9-3

 メイが紫鬼の棍棒の間合いの外から、連続で衝撃波を放つ。


 その目にも止まらぬ波状攻撃を、紫鬼は巨体からは想像もつかない素早い動きで回避して、少しずつジリジリと前に進んで来る。


 メイはそれに合わせて少しずつ後退しながら、一定の距離を保って容赦なく衝撃波を放ち続ける。


 流れ弾の衝撃波が、周囲のザコ敵を次々と吹き飛ばしていく。


「テメーら、死にたくなかったら俺に構わず撃て! 絶対にコイツらを生きて帰すな!!」


 紫鬼が血走った眼を光らせて怒鳴ると、その声に気おされたように、武装した男たちがメイとクリスに向かってアサルトライフルを乱射する。


 ズドドドドドドド!!


 メイは紫鬼の影に隠れるように左右に移動して弾丸をかわしながら巨大な鎌を振り続け、クリスも八岐大蛇のロケット弾で応戦する。


 ドガガァァァーン!!!


 みるみるうちにビルの前が炎の海に包まれていく。


「ひるむな、撃てぇー!!」


 爆炎に包まれながらも覆面男たちは叫びを上げ、クリスに向かって一斉に銃口を向ける。


 ズドドドドドドド!!


 その一斉射撃に対し、クリスは右手に八岐大蛇を構えて応戦しながら、左手に太極図の描かれた巨大な盾を持って体の前に構えた。


 ガギギギギギギン!!


 盾から半球型のシールドが広がり、それに当たった弾丸は180度向きを変えると、飛んで来たままの勢いで敵に向かって飛んでいき、その弾丸を発射した本人の体を貫いた。


 メイはそれを見て思わず目を見開いた。


「ぐえええ、えぐ……。八岐大蛇だけじゃなくて陰陽おんみょうの盾まで……クリス、実はめちゃくちゃやり込んでるっすね!?」


 それら二つのアイテムは、どちらも神器と言われるLOV世界オリジナルの装備で、高難度ダンジョンでしか手に入らない超激レアアイテムだ。そして、その二つの装備の組み合わせは、最強火力と最強防御。遠距離戦において理論上最強と言われていた。


 特に陰陽の盾はあまりにも強すぎるため、ランクマッチでは使用できない禁断のアイテムでもある。メイも実際に見たのはそれが初めてだった。


「フン、オレはお前と違って対人戦よりもダンジョンでモンスター狩ってる方が性に合ってるからよぉ。ひたすらダンジョンに潜りまくっていたのさ」


 クリスはそう言って、八岐大蛇の砲弾をリロードする。


「なるほど、ダンジョン専っすか。じゃあ、ザコ掃除のプロってことっすねー」


 事実、クリスの砲撃により敵兵はほぼ全滅して、残る敵戦力は紫鬼のみだ。


「でも、一対一のボス戦は僕の方が得意っすよー!」


 メイが紫鬼との間合いを詰め、一気に勝負を決めにかかる。


「はぁ? 一対一だって?」


 クリスの黒縁メガネの奥の青い瞳が、不意に凶悪な光を放つ。


「一対一対一だよ、ボンクラがぁ!」


 クリスはリロードした八岐大蛇の砲口をメイに向け、八発のロケット弾を一斉発射した。


 ドガガガガァァーン!!


 今までにない凄まじい爆風が吹き荒れる。

 紫鬼は吹き飛ばされるような格好で地面を転がりながら、ギリギリで炎を回避して、呆れた顔でクリスを見た。


「何だコイツら、味方同士じゃなかったのかよ……?」


 しかし、それならそれでむしろ好都合だ。

 紫鬼はニヤリと笑い、棍棒を握る腕に力を込める。


「あのちょこまかと厄介なチビさえいなければ、こんなメガネ野郎など俺の敵ではないからな」


 そう言ってクリスの方に近づこうとした紫鬼は、しかしすぐに凍り付いたように足を止めた。


 クリスの背後に、メイが立っていた。

 しかも、あの不気味な笑みを浮かべて。


「死神……」


 紫鬼の口から、思わずそんな言葉が飛び出す。


 クリスの背後に立ち、舌なめずりしながら目を見開き、ゆっくりとした動作で鎌を振り上げたメイの姿は、まさに死神そのもののように禍々しかった。


「経験の差っすかねー、クリス」

「なっ、神武!?」


 バリィーン!!


 メイが繰り出した鎌の一撃を、クリスはかろうじてシールドで防ぐが、シールドは簡単に砕かれ、太ももを切り裂かれたクリスは地面に尻をついた。


「貴様、あの状況でどうやって回避したんだ!?」

「いやいや、突撃したふりしてバックステップして、爆風に隠れながら回り込んだだけっすよ。対人戦では初歩的なテクニックっすけどねー」

「チッ、俺の攻撃も読んでたってことかよ……」

「あんなあからさまにリロードしてたら、誰だって警戒するっすよ。戦場ではあらゆる可能性を考えて動かないと生き残れないっすからね」


 そう言って、メイはゆっくりと鎌を振り上げる。


「じゃ、トドメっす」

「メイ、やめろ!」


 鎌を振り下ろす直前、背後から誰かが叫んだ。


 メイは動きを止め、目だけでうしろをチラリと見る。


「おや、リョウも来たっすか」


 そこには一式リョウが立って、青い顔でこちらを見ていた。


「メイ、お前……何やってるんだよ!?」

「見た通り、クリスにトドメをさそうとしてたところっすよ?」

「トドメって……何でお前とクリスが戦うんだよ!」

「えー、戦う以外ないじゃないっすか。それがLOVなんすから」


 メイはリョウの方にクルリと向き直り、ニタニタと笑う。


「あ、そういえば沙也加から聞きましたよ。リョウもレジェンドなんすよねー?」

「は? だったら何なんだよ……」


 リョウは青白い顔で後ずさった。

 コイツ、まさか現実とゲームの区別がついていないのか?


「いいっすねー、ザコ狩りには飽きてた所なんで」

「ザコ……」


 クリスがショックを受けて青ざめた。


「おい、チビ! 今、俺のこともザコって言いやがったか!?」


 紫鬼が血走った目でメイを睨む。


 だが、そんな二人を無視して、メイはゆっくりとリョウの方に近づいて来る。


「おい……落ち着けメイ。俺は社長と話しに来ただけで……」

「問答無用っすー!」


 一瞬で間合いが詰まる。速い!

 リョウは反射的に日本刀を構え、メイの鎌をガードする。


 ジャキーン!


 金属が触れ合う音が響き、メイは目を輝かせた。


「おお、日本刀っすか! チャンバラなら負けないっすよー!」


 ジャキン! キーン! ジャキーン!


 メイの素早い連続攻撃を、リョウは必死で防御する。

 スピードはもちろん、一撃一撃が重い。さすが全人類最強プレイヤーだ。


「って、いや、ちょっと待て! メイ、止まれって!」

「止まらないっすよー!」


 メイが鎌を大きく後ろに振りかぶって、ものすごい勢いで振り下ろす。


「げっ、まずいッ!」


 リョウは咄嗟に前転してギリギリで攻撃を回避する。


 ズバシャーッ!!


 強烈な衝撃波が空間を切り裂き、土煙が舞い上がる。


 この感覚、本当にLOVの世界そのものだ。

 メイが勘違いしてしまうのも仕方はないのかもしれない。


 だが、これはまぎれもない現実だ。

 ここでデスするということは、本当の死。

 再チャレンジなんてできない、命を賭けた戦い。


 メイはなおも迷いのない本気の攻撃を繰り出してくる。


 ならば、戦うか?


 いや、無理だ。


 メイとは今までLOVの中で何度も戦ったことがあるが、一度も勝てたことはないのだ。


 もし奇跡的に勝つことが出来たとしても、彼女を殺してしまうかもしれない。


「クソ、どうすりゃいいんだ!」


 メイはまた一瞬で距離をつめ、息もつかせぬ連続攻撃を放ってくる。


 この状況を打破する方法を考えるが、メイの攻撃を防ぎながらではとてもじゃないが考え事なんてできない。


 このままでは消耗戦になって、いつかメイの攻撃を喰らってしまう。

 そうなれば、待っているのは、死。


「もう、やるしかないのか……?」


 そう思った時。

 突然、彼の背後から蛍光グリーンの影がものすごい勢いで飛び出して、メイに向かって突撃して行った。


「え、メイ!?」


 リョウは目を疑った。

 目の前に、メイが二人いる。


 ガギィン! キーン! ガギィィン!


 まるで鏡で映したように全く同じ姿をした二人のメイが、互いに鎌を振って戦っている。


「おわああああ! 何すかこれはあああ!?」


 さっきまでリョウと戦っていたメイが叫んでいる。

 一方、もう片方のメイは無表情で攻撃を繰り出し続ける。


八咫鏡やたのかがみ……だと?」


 クリスが呆然として呟いた。


「信じられない。俺でさえ手に入れられなかった幻の神器だぞ……」

「な、何すかそれええ!?」


 メイは自分の幻影と戦いながら、必死の形相で叫んだ。


 リョウも、その存在だけは知っていた。


 LOVには神器の中でも特にドロップ率が低い、幻の神器といわれるものが三つある。


 そのうちの一つが、八咫鏡だ。

 相手とまったく同じ能力を持った幻影を作り出し、敵と戦わせることができるという、まるでチートみたいな能力のアイテム。


 リョウも噂は聞いたことがあるが、ドロップしたという話は一度も聞いた事がないので、もはや都市伝説なのではないかと思っていた。

 まさに激レア中の激レア。


 それを手に入れていた人間がいたということか? 


「でも、誰が……」


 リョウは背後を振り返り、そして愕然とした。


「さ、沙也加!?」


 目を丸くするリョウの顔を見返し、沙也加は照れくさそうにエヘヘ、と笑った。


「いやぁ、黙っててごめんねぇ。実は私もレジェンドだったんだよねぇ」


 いや、そういう問題じゃねーだろ!

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