STAGE 10

10-1

「ぬぉおおお! 強い、怖い、ヤバイ! 僕ってこんなだったんすかー!?」


 メイが自分の分身と戦いながら叫んでいる。

 ああ、確かにお前は強いし怖いし、ヤバイ奴だよ、とリョウは思った。


 その分身は本当にメイ本人と同じ能力らしく、全人類最強プレイヤーであるメイと完全に互角だった。


「沙也加、助かったよ。でも、メイは大丈夫なのか?」


 リョウはメイを横目で見ながら沙也加に尋ねた。


「まさか分身に殺されたりしないよな……?」

「あ、それは大丈夫だよぉ」


 沙也加は笑う。


「攻撃が当たりそうになったら寸止めするように設定してるから」

「寸止め……。てか沙也加、何でそんなすげーアイテム持ってるんだよ!?」

「うえっ、それは、えーっと……」


 沙也加は顔を赤くしてポリポリと頬をかいた。


「引かないでほしいんだけど、実は私、2年くらい学校サボって毎日23時間LOVばっかりやってたからねぇ。あ、ちなみにあと残り1時間はちゃんとお風呂とトイレとご飯と睡眠時間にしてたよ?」

「バランスおかしいだろ!」


完全に廃人じゃねーか。


「てか、そんなことしててよく留年しなかったな」

「いや、留年してるんだぁ。しかも二回……」


 沙也加は赤い顔で苦笑する。


「だから短大だけど卒業するのに四年かかっちゃったんだよね。親にめちゃくちゃ怒られて、家のネット回線も解約させられちゃって……。それでLOVができなくなっちゃったから、仕方なく今年はちゃんと学校に行ってたんだぁ。リョウ君は、普通に学校も行きながらレジェンドになったんでしょ。す、すごいよねぇー、あはは……」


 マジかよコイツ……。


 でも、そうか。すっかり忘れていた。

 水無月沙也加は昔からそういう奴だった。


 気に入ったゲームは、とことんやり込む奴。

 実績を全部アンロックするのは当たり前。

 RPGは全員レベル99にしないと気が済まないタイプ。

 妥協という言葉を知らないガチゲーマー。


 それはどうやら、今でも変わっていないみたいだ。


「でもリョウ君の力になれたから、結果オーライかなぁ、なんて。ダメかな、あはは……」

「いや、本当に助かったよ。沙也加、ありがとな」


 実際、沙也加が来てくれなかったら、どうなっていたかわからない。

 とにかく、こんなバグった世界は早く何とかしないといけない。


 と、その時だった。

 オロチ本社ビルの入口のドアが開き、中から龍崎ルナが姿を現した。

 臙脂えんじ色のワンピースをまとったルナは、リョウ達の方を向いて微笑んだ。


「ようやく四人揃ったわね。さあ、早速ミーティングを始めましょうか」

「社長、危ない!」


 クリスが叫んだ。

 ルナのうしろで、紫鬼が棍棒を振り上げていた。


「龍崎ルナ! のこのこ出てきやがって。くたばりやがれーッ!!」


 雄叫びを上げながら、しかしその棍棒は振り下ろされることはなかった。

 紫鬼の体は、まるで一時停止でもしたみたいに硬直している。


「ぐっ、何だ、体が動かない!?」

「さあ、みんな行くわよ」


 ルナはニコリと笑ってそう言うと、扉の中に戻っていく。


「待てコラ、おいクソ女! 逃げるんじゃねーぞ!」


 紫鬼が、棍棒を振り上げた体勢のまま吼える。


「弱い犬ほどよく吼えるわね。帰ったら大統領様に伝えてくれるかしら。戦争は時間の無駄、さっさと降伏するようにってね。こう見えて私、結構忙しいのよ」


 背を向けたまま冷たく言うと、ルナはスタスタと扉の中に消えて行った。


「待て……待ちやがれ……グオオオォォォ!!」


 棍棒を振り上げたまま、紫鬼が絶叫した。


「この俺をコケにしやがって! 殺す……絶対に殺す、死ぬほど苦しませて殺す! ドス黒い貴様のはらわたを引きずり出して、生まれて来たことを後悔させてるからなああ!!」


 この世のものとは思えない鬼の咆哮。

 沙也加が、泣きそうな顔をしてリョウの袖を掴んだ。


「確保!」


 大勢の機動隊員が一斉に敷地内に押し寄せて来て、紫鬼をはじめとした武装集団を次々と連行していった。


「中に入ろうぜ」


 リョウは沙也加に言ってから、クリスに手を差し出した。


「クリス、立てるか?」

「ええ、大丈夫です」


 クリスはリョウの手を借りて立ち上がると、黒縁メガネをクイッと持ち上げた。


「どうやら、また少し興奮してしまったみたいですね」

「少し……ねえ」


 メイの方を見ると、いつの間にか分身は消えていて、本物のメイだけがガックリと膝をついて汗だくでゼーゼー言っている。


「はぁ、はぁ……死ぬかと思ったっす。自分と戦うなんて、まるで悪夢みたいだったっす」

「だろうな。もう目は覚めたのか?」

「うん、でもおかしいっす。現実のはずなのに、視界の端にLOVのメニューアイコンがずっと見えてて……ゲームやり過ぎておかしくなってしまったかもしれないっす」

「いや、俺も同じだよ。たぶん、クリスと沙也加もそうだろ?」


 リョウが尋ねると、二人は頷いた。

 それを見て、メイはちょっと安心したみたいに息を吐いた。


「そうなんすね。でも、何でこんな風になっちゃったんすか?」

「それを社長に聞くために、俺はここに来たんだよ」


 リョウがそう言って、本社の方に歩き出すと、他の三人もそのあとに続いた。

 ウィザードリィのダンジョンのような暗くて細長い一本道の廊下を通り、エレベーターに乗り込む。

 そして階数ボタンを押そうとしたリョウは「アレ?」と思わず声を上げた。


「え、どうしたの?」


 沙也加が不安そうにリョウの顔を見る。


「階数ボタンが……」


 以前に来た時はズラリと並んでいたはずの階数ボタンが、今は88階のボタンがポツンと一つあるだけだ。


「このビル、88階もないですよね……?」


 クリスも訝しげにそのボタンを見つめる。


「ああ。でも、行くしかないだろ」


 リョウは意を決してその88階のボタンを押した。

 エレベーターがゆっくりと上昇していく。


 間違いなく上に向かっているようだが、階数表示がないので今が何階あたりなのか全然わからない。

 四人は沈黙したまま、ひたすらエレベーターが止まるのを待った。


 途中、エレベーターの扉の外側で不気味な怪物の鳴き声や、暴風雨のような音が聞こえたような気がして、沙也加とメイは青くなって手を握り合った。


 もしかして、このまま永遠に昇り続けるのではないか……そんな不安が四人の頭に浮かんだ頃、ようやくエレベーターが止まってドアが開いた。


「ふぅ~、無事に着いてよかったぁ」


 沙也加が胸をなでおろす。

 それは他の三人も同じ気持ちだった。

 できることならもう二度とこのエレベーターには乗りたくない。


 ドアの外に出ると、不思議な光景が広がっていた。


 そこは屋上の広場みたいだった。

 円形の広場の外周は腰くらいの高さの手すりがあり、その先には真っ暗な闇が広がっている。そしてその闇の遥か下には、新宿の街の光がキラキラと輝いている。


 外周からは等間隔に四本の歩道が、円の中心に向かって伸びていて、歩道が交差する中心部は少し広くなっていて、石造りの円卓が設置されている。


 歩道によって四等分された空間は花壇になっており、無数の千日紅が花火のように赤く咲き乱れていた。


 そして、いつの間にかすっかり夜の帳が下りた空には、今にも落ちてきそうなほど巨大な満月が、青白い光を放って浮かんでいる。


「すごい……綺麗な満月」


 沙也加がうっとりしたように息を漏らすと、メイが頷く。


「まん丸っすねー」


 四人は歩道を進み、真ん中の円卓へ向かった。


「社長が見当たりませんね……」


 クリスがキョロキョロと辺りを見回す。

 確かに、広大な屋上庭園は障害物などはないので全体が見渡せるのだが、ルナの姿はどこにも見当たらない。


 それに、あたりは異様なまでの静けさに包まれている。

 こんなに高い場所なのに、風がまったく吹いていないのも妙に感じる。

 まるで異世界に迷い込んでしまったみたいだな、とリョウは思った。


 四人が円卓を囲むように立った時、その天板の上にフッと黒い影が落ちた。

 反射的に全員が一斉に空を見上げる。


 大きな満月を背に、ルナが空に浮かんでいた。


 まるで目に見えない玉座に座っているような格好で、脚を組んで頬杖をつき、微笑を浮かべて四人を見下ろしている。


「社長……」

「浮いてるっす……」


 月の光を浴びて青白く光るルナの姿は、いつにもまして妖艶で、油断すると魅入られてしまいそうなほど美しい。


 四人が茫然として見上げていると、ルナは女神のような微笑を浮かべたまま、四人の顔をゆっくりと眺めて言った。


「ようこそ、ヴァルハラへ」


 表情とは裏腹に、冷たく響く声だった。


「選ばれし四人のレジェンド達よ。今から、『レジェンド・オブ・ヴァルハラ』の最終ミッションを開始します」

「最終ミッション……?」


 四人がキョトンとしていると、ルナはニヤリと口角を上げた。

 そして、とんでもないことを口にした。


「それは、人類最強の『神殺しの戦士』を決める戦い……皆さんには今からここで、殺し合いをしてもらいます」

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