5-3
何てこった。こんなにあっさり人生って終わるものなんすね。
滝つぼに向かって落下していく中で、メイはぼんやりとそんなことを思っていた。
来世では毎朝ちゃんとニュース見ないとっすねー。
そんなことを思っている彼女の脳裏を、今までの短い人生で経験した色々な事が、走馬灯のように駆け巡っていく。
メイは幼い頃に両親を事故でなくし、物心ついた頃から祖母と二人暮らしだった。
幼稚園の頃にはもう中学生レベルの勉強ができるようになっていた彼女は、周囲の大人に神童と呼ばれ、ずっと特別扱いされてきた。
だが、そんな異質な存在である彼女は学校で友達ができないどころか、陰湿ないじめを受けたことで、登校拒否するようになってしまった。
悔しくて家で泣きじゃくる彼女を、祖母だけはいつも優しく励ましてくれた。
「大丈夫。いつかきっと、メイちゃんにも素敵なお友達ができるわ。だって、メイちゃんはすごく心が綺麗で、優しい子なんだから」
祖母は、いつもメイと一緒にゲームで遊んでくれた。勉強も教えてくれた。
だが、ゲームも勉強も、すぐにメイの方ができるようになってしまった。
十二歳の時、どこからか彼女の噂を聞いたアメリカの大学の人が家に来て、飛び級で大学入試を受けてみないかと言われた。
「大学なんて行かないもん。勉強なんてつまらないもん」
幼いメイがそう言ってその人を追い返すと、ずっと優しかった祖母はその時、初めてメイを叱った。
「メイちゃん、あなたは神様からとても素敵な贈り物をもらったんですよ。他の人がどんなに欲しがっても手に入らない、すばらしい贈り物を」
「そんなの、僕は欲しくなかったもん……そのせいで僕はいじめられて……。だから学校なんて行きたくないもん。ずっとずっと、おばあちゃんと一緒にいるもん」
「メイちゃん、おばあちゃんはずっと一緒にはいられないの。それに、あなたの授かった贈り物は、世界のみんなにとって大切なもの。世界の宝物なのよ。だから、それはちゃんと世界のために使わないとダメ」
「世界のため……?」
「そう、素敵な贈り物をくれたこの世界に、たくさん恩返しをするのよ」
そう言って、祖母は微笑んだ。
その翌年、祖母は天命を全うしてこの世を去った。
「メイちゃん、大学に行きなさい」
亡くなる直前、祖母は泣いているメイの頭を撫でながら言った。
「しっかり勉強して、立派な大人になるのよ」
「嫌だ……嫌だよぉ……僕にはおばあちゃんしかいないのに……おばあちゃんとずっと一緒にいたいのに……僕を一人にしないでよぉ!」
「大丈夫。メイちゃんなら、おばあちゃんがいなくても立派に生きていけるわ。それに、きっと素敵なお友達もたくさんできる。だって、メイちゃんはこんなに心が綺麗で、優しい……私の大切な宝物なんだから」
その祖母の最後の言葉は、今でもずっとメイの心の中でリピートされ続けている。
祖母の四十九日が終わると、メイはアメリカに留学した。
その後、プロゲーマーになって、ユーチューバーになって。
おばあちゃん、僕、一人で頑張ったっすよ。
「今すぐ帰って来て!!」
沙也加の泣きそうな声が頭の中で反響する。
「ああ、そっか。沙也加は僕の……初めての友達なんすね」
こんな僕のことを、本気で心配してくれるなんて。
おばあちゃん……友達って、いいもんっすねー。
でも、このまま死んだら、沙也加は悲しんじゃいますかね……。
「沙也加を悲しませるのは、嫌っすねー」
僕なんかと友達なんかになったこと、後悔しちゃうっすかね……。
「はぁ、それはもっと嫌っすねー」
メイは渦を巻いている滝つぼを見つめる。
ゆっくりとだが、確実に『死』が近づいている。
あれ。
この感覚。
妙に懐かしい感じがする。
「そういえば、LOVの中でもよくこんな風に落ちて死んでたっすねー」
メイがLOVをやり始めて間もない頃。
戦闘能力はずば抜けて高い彼女だったが、元々の運動音痴のせいか、高い所から落下したり、川や海に落ちて溺れたりしてデスすることがかなり多かった。
「だからパラシュートを常に装備するようにしてたんすよねー」
彼女は自分の弱点を分析し、パラシュートを最優先で装備するようにしたのだ。そしてそれにより彼女の勝率は一気に向上して、全人類最強プレイヤーと言われるまでになった。
「あーあ、死ぬ前にもっとLOVで遊びたかったっすねー」
そう思った時だった。
メイは自分の視界の左端の方に、見覚えのある四角いものを見つけて「おや?」と思った。
「これは……」
半透明で菱形のソレ。
間違いない。
見間違うはずもない。
それは、LOVの中で視界に表示される、メニューアイコンそのものだった。
「あれー、コレってLOVの中だったっすか?」
一瞬、今自分がいるのが現実なのかゲームの中なのかわからなくなる。
だが彼女の中で、今まで何百回、いや何千回と行ってきたその一連の操作は、もはや無意識レベルで実行されるマクロのようになっていた。
メニューアイコンからアイテムを開き、パラシュートを選択、展開!
バサッ!
大きな音と共に、蛍光グリーンのパラシュートが開いて、メイの体はゆっくりと空中を漂い、滝つぼの横の地面に静かに着地した。
その懐かしい感覚に、メイは高揚した。
てっきり人生終了と思っていたが、こうして生き残っただけでなく、自分の人生の中で最も楽しく、最も熱中したゲームであるLOVを、またプレイできるなんて!
いや、というかこれは現実なのか?
それとも夢?
ゲーム?
あの世?
「いやいや」
メイは笑った。
もはや現実だろうが妄想だろうが、死後の世界だったとしても関係ない。
ピンク色の髪の下で、メイの瞳が青白い光を放っていた。
そうだ。
そんなものは今、関係ないのだ。
今、LOVをまたプレイできている。
それは紛れもない事実。
またLOVをプレイできるなら、何だっていい。
「ゲームは楽しんだ奴が一番の勝ち組っすからねー!」
上空を飛んでいたドラゴンが、メイがまだ生きていたことを確認すると、クルリと向きを変え、彼女めがけて一直線に急降下して来た。
メイは再び視界の中のメニューを操作し、アイテムの中からお気に入りの武器を選択し、装備する。
どこからともなく巨大な鎌が出現し、彼女の手に握られる。
ドラゴンの強大で凶悪な姿が、視界いっぱいに迫ってくる。
だが、さっきまで感じていた恐怖の感情は、今は嘘のように消えていた。
むしろ、ワクワクするような高揚感が彼女の胸をいっぱいにしていた。
ズバシャーッ!!!
鎌の一撃によって切断されたドラゴンの前足が、回転しながら宙を舞う。
グオオオオーン!
ドラゴンの苦痛の叫びが山に響き渡る。
対するメイは、鎌を握った自分の手を見つめて、声にならない歓喜の叫びを上げていた。
プルプル、ビクビクと体が震える。
最高だ。快感だ。心臓が止まりそうだ。
このために生き残った。
いや、このために死んだのかもしれない。
でも、何も問題ない。
この高揚感と敵を切り刻む快感だけは、死んでも絶対に忘れられない!!
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