5-4
てっきり死んだと思っていたが、まさかまたLOVが出来るなんて。
メイは高鳴る興奮を抑えきれず、配信では絶対に見せられない死神のような邪悪な笑みを浮かべて巨大な鎌を構えた。
真正面には右の前足を失ったドラゴンが、怒りに満ちた目で彼女を睨み、対峙している。
距離にして約二十メートル。
実際に近くで見るドラゴンは、写真で見るより何倍も大きく見える。
と。
一瞬、時間が止まったようにメイは感じた。
滝の音も止んで、完全な無音の空間。
ドラゴンの赤いウロコに覆われた体が、黄色い光を放つ。
そして、次の瞬間。
ゴオオオオオォーッ!
爆音と共に、ドラゴンの口から灼熱の炎が放射状に吐き出される。
視界一面の炎。
この距離では回避不可能だ。
だが。
「そんな炎じゃ僕は倒せないっすよー!」
メイは落ち着き払って素早く鎌を振り上げ、思いきり地面に叩きつける。
鎌から放たれた衝撃波が炎を切り裂き、その先のドラゴンの顔面に直撃する。
ギャオオン!
額から血が噴き出し、再びドラゴンが悲鳴を上げた。
LOVでは、武器の熟練度を上げることによって様々な武器固有のスキルを発動できるようになる。鎌の固有スキルである「
その分、操作難易度は全武器の中でもトップクラスで、相当に練習を積まないとまともにスキルを発動させることすら困難と言われていた。
だが、天才ゲーマーのメイにとって、そんなことはまるで無関係。
彼女にとって、もはや鎌は近距離武器というよりも、無限に弾丸を撃てるショットガンのようなものだった。
銃が最強といわれていたLOVの世界で、鎌のみであらゆる敵を撃破していく彼女の姿は、やがて畏敬と恐怖を込めて『死神』と呼ばれるようになっていった。
ドラゴンが翼を広げ、巨大な体が宙に浮く。
「おっと」
メイは鎌を支えにして棒高跳びのように前方にジャンプし、そのまま回転の勢いで鎌を振り上げ、空中に向かって衝撃波を放つ。
ズバシャーッ!!
衝撃波がドラゴンの翼に直撃し、空中でバランスを崩したドラゴンはキリモミ回転しながら地面に激突した。
「死神に出会って、生きて帰れると思ったっすかー!?」
メイはドラゴンに向かってダッシュしたかと思うと、鎌が届くギリギリの距離から斬撃を放ち、一瞬でドラゴンの左の翼と後ろ足を斬り落とす。
赤い血が飛び散り、鎌が肉を切り裂く感覚が手のひらに伝わってくる。
そうだ、この感覚だ。
一撃を繰り出すごとに、敵が恐怖し絶望し、その恐怖と絶望がこちらに伝わってくることで、確実に勝利に近づいていくのを実感する。
他のゲームでは、ここまでリアルな感覚は得られない。
「やっぱり、LOVは最高のゲームすねーッ!!」
メイは
ズバァーンッ! ズシャーッ! グシャーッ!
「あれーっ、もう終わりっすかぁ?」
もはやドラゴンはぐったりとして、ほとんど動かなくなっている。
メイは笑いながら、なおも攻撃を続ける。
グシャ! ミシャ! ドシャーッ!
まだだ。
全然もの足りない。
「おーい、反撃してきてくださいよぉー、つまんないっすよー」
グシャ! ベシャ! ベチャッ!
斬撃をまともに受け続けて、ドラゴンの体が原形をとどめないほどにズタズタに切り刻まれていく。
あーあ、あっという間に終わってしまった。
メイはだんだんイライラしてきた。
「あぁーあ、見た目だけのクソ雑魚じゃないっすかー。つまんない、つまんない、つまんないっすよー!!」
自分でも、何で自分がこんな感情になっているのかよくわかなかった。
湧き上がる気持ちを抑えることができない。
もっと。
もっと敵を切り刻みたい。
もっともっと。
「もう死んでるわよ」
不意に背後から人間の声がして、メイはハッとして振り返った。
「え……社長?」
その声の主は、龍崎ルナだった。
山の中では不釣り合いな、上品な黒いドレスに身を包んだルナは、妖艶な笑みを浮かべて真っすぐにメイを見つめていた。
何で社長がここに……?
そんな疑問を発しようとしたのだが、メイの口から出たのはまったく別の言葉だった。
「社長、やっとメンテが終わったんっすね!」
「ええ、そうね。本当にやっと。すごく長かったわ」
ルナが満足そうに微笑む。
白い肌が、まるで光を放っているように美しく眩しい。
「でもすごいっすねー。ドラゴンと戦えるなんて、めちゃくちゃ面白かったっす!」
「そう、気に入ってもらえて良かったわ」
「でも、ちょっと弱すぎたかもしれないっす。あっという間に死んじゃったんで」
つまんなかったっす、という言葉を飲み込む。
何だろう。
ルナと話していると、言葉が不自由になってしまう気がする。
「やっぱり、人間と戦うのが一番、面白いっすー」
「そうね、メイちゃんならそう言うと思ったわ」
ルナは微笑んで、メイの頭を撫でる。
青白い、月光のような妖しい光を発するルナの瞳を、メイは魅入られたようにうっとりと見返す。
「明日の満月の夜」
ルナはメイのピンクの髪を撫でながら言う。
「限定イベントを開催しようと思うの」
「おお、限定イベントっすか!」
「そう、今までにないような最高のイベントよ」
「いいっすね!」
メイは目を輝かせる。
「めちゃくちゃ楽しみっす!」
「そう、じゃあメイちゃんも参加してくれるかしら?」
「当たり前っす!」
メイは大きく何度も頷いた。
ふふふ、とルナは口元をおさえた。
「よかったわ。全人類最強プレイヤーのメイちゃんの活躍、私も楽しみにしているわね」
「まかせるっすー!」
メイはガッツポーズをして見せた。
「本当に頼もしいわね。あ、そうそうメイちゃん。今倒したドラゴンのレアドロップ、ちゃんと忘れずに回収しておかないとね」
「え、レアドロップ!?」
メイは慌ててドラゴンの方を振り返る。
そして、ドラゴンの顔のあたりに、キラキラ輝く丸い玉が落ちているのに気付いた。
拾ってみると、それはビー玉くらいの大きさで、虹みたいに見る角度によって色が変わる不思議な石だった。
「これっすか?」
メイが振り返ると、そこにはもうルナの姿はなく、ただ誰もいない静かな山の景色だけが広がっていた。
「あれ、社長……?」
メイは呆然としてしばらくはそこに佇んでいたが、やがてその不思議な石をしまうと、
それから、ちょうど三十分後。
滝つぼの横でズタズタに切り刻まれたドラゴンの死骸を、武装した時空警察の男たちが青ざめた表情で取り囲んでいた。
「おい。何だ、この傷跡……」
「おええっ、むごすぎるっ……」
「一体、何があったらこんな風になるんだよ」
口々にそんなことを呟いている。
ボロボロになってほぼ原形をとどめないドラゴンの死骸。
こんな殺し方、とても人間の仕業とは思えない。
まさか、ドラゴンを殺すほどのさらに凶暴なモンスターがこの世界に出現しているのだろうか?
無線で何かを連絡していた上官風の男が、他の男たちを見回し、厳しい口調で言った。
「いいか、上からの命令だ。何も考えるな」
シーンとした不気味な沈黙。
「それと、死体はブラックホールに廃棄。その後、このことは忘れる事」
ゴクリ、と誰かが唾を飲む。
上からの命令は絶対だ。
全員が無言で行動開始する。
その様子を、滝の上から
「何じゃ、せっかくドラゴンを見物に来たのに、死んでおるではないか」
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