6-2

「アマテラス様ですよね!?」


 謎のライダー女が叫ぶ。


 またおかしな奴が現れやがった。テラの知り合いだろうか?

 リョウはため息を吐いた。


 いずれにしても、沙也加やメイがいる前でその名前を出すのはまずい。ここは一旦、適当に誤魔化してお引き取り願おう。


「あのー、アマテラスって……そんな神様みたいなのがウチにいるはず」

「いかにも、我はアマテラスじゃ」


 いつの間にか玄関先に現れたテラが、リョウの言葉を遮るように前に出てドヤ顔で胸を張る。


 Tシャツにプリントされた『神』の文字が眩しく光る。


「おい!!」


 こいつ本物のバカだろ。何のための妹設定なんだよ。


「やはりそうでしたか!」


 女は感激したように灰色の目をキラキラと光らせた。


「お目にかかれて本当に光栄です!」

「はぁ……最悪だ」


 リョウは頭を抱えた。

 沙也加とメイを見ると、二人とも目が点になっている。そりゃそうだろう。


 そんな周囲の様子など視界に入らないように、ライダー女は祈るように手を合わせて歓喜に打ち震えている。


 これはかなりの重症だぞ。


「ふむ、誰かは知らんが、人間の割にはちゃんと常識をわきまえておるようじゃな」


 テラが不敵な笑みを浮かべながら答える。

 どんな常識だよ。

 こんな悪そうな顔してる奴、どう見ても神じゃねーだろ。


「というか、テラの知り合いじゃないのかよ」


 てっきり知り合いなのかと思ったが。


「いや、全然」

「マジか……」


 だったら、何でコイツはテラのことをアマテラスって見抜いたんだ?


 どうやらただの変な奴ではないのかもしれない、とリョウは思った。まあ、変な奴であることに変わりはないが。


 リョウがテラと会話しているのを見て、やっと彼の存在に気づいたらしい女が、スッと背筋を伸ばしてリョウのほうを見た。


「あなた様がこちらの神主様ですか?」

「誰が神主だ!」


 うちは神社じゃねーよ。勝手に変な神様が居候してるだけだ。


 リョウは、一度ゆっくりと深呼吸して気持ちを落ち着けてから、改めてそのライダー女に言った。


「いやー、何か変な誤解させてしまったみたいで悪いな。うちの妹は中二病を患ってるお年頃なんでね。アマテラスってすごい神様の名前だろ。そんなのがこんなアパートの部屋にいるはずないだろ?」

「はい、確かに私も驚きました。このようなボロアパートに、まさか天照大神様がおいでになるとは」

「当たり前のようにボロアパートとか言うなよ!」


 初対面の女に言われるとさすがに傷つくわ。


「私にはわかるのです」


 女は灰色の瞳を輝かせて、テラに熱い視線を送った。


「先ほどコンビニでお見掛けして、一目で気づきました。この神々しい金色のオーラ……まぎれもなくアマテラス様です」

「はぁ……」


 まるで本当にオーラが見えているみたいに、コイツはテラのことを天照大神だと確信している。

 めんどくさ過ぎる……。


「ほれ見ろ、普通はこうやってすぐに我の神々しさに気づくものなんじゃ」


 テラがドヤ顔でリョウに言う。


「まあ、我のあふれ出る神オーラに気づいてしまったのであれば仕方がないな」


 いや、溢れさせたらマズイだろ。ちゃんと蛇口しめとけよ。


 その時、どこからかグー、という変な音が聞こえて来た。


「はあ、お腹空いたっす」


 メイが腹をおさえてため息をついた。

 お前の腹の音かよ!


「バーベキュー食べられなかったっすからねー」

「あ、そうだよね。クッキーでよければあるよぉ」


 沙也加が笑顔でメイに答えて、リョウの方を向いた。


「リョウ君も、ここでずっと立ち話するのもアレだから、中に入ってもらったら? 私、紅茶入れるよぉ」


 お前ら二人はどんだけマイペースなんだよ。


「だが、まあ……そうだな」


 リョウはため息まじりに頷いた。

 このライダー女が素直にすぐ帰るとは思えない。

 俺らに危害を加えるつもりはないようだし、とりあえず中に入れて話を聞くことにするか。


 こうして、ボロアパートの一室で、昼下がりの謎のお茶会が開催されることになった。


「申し遅れました、私はサチと申します」


 座布団に正座したライダー女が自己紹介する。


「今は訳あってバイクで日本各地を巡り、ご当地グルメを食べ歩く日々を送っております」

「めちゃくちゃ楽しそうな生活じゃねーか!」


 自分探しの旅ってやつだろうか。


「ほんと、素敵ですねぇ」


 沙也加が笑顔で頷く。


「私もお金があったらそういうのやってみたいなぁ」

「大丈夫ですよ。お金なんて意外となんとかなるものですから」


 サチも微笑んで答える。


「私も、お金なんてほとんどないですから。以前は尼僧をしておりましたが、ほとんどただ働きみたいなものでしたからね。貯金も全然ありませんし」

「えーっ、そうなんですねぇ。お坊さんだったんだぁ」


 なるほど、とリョウは頷いた。サチがテラのことを神と見抜いたのは、コイツに何か霊感みたいなものがあるからなのかもしれない。


「はい、ですがもっと自由に生きる方が私には合っているのではと思い、フリーターに転職したのです。今はゆく先々で日雇いアルバイトをしながら、コツコツと貯金しているところです」


 尼からフリーターに転職って、すごい職歴だな。


「なるほどのう。ちなみに尼は何年くらいやっておったのじゃ?」


 クッキーを口から飛ばしながらテラが質問する。

 食べるかしゃべるかどっちかにしろ!


 サチは目を輝かせてテラの方に向き直った。


「はい、アマテラス様。ざっと五百年ほどやっておりました」

「ぐふッ!」


 リョウは危うく紅茶を吹き出しそうになった。

 単位がおかしいだろ。


「なるほど。それで貯金が全然ないとは相当ブラック企業じゃな」


 いや、ツッコミどころはそこじゃねーだろ!


「確かに、五百年もやっても悟りが開けないって、よっぽどセンスないですよねー。転職して正解でしたねー」


 いきなり月読がベッドの下から顔だけ出して言う。

 てか、サラッとひどいこと言うなよ。

 それを見たサチが、急に冷めた表情になって月読を睨んだ。


「おや、さすがボロアパート。変な悪霊が住み着いているようですね」


 だからボロアパート言うな。

 テラが「ブッ」と鼻から紅茶を吹き出した。


「変な悪霊だって! プププ……ぎゃーっはっはっは!!」


 顔を真っ赤にして爆笑する。

 いやいや、お前も本当は悪霊なんじゃねーのか?


「ちょ、私に向かって変なとは何ですか!!」


 月読がものすごい形相でサチを睨み、カサカサとベッドの下から這い出す。


 悪霊だってことは否定しないのかよ、と思ったけどやっぱりどう見ても悪霊だったわ……。


「まあ、コイツを初見で神と気づけないのは仕方ないことじゃ。何しろ古事記でも一行しか登場しないような、オーラも存在感もゼロのクソ陰キャじゃからな」

「もー、お姉ちゃん!!」


 月読が頬を膨らませてテラを睨む。


「お姉ちゃんって……アマテラス様、まさかとは思いますが……」


 サチがちょっと青ざめてテラの顔色を伺う。


「ああ、こやつは我の妹の月読じゃ」

「ええっ!?」


 信じられない、という顔で月読を見るサチ。

 何でテラに対してはそうならないのか逆に不思議なんだが。


「もおー、ムカつく!」


 月読は不貞腐ふてくされてまたベッドの下に入って行ってしまった。

 何しに出て来たんだよ。


「あわわ、私は月読様に対して何というご無礼を……」


 サチが真っ青になってうろたえている。

 そんな様子を見て、テラがクスクス笑った。


「気にするな。どうせ寝て起きたら忘れておるじゃろ」

「ああ、そうだな。気にしなくていいぞ本当に」


 リョウも頷く。


「それより、さっき五百年とかって聞こえたけど、何かの間違いだよな……?」


 間違いであってくれ。と思いながら質問すると、サチは首を横に振った。


「いえ、間違いではありませんよ。出家したのが大体西暦1500年頃なので。詳しい日付は日記を見ればわかりますが……」


 そう言って、スマホを操作するサチ。


「あ、ありました。出家したのが1483年9月7日ですので、やっぱりちょうど五百年くらいですね」

「すごーい、ずっと日記つけてるんですか?」


 沙也加が目を丸くする。

 いやビックリするのそこじゃねーだろ。


「はい、日記だけは得意でしたから」


 サチは誇らしげに答えて頷く。


「でも、1300年も日記を書いていたので、ものすごい量になってしまって……。最近やっと全部クラウド上に保存し終わって、ようやく日記帳の管理地獄から解放されたのです。技術の進歩って本当に素晴らしいですね」


 そう言って、スマホを持って微笑むサチ。

 沙也加が「そうなんですねー」と拍手する。


 もはやどこにどうツッコミを入れていいのかすらわからない。

 リョウが燃え尽きたように放心していると、沙也加がテラの方を見て、とんでもないことを口走った。


「もしかしてサチさんって、テラちゃんと同じ神様だったりするのかなぁ?」

「ゴホッゴホッ!」


 リョウは思わずせき込んでしまった。


「か、神様って……」

「あれ? リョウ君、知らないの?」


 沙也加は笑顔でリョウとテラを交互に見て、


「テラちゃんとツッキーはねぇ、神様なんだよぉ。ねぇ、テラちゃん?」

「うむ、そうじゃな」


 テラが頷く。


「いやいや……何で沙也加はそう思うんだ?」

「思うっていうか、今日、朝ごはんの時にツッキーが教えてくれたんだよぉ。ね、メイちゃん?」


 沙也加が今度はメイの方を見る。 

 メイも「そうっすねー」と棒読みで頷く。


 そのメイの反応を見て、ようやくリョウは理解した。

 なるほど。


 どうやら月読のバカは自分たち姉妹が神だってのをこの二人にカミングアウトしたらしいが、この二人はそれをまともに信じてはいないようだ。たぶん、中二病の子供が神様になりきってそれっぽい発言をしているだけだと思っているんだろう。


 まあ、それならそれで逆に都合がいい。

 こいつらにはずっと誤解しておいてもらおう。


「私が神だなんて……恐れ多い事です」


 サチは恐縮したように俯いた。


「ただちょっと長生きしてしまっているだけの、普通のおばあさんですから」

「1300年はちょっとじゃねーし、お婆さんにも見えねーよ!」


 どう見ても二十歳はたちくらいの女の子にしか見えない。


「そうなんですよ」


 サチはリョウのほうに顔を上げて頷く。


「私は二十歳の姿のまま、ずっと成長が止まってしまっているのです」

「成長が止まったってレベルではないだろ」

「サチは普通の人間じゃぞ」


 テラが笑顔でリョウに言う。


「ただ、ちょっと不老長寿ふろうちょうじゅというだけじゃな」

「だから、それは普通とは言わねーんだよ!」


 というかこいつらの言う「ちょっと」って俺の知ってる「ちょっと」じゃないだろ絶対。

 サチはコクコクと頷く。


「アマテラス様のおっしゃる通り、私はただ長生きしているだけで何のとりえもないダメ人間なのです」

「いや、そこまでは言ってないだろ……どんだけ自己評価低いんだよ」


 しかし、彼女は肌もツルツル、髪もツヤツヤだ。

 この状態で1300年も生きて来たとはとても考えられない。


「でもよ、不老長寿になるためにはそれなりに大変な修行とかしたんじゃないのか? そんな簡単に誰でもなれるものじゃないだろうし」

「いえ、それが……父の洗濯物の中に紛れ込んでいた、青いブヨブヨした謎の肉を食べたら、なぜかその日から老いることがなくなったのです」

「何でそんなもん食うんだよ!」


 そんな肉、想像しただけで気持ち悪い。

 きっとモザイクが必要なヤツだ。


「それは人魚の肉じゃな」


 テラが言った。

 人魚の肉……?


「それより、アマテラス様!」


 サチが急に大声を上げて立ち上がり、テラに身を乗り出した。


「何じゃ、いきなり」

「私はお聞きしたいことがあってこちらに伺ったのです。アマテラス様、教えてください。あなた様が今、この地に降臨されたと言うことは……何かこの世界に危機が迫っているという事なのでしょうか!?」


 今にもテラに掴みかかりそうな勢いである。


 一瞬、何言ってんだコイツ、みたいな顔をしたテラは、しかしすぐに不敵な笑みを浮かべて答えた。


「ふむ。人間でも長生きすると少しは知恵がつくらしいのう。確かに、今、ある意味では世界滅亡の危機といえるかもしれんな」


 滅亡するとしたら犯人はお前だろ。

 リョウは横目でテラを睨んだ。


「やはりそうですか……。しかし、アマテラス様がその危機を救ってくださるのでしたら、これほど心強いことはありません。もし私に出来ることがあれば、何なりとお申しつけください!」


 狂信者のように強い決意を秘めた瞳。

 だが、テラの表情は少しも変わらない。


「いや、それは全然違う」


 あっさり否定しやがった。


「えっ……」


 サチの表情が目に見えて青ざめる。


「それは、どういう意味でしょうか?」

「我は別に世界を救うためにここにいるわけでない。我はあくまで神であって、救世主などではないからな」


 当たり前のことのように答える。


 まあ、そうだろうな、とリョウは思った。

 サチには可哀想だが、どんなにテラを崇め奉ったところで、こいつが俺たちのために何かしてくれることはないだろう。


 所詮、こいつにとってこの世界はゲームに過ぎない。

 例えこの世界が滅亡したとしても、こいつにとっては痛くもかゆくもないのだ。


 だが、そのあとテラは一瞬ちょっと何か考えるような顔をして、意外なことを口にした。


「まあ、もしこの世界の救世主がおるとするならば、それは神などではなく、この世界の人間であるはずじゃ」

「な、なるほど……」


 サチは納得したようなしてないような顔で頷き、ガックリと項垂れてしまった。瞳の輝きが完全に消えている。


「果たして、そのような方が、この世界にいるのでしょうか……」

「そうじゃなぁ」


 テラは悪戯を思いついた子供みたいなニヤニヤ顔でリョウを見た。


「たとえば、ここにいる一式いっしきリョウという男が救世主になる可能性もなくはないかもしれんぞ」

「はあ!?」


 リョウは愕然としてテラを見返した。

 いきなり何を言い出すんだコイツは。


「本当ですか!?」


 サチはパッと顔を上げ、灰色の瞳をキラキラさせてリョウを見る。

 おいおい。


「神主様が救世主……」

「だから神主じゃねーよ!」


 もちろん救世主でもないが……今それを言っても、サチが発狂するだけだろう。


 くそ、余計なこといいやがって。

 リョウがテラを睨むと、悪魔みたいな神様は楽しげにクスクスと笑っていた。

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