STAGE 7

7-1

「じゃあ、17時に新宿高島屋しんじゅくたかしまやで。リョウ君に会えるの、楽しみにしてるわね」


 そう言って、龍崎りゅうざきルナは電話を切ってしまった。


「デート……社長と……デート……」


 こんなことがあり得るんだろうか?

 あんな大和撫子みたいな超絶美人の龍崎ルナ社長が、俺に興味があるって……?


「そうか……ついに俺にもきてしまったようだな。モテ期という奴が!」


 リョウはついついニヤけてしまいそうになる表情を引き締め、平常心を保ちながらミカドの中に戻った。


 現在時刻、15時36分。

 待ち合わせまであと一時間半ほどか。


 これはいわば、社長と新入社員の禁断のデートだ。

 他の奴らに怪しまれないようにしないと。


 そんなことを思いながらバイクゲームのところに戻ると、何故かすごい人だかりができている。


 メイがストスリーに飽きてこっちに来たのかと思って、ギャラリーの合間から覗くと、そこにメイの姿はなく、ギャラリーが見ているのはサチのプレイらしかった。


「え、サチ……?」


 サチはそんな観衆のことは視界にすら入っていない様子で、無表情のままハンドルを握ってゲームをプレイし続けている。


「すっげーコーナーリングだな!」

「これ、ホントにあの子が操作してるのか?」

「ヤバ、かっこよすぎる!」


 ギャラリーが口々にそんな声を発している。

 確かに、リョウから見てもサチのテクニックは尋常ではない。まさに神プレイ。とても初心者とは思えない。


 それだけではない。

 そのバイクゲームには、各コースで歴代の最速タイムの記録が保存されているのだが、サチはその過去最速タイムを次々と更新していった。


「いやいや、ありえないだろ……」


 リョウはもはや驚くのを通り越して呆れ返ってしまった。


「うわー、サチさんすごーい、かっこいい!」


 いつからかリョウの隣に来ていた沙也加さやかが歓声を上げた。


「ありゃりゃ、僕の記録が塗り替えられていく……というか速すぎっすよ」


 メイも目を丸くして呆然とサチのプレイを見つめている。

 無事に最後のコースも最速タイムでクリアしゲームオーバーになると、ギャラリーからは惜しみない拍手と歓声がサチに贈られた。


 サチは放心したように筐体の座席に座ったまま、ゲームオーバーになった画面をボーっと見つめている。


「ゲーム終わったぞ。というかお前、本当に初心者なのかよ」


 リョウがサチの肩を叩くと、彼女はようやく我に返ったように振り返って微笑んだ。


「あ、神主様。そうですか、終わってしまったのですね……」


 名残惜なごりおしそうにサチは立ち上がった。

 リョウは思わず苦笑する。


「そんな寂しそうな顔するなよ。またここに来たらやれるんだからさ」

「あ、はい。すみません。私そんな顔していましたか?」


 サチはちょっと照れたように笑った。


「初めてのゲーム、楽しめたみたいだな」

「はい、とっても。ゲームって不思議ですね。まるで短い夢を見ているみたいでした」

「一番簡単にできる現実逃避っすからねー」


 メイがサチの隣でウンウンと頷く。


「それにしても僕の記録が抜かれるとは思わなかったっすよ。ビックリっす」

「ほんと、サチさんかっこよかったねぇ。ブーンって!」


 沙也加が手でバイクのハンドルの真似をしてはしゃぐ。


「サチさん、今度私にもコツとか教えてくださいよぉ」

「教えるなんて……滅相もありませんよ」


 サチは本気でうろたえている。


「ええー、でも本当にすごかったですよぉ?」

「ありがとうございます。そんなに褒められると、何だかこそばゆいです」


 赤くなった頬をポリポリとかく。


「長い人生、誰かに褒められたのなんて、初めて歩いた時に母に褒められて以来なので」


 そんな昔かよ。さすがに千年以上も生きてたらもうちょっと何かあるだろ。


「あはは、サチさんって何だか可愛いなぁ」


 沙也加が笑っていると、メイがちょんちょんとその袖を引っ張った。


「沙也加、僕はそろそろ帰るっすよ。スマホが復活したから、デイリークエスト消化しないとっす」

「あ、そっか。スマホ復活してよかったねぇ。リョウ君はどうするのかな?」

「そうだな。じゃあ、そろそろ解散かな」


 俺はこれから社長とデートがあるからな!


「あ、社長」


メイがボソリと言う。


「はぅっ!?」


 リョウはびっくりしてメイの方を振り向いた。


「からメール来てたっす。明日の夜ミーティングあるみたいっすね。……ってリョウ、どうしたっすか、変な声出して」


 緑のフードの下からジト目でリョウを見上げるメイ。


「い、いや。別に……何もねーよ」

「あ、私にもさっきメールきてたよぉ。リョウ君にも来てたかな?」


 沙也加がリョウに微笑みかける。


「あ、ああ……来てたよ。明日だよな」


 やはり、今夜誘われてるのは俺だけなのか。

 リョウは先頭に立って階段を下りながら、さっきの電話を思い返す。


『リョウ君、今夜、私とデートしましょう』


 ルナの声が脳裏に蘇る。

 心臓の鼓動が早くなるのを感じる。

 彼女いない歴=年齢の彼にとって、人生初のデートである。


 どこに行って何をすればいいのかさっぱりわからないが、男女で二人きりで会うということは、あんなことやこんなことも……と妄想だけはドンドン溢れて来る。


「何をニヤニヤしてるんすか?」


 いつの間にか前を歩いていたメイが、リョウの顔を覗き込んできた。


「本当だ、リョウ君なんか楽しそう。何かいいことでもあったのかな?」


 沙也加まで彼の顔を覗き込んできてケラケラと陽気に笑っている。

 やばい、妄想が先走ってつい顔に出てしまっていたようだ。


「はあ、何いってるんだよお前ら。いつも通りの顔だろ!」


 リョウは無理に不機嫌そうな表情を作って、二人を睨んだ。


「そっかそっか」


 沙也加がクスクスと笑う横で、メイがジットリした目でこっちを見ている。


「リョウ、なーんか怪しいっすねー」

「何がだよ!」


 リョウは全力で怒りの表情を作りメイを睨む。


「お前のガチャピンみたいな服の方がよっぽど怪しいだろうが!」

「これはれっきとした僕の制服っすよー」


 え、そうだったのか。初めて聞いたぞそんなの。じゃなくて。


「ダメ着が制服って何だよ。ただのダメ人間じゃねーか!」


 メイに怒鳴りながら、さりげなくスマホの時計を見る。

 待ち合わせの時間まであと一時間を切っていた。

 やばいな、早めに解散しないと遅刻してしまうかもしれない。


 初デートで、しかも相手は龍崎ルナ社長。

 遅刻だけは絶対に避けなければならない。


「メイ、お前はいいから早く帰れ。デイリークエストがあるんだろ」

「えー、ひどいっす。僕のこと邪魔者扱いするなんて……。あ、もしかして僕に早く帰ってほしい事情が何かあるんすかー?」


 ジトジト。


 だぁーっ、めんどくせー!!

 何なんだコイツは。マジでこのままじゃデートに間に合わなくなるだろうが。


 リョウは焦った。背中に嫌な汗が浮かんでくる。


 ミカドの外に出ると、一番うしろを歩いていたサチが沙也加に声をかけた。


「沙也加さん、この辺でおすすめの美味しいお店とかってありますか? 何だかお腹が空いてしまいました」


 お、ナイス!

 これで解散する流れになってメイを帰らせられるぜ。


「うーん、あんまり外食しないからなぁ。カフェとかならわかるんだけど」


 沙也加が腕組みして首を捻る。たぶん本気で全然知らないんだろう。


「カフェですか。できればもっとガッツリしたものがいいですね。ラーメンとか焼肉とか」

「あはは、確かに。そういえば、この辺はラーメン屋さんいっぱいありますよぉ」

「なるほど。ではちょっと食べログでラーメン屋さんを探してみます」

「いいっすねー、僕もラーメン食べたいっす」


 メイが手を上げる。

 何でそうなるんだよ。


「おい、ガチャピン! デイリークエストはいいのかよ!?」

「いや、スマホゲームなんで別に家に帰らなくてもできるっすよ?」


 この野郎……。


「私もラーメン食べますー!!」

「どわああーっ!」


 いきなり背後で声がしたのでビックリして変な声が出てしまった。

 振り返ると、月読つくよみがニコニコ笑いながら立っていた。


 本当にオバケみたいな奴だな。

 姉妹揃っていちいち人をびっくりさせなきゃ登場できないのかよ。


「何でお前がここにいるんだよ!?」

「えー、何でって、普通に帰り道ですからね」

「帰り道……沙也加の家はお前の家じゃないだろ」


 というか、さらに面倒な奴が増えてしまった。

 いい加減、ここから脱出しないとヤバイってのに!


「あっ、月読様……先ほどは失礼な発言をしてしまい申し訳ありませんでした!」


 サチが真っ青な顔をしてペコペコと月読に頭を下げる。


「え、さっきって? 何のことですかー?」


 月読がサチを見て、目をパチクリさせている。

 マジで忘れてるのかよ。

 もはや逆に怖い。


「え、えっと……神主様」


 サチが戸惑いに満ちた青い顔で、リョウに助けを求める目を向ける。


「いや、俺に振るなよ!」


 ああ、こんなことをやってるうちにもどんどん時間が過ぎていく。


 マジでもう出発しないと遅刻しそうだ。

 仕方ない、こうなったらもう強行突破するしかない。


「あっ、しまった!!」


 リョウが大声で叫ぶと、他のメンバーが一斉に彼の方を見た。


「どうしたんですかお兄ちゃん、急に大きな声出して」 

「いやー、ちょっと今日、大事な用事があるの忘れてて……今思い出したわ。すまん、ラーメンはみんなだけで行ってくれ。俺はもう行かないといけないから!」

「えー、何ですか大事な用事って。付き合い悪いですねー。お兄ちゃんは暇人ってだけが取り柄なのに」

「どんな取り柄だよ! 俺には俺の事情ってのがあるんだよ。じゃあな!」


 リョウはそう言うと、全力ダッシュでその場を離れた。


「うぉ、はや!!」


 月読がびっくりした声を上げる。


「え、リョウ君!?」


沙也加が慌てて声をかけるが、リョウは振り返ることなく走り去ってしまった。


「ええ、もう行っちゃった……」

「随分と慌てていましたね」


サチも呆然としている。


「もしかして、これからデートの約束でもあるのでしょうか?」

「「で、デートぉ!?」」


 サチのデート発言に、沙也加とメイと月読が一斉に変な声を上げてサチを見る。


「あ、あのぉ……私、何か変なこと言いましたか?」


 サチはおろおろして三人の顔を見渡す。

 それには答えず、月読が沙也加の腕をガシッと掴んで走り出す。


「追いましょう!」

「へ!? ちょちょちょ、ツッキー!?」


 沙也加はいきなり引っ張られて転びそうになりながら、引きずられるように一緒に走り出す。

 それを見て、メイもひょこひょこと走り出した。


「何か面白そうなんで僕も行くっすー」

「えーっ、ラーメンは食べないのですか!?」


 サチは叫んだが、その声は誰にも届いていないようだ。


「皆さん、神主様のことを案じているのですね……ならば、私もお供いたします!」


 食べログを開いたスマホを残念そうにポケットにしまうと、彼女もメイのあとに続いて走り出した。


 こうして、唐突に謎の追走劇が幕を上げたのであった。

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