6-3
「神主様、お待ちくださーい!」
「はあ、どこまでついてくるんだよ……」
あれから全然サチが帰る気配がないので、リョウは仕方なく沙也加とメイを連れて
「神主様が世界を救うために、私にも協力させてください。私に出来る事であれば何なりと……」
「いや、だから……。あんなガキのいう事を真に受けるなよ。俺は世界を救うなんてガラじゃないって」
「えぇー、リョウ君だったら世界も救えそうな気がするけどなぁ」
沙也加がとんでもない事を言ってケラケラと笑う。
「やっぱりそうですよね!?」
サチは食いつきそうな勢いで沙也加に顔を寄せて同意を求める。
「やっぱりってなんだよ。お前は最初、俺のことなんてただの
リョウはため息を吐いた。
「てか、沙也加も他人事だと思って適当なこと言うなよ」
「え、ごめん。全然そんなんじゃなくて、ホントにリョウ君だったら何でもできそうだなって思って……」
沙也加が目をパチクリさせる。悪意ゼロなのが逆に怖い。
「はあ、お前の中で俺はスーパーヒーローか何かなのかよ」
「え。まあ、うん……ごめん」
沙也加は何故か赤い顔をして目をそらした。
何だその反応は。俺がイジメてるみたいじゃねーか。いじめられてるとしたらむしろ俺の方なのに。
「救世主であるあなた様のお力になるために、きっと私は今まで生きて来たのです」
サチがなおも食い下がる。
「勝手に人のことをお前の生きる意味にするなよ……」
「だって、この世界が滅亡してしまったら、もう各地の美味しいご当地グルメ巡りもできなくなってしまうのですよ。せっかく、世界一周食べ歩きツアーのために、頑張って貯金もしているというのに」
「食べ歩きツアーって……そのための貯金だったのかよ」
「はい、美味しいものを食べることが私の唯一の楽しみですから」
「千年以上も生きて来たくせに唯一の楽しみが小学生並だな!」
「そんなことはないですよ。私、こう見えて意外とグルメですからね」
「知らねーよ! てか、グルメな奴は謎の肉を拾い食いとかしねーよ!」
そんなやりとりをしながら歩いていると、もうミカドに着いてしまった。
店内に入ると、夏休みということもあって人が多い。二階ではイベントも開催されているようだ。
「久々にスト
メイはここでもすっかり有名人らしく、彼女がストⅢをプレイし始めると、すぐにギャラリーが集まって来た。そして同時に、そんな彼女に戦いを挑む命知らずも続々と集まって来る。彼らは次々とメイに乱入対戦を申し込み、ことごとく返り討ちにあって散っていった。
敵の攻撃をブロッキングで華麗に受け流し、強烈な
まさに人間離れした強さ。コイツならテラともいい勝負が出来るんじゃないだろうか。
「メイちゃん、すごーい!」
沙也加がギャラリーと一緒になって騒いでいる。
こいつはいつも楽しそうだな。
その時、リョウはサチがいなくなっていることに気付いた。
ようやく帰ったのかな?
そう思って店内を見回すと、挙動不審な動きで店内をキョロキョロウロウロしているサチの姿を発見した。色んなゲームの画面や説明書きを、物珍しそうに眺めている。
「ゲーセンに来るのは初めてなのか?」
リョウが声をかけると、サチはびっくりしたように振り返り、リョウの顔を見ると安心したように微笑んだ。
「あ、神主様。ここはゲエセンというのですか。こんな怪しい場所がこの世に存在していたなんて驚きです」
まあ、初めての人間からしたらゲーセンは怪しい場所に見えるかもしれないな。
サチは立ったまま近くにあった格ゲーの台のレバーを恐る恐るという感じで触り、ガチャガチャ動かした。
「何だか不思議な感じ……触れているだけでワクワクするような、初めての感覚です。私はゲームというもの自体、生まれてから一度もやったことがないのです」
「へえ、そうなんだな」
確かにいかにも真面目そうな雰囲気のサチは、ゲームとかやりそうなタイプには見えない。
サチはどこか遠い眼をして微笑みながら、レバーやボタンを撫でている。
「まだまだ世界には、私が知らないモノがたくさんあるのかもしれないですね……」
その時、何故かリョウは、幼い頃に沙也加の家に行って、生まれて初めてゲームをした時のことを思い出していた。
あの時の驚き、楽しさ、自分がそれまで知らなかった新しい世界を知った感動。
それをサチにも体験させてやりたいと、ふと思ったのだった。
「じゃあ、一緒にやってみるか?」
「え?」
サチはびっくりしたようにリョウに目を向ける。期待と不安に戸惑うような目だ。
きっと俺も、最初はこんな風だったんだろうな。
リョウはサチに笑いかけた。
「人生で初めてのゲームを、さ」
「はあ、私なんかにできるのでしょうか……」
サチは、ギャラリーに囲まれてスーパープレイを披露するメイの方を見て、不安そうに呟く。
「そうだな、いきなり格ゲーは難しいと思うから……」
リョウは店内を見回した。
お、いいのがあるじゃん。
「サチ、あれだったらお前も楽しめるんじゃないか?」
「え、あれは……」
リョウが指差したのは、バイクレースのゲームだった。
「お前、バイク乗ってるんだろ?」
「はい、普通のハーレーですが……」
何だよ普通のハーレーって。
サチはバイク型の
「一応これなら乗れそうですね。でも、こんな狭くて暗い場所で走っても大丈夫なのでしょうか?」
「いや、実際にコレが走るわけじゃないからな。あそこの画面に、自分のキャラクターが表示されてるだろ。こいつのハンドルを使って、画面の中のアレを操作するんだよ」
「はあ……」
わかったようなわかってないような返事をして、サチは固まっている。
「まあ、口で説明するより、実際にやってみた方が早いな」
リョウはそう言って、筐体に百円玉を投入し、自分も隣の筐体のバイクにまたがった。
サチもリョウにならって、おずおずとバイクにまたがり、ハンドルを握る。
すると、すぐにゲームがスタートする。
最初のコースはウォーミングアップという感じの、初心者向けコースだ。
サチはビクビクしながらアクセルを捻り、バイクをスタートさせた。
画面の中の動きに合わせて、乗っているバイクの筐体も上下左右に揺れる。
「わあ、コレはすごいですね。本当に走っているようです」
サチは目を丸くして感嘆した。
「ああ、なかなか楽しいだろ」
リョウが笑ってサチの方に目を向けると、サチはノロノロと走ったり止まったりしながら「なるほど」とか「そういうことですか」と独りでブツブツ呟いている。
「え……サチ、大丈夫か?」
「あ、はい。大丈夫です。何となくはわかってきました」
そう答えながら画面に目を向けていたサチが、リョウの方を見て不思議そうに首を傾げた。
「ところで神主様、この道には道路標識がないようですが、制限速度は時速何キロメートルなのでしょうか?」
「は?」
リョウは一瞬キョトンとして、それから思わず吹き出してしまった。
「あれ……すみません。私もしかして、変なこと言ってしまいましたか?」
「いや、悪い。初めてだからわからないのは仕方ないよな。これはゲームだから、制限速度とかはないぞ」
「え、無制限なのですか?」
「ああ、むしろどれくらい速く走れるかを競うモノだからな。遠慮せずいくらでもスピード出していいんだぜ」
「なるほど、そうだったんですね」
その瞬間、リョウはあたりの空気が一変した気がして、ゾクリと鳥肌が立った。
サチが無表情でアクセルを握り、一気にスピードを上げる。
「そういうことであれば、仰せのままに」
ガチャガチャ、バゴォーン!!
ギアチェンジのタイミングも完璧だ。
さっきまでのノロノロ運転が嘘のように、凄まじいスピードで直線を駆け抜け、そのままさらに速度を上げながらコーナーに突っ込んでいく。
「おいおい、そんなにスピード出したらぶつかるぞ」
リョウは横目で見ながら心配したが、それは
最高速度を維持したまま、限界まで車体を倒してお手本のようなコーナーリングを決めるサチ。それはもはや芸術的と言ってもよかった。
「マジかよ!?」
最初モタモタしていてほぼ周回遅れのような状況だったのにもかかわらず、あっという間にリョウに追いついたサチは、そのまま一気に抜き去って一位でゴールしてしまった。
「うげぇ、速ッ! サチ、お前すごいな!」
リョウは驚きのあまり思わず叫んでしまった。
「すごい、ですか?」
サチはポカーンとしてリョウを見返す。
「すごいなんて、生まれて初めて言われた気がします」
「いやいや、めちゃくちゃすごいって。普段バイクに乗ってるとはいえ、操作に順応するの早すぎだし。実はゲームの才能あるんじゃねーのか」
「才能……」
サチはその言葉を聞いて、放心したようにボーっと画面に目を向けた。
「おっと、もう次のレース始まるぜ」
リョウがそう言ってハンドルを掴んだ時、滅多に鳴ることがない彼のスマホがブルブルと震えた。
「誰だよ、こんな時に」
スマホの液晶を見ると、そこには「龍崎ルナ」と表示されていた。
え、ヤバ。これはさすがに出ないとマズイか。
「ごめんサチ、俺ちょっと電話してくるから、お前は気にせずゲームやっててくれ」
「はい、わかりました」
画面をボーっと見たまま頷くサチ。
大丈夫かコイツ?
リョウは走って店の外に出て、通話ボタンを押す。
「もしもし、一式です。龍崎社長、お疲れ様です」
「リョウ君、お疲れ様。急にごめんなさいね。忙しかったかしら?」
ルナの透明感のある声が受話器から耳に届く。
「いえ、全然っすよ。何かありましたか?」
「それなら良かったわ。ついさっきメールで送ったんだけど、明日の夜にミーティングをしたいと思っていて」
「そうなんですね。わかりました。メール確認しておきます。明日の夜ですね」
「ええ。ただ、リョウ君にはちょっと、先に会って話しておきたいことがあるの」
「え。俺だけにってことですか?」
それは、ルナと二人きりで会うってことか?
受話器の向こうで、ルナが微かに笑ったような気配がした。
「そう、キミだけに。急だけど今日、17時くらいに新宿で待ち合わせできるかしら?」
「今日ですか」
まあ、考えるまでもなく、何の予定もない。ガラ空きだ。
「やっぱり急すぎるかしら?」
「いえ、大丈夫ですよ。でも、何で俺だけなんですか?」
「良かった。私、実はリョウ君にすごく興味があるの」
「興味、ですか?」
「ええ。だからリョウ君、今夜、私とデートしましょう」
「…………え?」
で、デート?
って、まさかあのデートのことか!?
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