8-2

「おいおい、何でまだ生きてるんだ?」


 煙草を吸いながらおもむろに部屋に入って来た黄鬼は、リョウの姿を見て目を丸くした。


 部屋の中の硝煙と砂煙はほぼおさまって、ベランダの外で銃を構えた三人の男の姿も見えるようになっていた。


「お前こそ、なぜここにいる?」


 リョウが黄鬼を睨む。


「どうやってこの場所を知ったんだ?」

「ああ?」


 黄鬼はニヤニヤと笑ってリョウの体を舐めるように上から下まで観察した。


「アホか。お前の家の場所くらい、俺たちのネットワークを使えば簡単に調べられるぜ。人間のセキュリティなんて、ザルみたいなもんだからな」

「オロチの本社を襲撃してるのもお前の仲間か?」

「はあ。そんな事、お前が知る必要はねえ」


 黄鬼は煙草を口にくわえたまま笑う。


「あと、何で俺がここにいるかって聞いたよな。そりゃあ、決まってんだろ。おめぇをブチ殺すためだよ!」


 その声が合図だったかのように、外に立った三人が一斉にリョウに銃口を向ける。

 だが、そいつらが引き金を引くより早く、リョウが投げた三本のナイフが三人の喉元を貫いた。


「な、何だぁ!?」


 黄鬼が愕然として声を上げる。

 目の前で、バタバタと倒れる三人の覆面男たち。


「お前らが何者なのかわからなかったら、部屋の修理代が請求できないだろうが」


 リョウは黄鬼から目を逸らすことなく睨み続ける。


「あとこの部屋、禁煙だからな。壁紙の張替え費用も請求するから、覚悟しておけよ」

「てめぇ……」


 黄鬼の額に、ビキビキと無数の血管が浮き上がり、血走った眼でリョウを睨み返す。


「調子に乗るんじゃねーぞ、クソチビがぁ!」


 黄鬼が拳を振り上げ、リョウに殴りかかる。


 その刹那。


 ザンッ!


 リョウが繰り出した日本刀の一撃で、黄鬼の手首から先が飛んだ。


「うぎゃあ、なんじゃこりゃあああ!! 手が、手がああああ!!」

「はあ、ものすごいテンプレ通りのリアクションだな」


 床にうずくまった黄鬼は、顔面に大量の脂汗を浮かべてリョウを睨んだ。


「てめぇ……一体どこにそんな武器を隠していやがった……!?」

「武器? 何のことだ?」


 刀を装備解除してインベントリに片付けたリョウが、両手を開いてヒラヒラさせる。


「は?」


 黄鬼の目が点になって固まった。


「動くな!」


 突然、入り口のドアの方から叫び声がして、大勢の警官が銃を構えて部屋に入って来た。

 ベランダの外にも数人の警官が来て、三人の覆面男に手錠をかけている。


「神主様、お怪我はありませんか!?」


 警官のうしろから現れたサチが、リョウに駆け寄って来た。


「ああ、大丈夫だ。サチ、お前が警察を呼んでくれたのか」

「はい。ご報告があって伺ったのですが、玄関前で銃を持った輩を見て、慌てて警察に通報したのです」

「そうだったんだな……助かったよ、ありがとう」

「いえいえ」


 サチは、切り落とされた黄鬼の手首を見ながら、青ざめた表情で首を振った。


「それにしても、鬼の手を切り落として返り討ちにされるとは……さすがは神主様。さながら渡辺綱わたなべのつなのごとし。まさかここまでのお力をお持ちだとは……お見それいたしました」

「俺が一番びっくりしてるけどな……」


 リョウは苦笑して、沙也加に目を向けた。

 放心したようにポカーンとしてリョウを見ていた沙也加だったが、リョウと目が合うと、ハッとしたように目をウルウルさせて、彼の腕を掴んだ。


「リョウ君、良かった……生きてる、私たち、生きてるよぉ……」


 そのまま、腕に抱きついてわんわん泣き出してしまった。


「沙也加、ごめんな。怖い思いさせて……」

「ううん、私、リョウ君がいなかったら、きっと死んでた。リョウ君が助けてくれたんだよ……」


 そう言って、沙也加はボロボロと涙を流す。


 そうだ、沙也加は生きてる。

 本当に守れて良かった。

 リョウはそれを確かめるように沙也加の頭を撫でて、改めて部屋の中を見回した。


 見事に全部ぐちゃぐちゃになってしまっている。

 壁は穴だらけ、テレビもバラバラになって、床には瓦礫がれきや家具の破片が散乱していて足の踏み場もない。


「いやあ、本当にギリギリセーフでしたねー」

「「どわあーっ!」」


 マットレスが壊れてほとんど骨組みだけになってしまったベッドの下から、月読がカサカサと這い出して来たので、リョウと沙也加はびっくりして変な声を出して飛び上がった。


「だから言ったじゃろ。焦らず騒がず見守っておれば良いのじゃ」

「「ぎゃーっ!」」


 ベッドの反対側から、今度はテラがカサカサと這い出して来た。

 二人して悪霊みたいな動きすんな。


「良かったぁ、二人とも無事だったんだねぇ!」


 沙也加が泣きながら笑顔でテラと月読を抱きしめた。


「当たり前じゃろ、神じゃからな」

「ぐ、ぐるじぃー、沙也加、ギブギブ!」


 こいつらもなかなかテンプレ通りのリアクションだな。


「はぁ、しかしまた派手にやられたもんじゃな」


 テラが部屋の中を見回し、ため息を吐いた。


「ああ、そうなんだよ。また家具とか全部、一から買い揃えないといけないと思うと気が重」

「もう直したぞ」

「い……ッ、はあ!?」


 気づくと、さっきまでボロボロだった部屋が嘘のように元通りの普通のボロアパートになっている。


 おいおい、神すごすぎだろ。

 どうせだったらもっといい感じの部屋にしてくれても良かったんだけど。


「ちょっとちょっと、お姉ちゃん! 私には世界に干渉するなとか言っておいて、自分だけずるいよー!」

「うるさいのぉ。あんなボロボロの部屋では、落ち着いてゲームもできんじゃろ」


 そう言いながら、テラは早くもファミコンのカセットを物色している。

 こいつはゲームのためならなんでもありなのか?


 ふと沙也加とサチを見ると、二人とも目が点になっている。あ。


 ヤバイ! 何やってんだこのバカ神は!

 さすがにこんな思いっきり神パワーを見せつけたら、神だってバレバレだろうが!


「テラちゃん、すごいよ!」


 沙也加が興奮した様子で、テラの頭をナデナデする。

 あー、終わった。


「一体どんな手品使ったのかなぁ? 私にも今度やり方教えてねぇ!」


 いや、そんな手品あったらみんな知りたいわ!

 沙也加はあくまでテラが神とは信じないスタイルなのか。まあ、それならそれで都合がいいし、結果オーライだけど。


「さすがはアマテラス様です!」


 サチは感動して涙を流している。


「このような奇跡をいとも簡単に起こしてしまわれるとは……ありがたや、ありがたや!」


 こいつはまあ……気にしないでいいか。


「そういえばサチ、報告があるって言ってたっけ?」


 リョウがそう尋ねると、サチはハッとしたように姿勢を正し、ハンカチで涙を拭きながらリョウの方に体を向けた。


「そうでした。神主様、私、大変なことに気づいてしまったのです」

「大変なこと?」

「はい。実は昨日、神主様を尾行した際に龍崎ルナという女性を見たのですが」

「ちょっと待て。今、サラッと尾行とか言ったけど……月読と沙也加だけじゃなくてお前も一緒について来てたのか!?」

「はい、あとメイさんも一緒でした」

「お前ら……全員暇人かよ!」

「皆さん、神主様のことが心配だったんですよ」

「心配ねぇ……」


 チラリと月読を見ると、ニヤリと笑ってピースしてきた。意味がわからん。

 まあでも、結果として昨日はコイツに助けられたってことになるんだろうな。認めたくないけど。


「まあいいや。それで、何に気づいたんだって?」


 リョウが尋ねると、サチは真面目な表情でハイ、と頷く。


「あの龍崎ルナという女性、どうも以前にどこかで見たことがあるような気がしまして。皆さんとお別れしたあと、逗留とうりゅう先のネカフェに帰り、過去の日記を片っ端からチェックしていたのです。そして……」


 サチはそこで息を吐き、全員の顔を順番に見回した。

 というかお前、ネカフェ難民なのかよ。


「今朝、ようやく思い出したのです。彼女と以前に会った場所。そして、彼女が何者であるのかを」


 ごくり、と沙也加が唾を飲み込む音がした。

 リョウも少し緊張してきた。

 龍崎ルナの過去か。


「もしかしてそれって、彼女がオロチを立ち上げるより以前に会ったことがあるってことか?」

「はい、神主様。私が彼女と以前に会ったのは、約1200年前。場所は、私が当時アルバイトをしていたお屋敷でした」

「そっか、バイト先でね……って、1200年前!?」


 リョウが目を丸くしてサチを見返すと、彼女は真剣そのものという顔で頷いた。

 おいおい、こいつまさか本気で言ってるのか?


「いや、それはありえないだろ。お前と違って普通の人間はそんなに長生きしないんだから……」

「はい、神主様のおっしゃる通り、彼女は普通の人間ではありません」

「はあ!?」


 別にそういうつもりで言ったんじゃないんだけど。

 だが、サチは興奮した表情でリョウの方に身を乗り出し、顔を近づけて話を続けた。


「何故なら、彼女もまた不老長寿の存在だからです。それにあの輝くような美しさ……見間違えるはずがありません。彼女は今、龍崎ルナと名乗っていますが、私が過去に会った時の彼女の名は……」


 サチは青ざめた顔でリョウの目を真っすぐに見つめ、まるで恐ろしい呪文を唱えるかのように、静かな声でその名を口にした。


「かぐや姫……彼女はそう呼ばれていました」

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