STAGE 6

6-1

「メイちゃん、大丈夫かなぁ……?」


 沙也加はソワソワと落ち着きなく、何度も部屋の中で立ったり座ったりしていた。


「あいつだったら大丈夫だよ、きっと……」


 リョウは、スマホの画面を見ながら答える。

 それは何の根拠もない、希望的観測だった。


 スマホの画面には、メイのチャンネルが開かれていたが、動画は流れておらず、真っ黒な画面に『配信が終了しました』という文字だけが表示されている。


 配信が途切れてから、一時間以上が経過していた。

 沙也加が最後に電話したあと、メイの携帯電話は圏外になってしまって、連絡がとれない状況が続いている。


 何事もなければいいのだが……。


 部屋の真ん中では、月読が空気も読まずにファミコンのスペランカーをプレイしている。さっきからずっと開始して二秒で死ぬのをひたすら繰り返しているから「プレイしている」と言っていいのか疑問だが。


 てか、さすがにヘタクソすぎだろ。


「だぁー! 何ですかこの主人公は! クソ雑魚ナメクジ過ぎますよ!」


 月読がついに絶叫してコントローラーを床に叩きつける。

 モノに当たるな。


「主人公ってのは、もっとこう、強くてかっこいいものじゃないんですか!?」

「いや、お前がヘタクソなだけだろ」

「はあ? 自分の身長くらいの高さから落ちただけで死ぬような奴を操作するこっちの身にもなれですよ!」

「そういうゲームなんだよ! 嫌ならやるな!」


 何だコイツは。

 いちいちツッコミを入れるこっちの身にもなれ。


 月読はチラリと沙也加のほうを見て、「よっこらしょ」と言いながらゲーミングチェアに腰を下ろした。


「メイだったら大丈夫ですよ。お姉ちゃんが行ってくれてるんですし、きっと何とかしてくれますから」

「う、うん……そうだよね」


 沙也加が泣きそうな顔で頷く。


 いや、テラはメイのことを助けに行ったわけではないんじゃないか、とリョウは喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。


 高尾山のドラゴンの話を聞いたテラは、「ほう、ドラゴンじゃと!?」と子供みたいに目を輝かせて、いきなり部屋を飛び出して行ってしまったのだ。

 あれはメイを助けに向かったというより、ただドラゴンを見物しに行ったとしか思えないが。


「ただいま」


 テラが玄関のドアを開けて部屋に入って来た。

 右手にはガリガリ君、左手にはコンビニの袋を持っている。


「ほれ、お土産じゃ」


 コンビニ袋を差し出す。中には大量のガリガリ君が入っている。


「わーい、ヤッター!」


 月読がうれしそうに袋を受け取ってガサゴソと中身を漁る。


「どれにしようかなー?」

「いや、全部同じソーダ味だろ。それよりテラ、まず先に言うことがあるんじゃねーのか?」

「うん?」


 テレビ画面に映ったスペランカーのゲームオーバー画面を呆れたように見ていたテラは、リョウの方を振り向いた。


 そして、リョウの顔を見てああ、と頷く。


「すまんな。お主の好きなコンポタ味は売ってなかったんじゃ」

「別に好きじゃねーよ!」


 そんな事は今どうでもいいんだよ。


「そうじゃなくて、メイは無事だったのかよ?」

「ああ、メイか」


 テラは今思い出した、というようにポンと手を打った。


「まあ、たぶん無事じゃ」

「はあ、たぶんってどういうことだよ?」

「少なくともドラゴンに襲われたりはしてないってことじゃ」

「テラちゃん、それは間違いないの!?」


 沙也加がテラにすがるようにして聞き返す。


「うむ。我が見に行ったら、ドラゴンはもう死んでおったからな」

「え……」


 リョウと沙也加は、テラの言葉を聞いてポカーンと顔を見合わせた。


「ちょっと待て、ドラゴンが死んでたって?」

「そうじゃ。時空警察の奴らが死体を回収しておったぞ」

「ああ、なるほど。じゃあ、時空警察が退治してくれたってことか」


 それだったらよかった。


「いや、違う」


 テラはリョウを見て、ニヤリと笑った。


「ドラゴンを殺したのは時空警察ではないぞ。もしかしたら勇者が現れて退治してくれたのかもしれんな」

「勇者って……」


 こいつの言うことは本気なのか冗談なのか、マジでわからないから困る。


「じゃあ、テラちゃんは、メイちゃんには会えなかったんだ……?」


 沙也加が尋ねると、テラは沙也加に向かって頷いた。


「うむ、メイは見てないな。今頃、もう家に帰ってゲームでもしてるんじゃないか」

「お前じゃないんだから……。さすがに無事だったら連絡してくると思うけどな」

「まあ、そのうち何かしら連絡してくるじゃろ」


 テラは興味なさそうに返事して、さっき月読が投げ捨てたコントローラーを持ち上げてスペランカーをプレイし始めた。


 月読が操作してた時とは別人みたいに、華麗にステージを縦横無尽に駆け巡るスペランカー。


 上手すぎだろ。


「ダメだ……やっぱりまだ電話繋がらないよ」


 沙也加がスマホの画面を見ながら、目に涙を浮かべて呟いた。


「マジか……」


 何かメイの無事を確認する方法はないんだろうか。


 というか、そのくらいのことはテラだったら簡単にできるんじゃないのか?


 コイツはマジで高尾山まで行っておいて、メイのことは全然気にせずそのまま帰って来たんだろうか。


「おいテラ、お前はメイのこと心配じゃねーのかよ」


 リョウが詰め寄ると、テラは一瞬チラと彼の方を見て、すぐにまたゲームの画面に目を戻した。


「全然」

「何でだよ! 仲間が危ない目にあってるかもしれないんだぞ!」

「仲間?」


 テラは鼻で笑う。


「それは冗談のつもりかのう。全然つまらんな」

「は……お前、ふざけてんのか!?」

「リョウ君、ダメだよ!」


 リョウがテラにつかみかかろうとするのを、沙也加が抑える。

 そこでやっと、リョウも我に返った。


「あ、ああ……ごめん、沙也加」

「リョウ君。私、メイちゃんの家に行ってみようと思う」


 沙也加がスマホを抱えたまま、沈鬱ちんうつな面持ちで言う。

 今にも泣いてしまいそうだ。


「そっか、じゃあ俺も一緒に行くよ」


 リョウは頷いて、テラを横目で見る。


 そうだ。コイツは人間じゃないんだ。だから、人間の理屈は通用しない。そしてコイツにとっては所詮、全てがゲームなんだ。人の生死さえも。


 その時、ピンポーン、とインターフォンが鳴った。

 誰だよ、こんな時に。


「今日は来客が多いのう」

「本当ですよ。何だかバタバタして落ち着かないですねー」


 ゲームしながらニヤニヤするテラの横で、月読がベッドの下にモゾモゾと潜り込もうとしている。


「ちょっと寝るんで、ご飯の時は起こしてくださいねー」


 はあ、神ってこんな自分勝手な奴ばかりなのか?


 リョウはため息を吐いて、玄関に向かう。


 ドアスコープから外を覗くと、蛍光グリーンのダメ着を来たガチャピンみたいな奴が見えた。


「え、メイ!?」


 リョウは慌ててドアを開ける。それは間違いなく神武メイだった。


「お前、無事だったんだな!」

「メイちゃん!!」


 沙也加が叫んだと思うと、玄関先に飛び出してメイを抱きしめた。


「ぶふっ、沙也加……おっぱいが当たって苦しいっす」

「良かった、メイちゃん……本当に無事で良かったよぉ!!」


 沙也加はメイを抱きしめたまま、わんわんと泣き出してしまった。


「沙也加……心配かけてごめんっす……」


 メイもまた、そんな沙也加の様子につられて涙目になっている。


「まったく、人騒がせな奴だな」


 リョウが笑って息を吐くと、メイは彼の方を一瞬見てから「ごめんっす」と恥ずかしそうに目を伏せた。


「メイちゃん、電話も全然繋がらないから、本当に心配だったんだよぉ」


 沙也加が言うと、メイはああ、とポケットからスマホを取り出した。


「実は川に落として水没しちゃったみたいで……。一応、防水だから、乾いたら復活すると思うっす。たぶん……」


 しょんぼりした様子で項垂れる。


「今日のデイリークエストまだ消化してないのに」

「あはは、心配するのそこかよ。お前らしいな」


 リョウは笑った。


 と、その時になって彼はようやく、メイの背後にもう一人、見たことのない女が立っているのに気が付いた。


「あれ、メイ。その人は……?」

「あ」


 メイも言われてやっと思い出したように、チラリとうしろの女を見てから、ボソボソとした声で答えた。


「何かこのアパートの前に立ってたんすよ。テラっちに用があるみたいっす」

「はあ、テラに……?」


 リョウは訝しく思いながら、改めてその謎の訪問者に目を向けた。


 年齢的にはリョウと同じくらいだろうか。

 太陽に当たって青っぽく光って見える黒髪、色素の薄い灰色の瞳をしたその女は、額にゴーグルをかけ、ライダースジャケットに革のホットパンツという、いかにも「バイク女子」という感じの服装だった。


「あのー、うちに何か?」


 そう問いかけたリョウの声がまるで聞こえていないみたいに、女は彼の背後の部屋を覗き込んで、いきなり大声で叫んだ。


「アマテラス様! あなた様は、天照大神あまてらすおおみかみ様ではありませんか!?」

「はぁ!?」


 おいおい、何なんだコイツは!?

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