9-2

 オロチ本社ビルの四方を取り囲んだ武装集団は、一様に黒い覆面マスクを被り、黒いスーツの上からでもわかるほどに筋骨隆々な大男ばかりだった。

 そんな奴らが、ざっと二百人以上も群がって、アサルトライフルを抱え、血走った眼を光らせている。


 盾を構えた機動隊がそれを遠巻きに包囲し、そのさらに外側ではマスコミと野次馬が入り乱れ、一触即発の状況を見守っている。


 赤く染まり始めた空には複数のヘリコプターが飛び回り、周辺には異様な緊張感が立ち込めていた。


 ズドドドドドドド!!


 突然、けたたましい銃声が静寂を打ち破って、野次馬の中から悲鳴が上がる。


 真っ黒な壁に設置された唯一の出入り口の扉に向かって、武装した二人の男が同時にアサルトライフルを発砲したのだ。


 しかし、一見して普通のガラスにしか見えないその扉は、弾丸のシャワーを浴びても傷一つつかなかった。


 まるで見えない壁に守られてでもいるかのようだ。


「畜生、一体どうなってやがるんだ!?」


 発砲した男が、悲鳴じみた声を上げた。


「こんだけ撃っても無傷って、おかしいだろ!」

「何をモタモタしてやがる。使えない奴らめ……どけ!」


 大男たちの中でもさらに一回り大きな体をした男が、アサルトライフルを撃っていた二人を押しのけて扉に近づいて行く。


 武装集団の中で唯一、覆面をつけていないそいつの顔は、かなり異様だった。


 まるでペンキで塗りたくったような紫色の肌で、額には巨大な黒い角が二本あり、吊り上がった大きな目はギラギラと血走って青い光を放っている。


 その恐ろしい顔はまさに、紫鬼むらさきおにという言葉がぴったりだった。


 紫鬼は太さ五十センチはありそうな巨大な鉄の棍棒を片手で軽々と持ち上げ、力強く扉に叩きつけた。


 ガシャーン!!


 ガラスの割れるような音が響き、周囲の男たちが思わず「やった!」と叫んだが、目の前の光景を見ると全員が一瞬で黙り込んだ。


 確かにガラスの割れるような音がしたはずなのに、扉には傷一つついていなかった。


 コレ、無理なんじゃね?


 という白けた雰囲気が漂う中、紫鬼だけが顔を赤くして、棍棒を何度も扉に打ちつける。


 ガシャーン! バリーン! ドガシャーン!!


 音だけはド派手だが、実際には先ほどと何も状況が変わっていない。暖簾に腕押し、豆腐にかすがい。ただ無意味な時間だけが過ぎていく。


「クソ女狐が、面妖な術を使いやがって……」


 紫鬼が憎々しげに呟いて、ギリギリと歯ぎしりする。


 その時だった。


「おい、何だぁアレ?」


 後方に立っていた男の一人が、空を指差して声を上げた。


 機動隊が盾を持って並んでいるその上空から、パラシュートを開いた緑色の影がフワフワと漂ってくる。


 やがてそれは武装集団と機動隊のあいだの石畳に降り立ち、パラシュートを脱ぎ捨てた。


 頭の先から足の先まで、全身が蛍光グリーンのそれは、一見すると着ぐるみのようだ。


「ガチャピン……?」


 男たちは頭にハテナマークを浮かべて、呆然とその着ぐるみを見つめている。


「お、おい! 危ないから下がりなさい!!」


 いきなり目の前に現れたソレに対し、機動隊が慌てた声で叫ぶ。


「ああ、確かに危なかったっす……」


 メイは、着地した姿勢のまま襟首のジッパーを限界まで上げ、口元に浮かんだニタニタした笑みを隠した。


「こんな変な笑い顔を見られたら、チャンネル登録者が減っちゃうっすからねー」


 蛍光グリーンのダメ着から目だけを出した状態で、メイはヒョコヒョコと武装集団に向かって歩き出す。


「おい、待ちなさい! 戻るんだ!」


 機動隊員たちがうしろで口々に制止の声を上げるが、彼女の耳にはもう聞こえていなかった。


 その様子を見ていた武装集団の中にも、途端にざわめきが広がる。


「何かこっちに来るぞ……?」

「アレって、まだ子供じゃないのか?」

「おい! 何だお前は!? それ以上近づくんじゃねー!!」


 武装した男の一人がメイに向かって叫び、アサルトライフルを構える。

 メイは足を止めた。


「そうだ! それ以上、近づいたら撃つ! 死にたくなかったらそのままバックして、あっちに行け!」


 その男の言葉が、終わるか終わらないくらいのタイミングで。

 武装集団に向かって、メイがいきなり全力疾走する。


「撃てえッ!!」


 ズドドドドドドド!!


 数人の男たちが一斉にメイに向けて発砲する。

 だが。


「え……消えた!?」


 さっきまで視界にいたはずの緑の影が、忽然と消失した。


「クソ、どこに行きやがった!?」

「ここっす」


 足元で声がしたと思うと、何もない空間からいきなりメイが現れた。


 ズバシャーッ!!

 ものすごい音がして、武装した男の胸から赤い血が噴き出す。



「え……?」


 ほんの一瞬、時間が止まったように全員が沈黙した。


 目の前で起きたことが信じられず、頭が追い付かない。


 メイの手に握られた巨大な鎌。


 アレで攻撃されたのだ、とようやく男たちが認識した瞬間。


 ズバシャーッ! ジャキーン! ドシャーッ!!


 鎌から放たれた衝撃波で、取り囲んでいた十数人の男たちが一斉に吹き飛ばされた。


「この、クソガキがァーッ!」

「ぶち殺せ!!」


 男たちが叫びながらメイに向かって発砲する。


「ああ、最高っす。やっぱり人間を切り裂く感覚が一番気持ちいいっすねぇー!」


 メイが笑いながら、次々と武装した男たちを薙ぎ払っていく。


 まさに無双状態。まさに死神。


 あまりにも動きが速すぎて、メイの姿を確認した次の瞬間には切り捨てられていく。


 扉の前で棍棒を振り続けていた紫鬼は、ただでさえ扉に傷一つつけられなくてイライラしていたのに、謎のガチャピンに次々と仲間が倒されていくのを見て、さらに目を血走らせた。


「てめぇら、たった一匹相手に何やってんだ!!」


 そう叫んだ紫鬼の視界に、蛍光グリーンのフードの下のメイの顔が飛び込んで来た。


 目が合う。


 まだあどけなさの残る少女の、死神のような不気味な笑顔。


「いえーい、ボス発見っすー!」


 メイが叫びながら鎌を振り上げる。


 このガキ、遊んでやがる……!


 そう確信したと同時に、紫鬼の頭の中でブチブチと何かがちぎれたような音がした。


「舐めるな、クソチビがぁーッ!」


 両手に力を込めて棍棒を振り上げ、そのまま一気にメイに向かって振り下ろした。


「うおっと」


 ドガァァーン!!


 メイが慌てて攻撃を回避すると、地面に直撃した棍棒が石畳を粉々に粉砕した。


「げ、あっぶな!」


 と、思った瞬間。


 ブオォン!


「あわわわーっ!」


 横殴りに飛んで来た棍棒の一撃をギリギリでしゃがんで回避し、メイは素早く後退して距離をとった。


 何という怪力。何という速さ。

 石畳を殴っていたはずの棍棒が、次の瞬間には横から飛んで来たのだ。


 危うく頭を場外ホームランされるところだった。


「いやー、さすがボスっすね、ビックリしたっすー」


 あの巨大な鉄の塊を、まるで竹刀みたいに軽々と振り回すなんて。多分メイが一生筋トレしても無理な芸当だろう。というか人間業ではない。さすが鬼!


 その時。


 ドガガァァァーン!!!


 今度は本社ビルの向こう側で、ものすごい爆発音が鳴り響いて地面が振動した。


「え、この音って……」


 メイはその独特の爆発音に聞き覚えがあった。

 それは、LOVの中で登場する、最強火力のロケットランチャー。


八岐大蛇やまたのおろち……?」


 ズドドドドドドド!!

 ドガガァァァーン!!! 


 武装集団がアサルトライフルで応戦するも、ロケットランチャーの前ではオモチャみたいなものだ。


 ドガガァァァーン!!!


 今度はビルの側面で大爆発が起きて、武装した男たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。


 メイが唖然として見ていると、吹き荒れる爆風の中から、一人の男が姿を現した。


「テメー、なに一人で活躍してんだよ、神武。オレもまぜろや」


 伊達メガネに茶色のスリーピース、金髪をオールバックにしたビジネスパーソン風のその男は、とてもビジネスパーソンとは思えないヤンキーみたいな言葉をメイにかけて来た。


「あらら、クリスっすか。八岐大蛇なんてお洒落な武器使うっすねー。まあ、まぜるのは全然いいっすけど……」


 メイはクリスに答えながら、紫鬼に向かって鎌を振り、衝撃波を放つ。


「でも、ボスを倒すのは僕っすよ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る