……最強……」


 メイは、キョトンとしてルナを見上げる。

 その瞳に、細く鋭いレーザービームのような月光が降り注ぐ。

 ルナは優しく微笑み、メイに頷く。


「そう、あなたが『世界を救う』のよ」

「世界を、救う……僕が、世界を……」


 メイの瞳に、何ともいいがたい異様な光が煌めいた。

 何か様子がおかしい。


「おい、メイ! そんな奴のいう事を信じるな!」


 リョウはそう叫んで、メイの肩を掴もうとした。

 瞬間、世界が反転した。


「え……?」


 メイに投げ飛ばされた、と認識すると同時に、目の前に鋭い鎌の刃が迫る。


 やばい、かわせない!!


 ガギィィン!


 耳が痛くなるような金属音がしたと同時に、リョウは地面に叩きつけられた。


 素早く受け身を取り、メイのほうを見ると、沙也加が鞘に入ったままの日本刀で、メイの鎌を受け止めていた。


「メイちゃん、ダメだって!」


 沙也加が必死に叫ぶが、メイはまるで聞こえていないかのように、今度は沙也加に向かって鎌を振り上げる。


「クソっ!」


 リョウはSMGサブマシンガンのイングラムを構え、メイに銃口を向ける。

 沙也加がそれを見て青ざめる。


「リョウ君、やめて!」

「どうせ当たらねーよ!!」


 ドガガガガガガ!!


 銃声が響き、メイに向かって弾丸の雨が降り注ぐ。

 メイは一瞬のスキをついて沙也加を突き飛ばし、彼女の背後に回り込んだ。


「え?」


 コイツ、沙也加を盾にしやがった!?


「わあああ、危ない!」


 沙也加がとっさにシールドを張って銃弾を防ぐ。

 その背後でメイが鎌を振り上げた。


「沙也加!」


 リョウは沙也加の手を掴んで引き寄せ、メイの鎌を日本刀で受け止めた。


 キィーン!!


 甲高い音が響き、火花が散る。


「ふざけやがって……いい加減にしろよ、このガチャピンがぁあ!!」


 ガギィィン! ガキィーン! ガキャーン!!


 鎌と日本刀が激しくぶつかり合う。


「二人ともやめてよぉ!」


 沙也加が泣きそうな声で叫ぶ。

 八咫鏡やたのかがみはクールダウン中で再使用にはまだ時間がかかる。


「もう、どうしたらいいの……?」


 そう呟いた沙也加のうしろで、クリスがボソリと呟いた。


「どうする、だって? 簡単なことじゃねぇか」

「え……クリス君?」


 振り向いた沙也加の目の前、数センチのところに、クリスの八岐大蛇やまたのおろちの不気味な砲口があった。


「死にたくなかったら殺せってことだろ? やってやろうじゃねーか!!」


 ドガガァァァーン!!!


 爆風が吹き荒れ、千日紅の花壇が炎に包まれる。


「ヨシ、まずは一人……あと二人殺せばオレの勝ちだ!」


 クリスが血走った眼でリョウ達の方に砲口を向けた時。

 誰かが彼の肩を掴んだ。


「クリス君まで……さすがに怒るよ?」

水無月みなづきッ!?」


 パーンッ!!


 振り返ったクリスの顔面に、沙也加の強烈なビンタが炸裂した。


「ぶふぉっ!」


 クリスの体がきりもみ回転して吹き飛び、地面を転がる。


「目、覚めたかな?」


 冷たい眼でクリスを見下す沙也加。

 クリスはその鋭い眼光にゾクリと息を飲んだ。

 コイツ、本当にあの水無月沙也加か……?


「今ここで私たちが殺し合ったら、龍崎ルナの思うツボでしょ。ゲーマーのくせにそんなこともわからないの?」

「うるせえ! あの神武を見ろ、正気じゃねーだろ。戦わなかったらオレたちが殺されるだけだぞ!」

「誰も死なせないよ、リョウ君もメイちゃんも、もちろんクリス君も」

「けっ、こんな時にラノベみてぇな綺麗ごと言いやがって……イライラすんだよ、平和ボケした日本人が!」

「対人戦から逃げてたキミがそんな事いえるのかなぁ?」


 沙也加は優しく微笑んだ。

 子供に言い聞かせるみたいな、落ち着いた穏やかな口調。


「人間相手にあんな至近距離からロケラン撃っても、当たる人なんていないよ?」

「水無月、てめえ……」


 クリスはギリギリと歯を鳴らし、八岐大蛇をリロードする。


 確かに沙也加の言う通り、ロケットランチャーを至近距離で撃っても当たらない。

 だが、今は怪力ビンタで吹っ飛ばされたおかげで十メートル以上の距離が開いている。


 ここからなら確実に命中させる自信がある。


「女のくせに舐めやがって! 死にやがれぇーッ!!」


 八岐大蛇の一斉射撃。


 八つのロケット弾が蛇のようにうねりながら沙也加めがけて襲い掛かる。


「いや、舐めてるのはキミだから。逆に死なないでよ?」


 沙也加はそう言って盾を構える。

 それを見て、クリスは青ざめた。


陰陽おんみょうの盾!?」


 八つのロケット弾が鏡に反射したように一瞬で向きを変え、クリスに向かって降り注ぐ。


 ドガガガガガーン!!


 クリスも咄嗟に陰陽の盾を構えたが、ロケット弾を防ぎ切れずに吹き飛ばされ、再び地面にダウンした。


「なるほどぉ、陰陽の盾で一度反射された弾は陰陽の盾で反射できないんだねぇ」


 沙也加が笑顔でクリスに歩み寄る。


「クリス君、もう降参した方がいいんじゃないかな?」

「降参だと……舐めんじゃねーぞクソアマがぁ!」


 クリスは剣を構え、沙也加に斬りかかる。


「接近戦ならテメーごときに負けねーんだよぉ!!」

「えーっ、何でそうなるかなぁ。というか、剣は普通の剣なんだねぇ」


 沙也加は笑顔のまま、持っていた日本刀を鞘から抜く。


「もう一度言うけど、舐めてるのはキミだから」


 沙也加が刀を抜いた瞬間、不思議なことが起きた。


 クリスの顔面に土砂降りの雨が降り注ぎ、視界が完全に奪われる。


「ぐぉっ!? 何だこりゃぁ!」


 クリスは悲鳴を上げて身をよじる。


「雨……? ま、まさか……そんな馬鹿な!?」

「気づくの遅いよ、クリス君」


 ボコッ、ドガッ、ベキッ!


 沙也加の攻撃がクリスにクリーンヒットして、クリスは地面に崩れ落ちる。


「安心しろ、ミネウチじゃ。って、一生に一度は言ってみたいセリフだよねぇ」

天叢雲あめのむらくも……ありえねぇ、幻の三種の神器を、二つも……」


 地面に倒れ伏したクリスが絶望したように呻く。


 八咫鏡と天叢雲。

 どちらも百億分の一のドロップ率と言われる幻の神器だ。それを両方持っているなんて、常識では考えられない。


「あ、ついでに自慢しちゃうと、これもあるよぉ」


 沙也加は勾玉のペンダントをクリスの前に見せびらかす。


「まさか……八尺瓊勾玉やさかにのまがたままで……」

「そぉそぉ。これを装備してダンジョンに入ると、神器のドロップ率が十倍になるんだよねぇ。だから神器集めが捗る捗るぅ」

「いや、十倍になっても十億分の一のドロップ率だぞ……」

「そうだねぇ、三つ全部揃うまでは一万時間くらいかかったかなぁ。でも三種の神器ってやっぱりロマンだし、つい集めたくなっちゃうんだよねぇ」


 沙也加はうっとりした表情で鞘に納めた天叢雲を撫でる。


「一万時間って……廃人かよ……」


 そんなにダンジョンに潜っていたら頭がおかしくなりそうだ。

 というか、コイツ頭おかしいだろ絶対。

 

クリスは薄れゆく意識の中で、沙也加には絶対勝てないと確信した。


「オレ、もうゲームやめるわ……」

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