第二章:LunaticGamers

STAGE 5

5-1

 翌日も猛暑だった。

 リョウは外出する気になれず、というかそもそも外出する用事もなかったので、クーラーをガンガンにかけた涼しい部屋でテラとゲームをして過ごしていた。


「いやあ、暑いのぉ」


 テラはうちわで顔を仰ぎながらファミコンのソフトを漁っている。

 今日はジャージではなく、例の『神』とプリントされた白Tシャツ姿だった。ダサいけど本人的には気に入ってるのかもしれない。


「こんな暑い日は雪合戦でもやるかの」

「え、雪合戦?」


 まさか神のパワーで真夏に雪でも降らせるのか?


「ああ、あった。これじゃ」


 テラは一本のカセットを掴んで、リョウに見せた。

 雪のように涼しげな、真っ白なカセット。


「スノーブラザーズか。懐かしいなぁ」


 昔、沙也加の家で一緒にやった記憶がある。

 二人で協力して全クリした時は本当にうれしかったな。


「ふむ、腕に覚えがあるなら話が早い」


 テラがニヤリと笑う。


「せいぜい、我を楽しませてみせるがよい」


 まるで悪役みたいなその顔とセリフに、リョウは嫌な予感がしたのだが……。

 それが、ちょっと前のことである。


 で、今。


 リョウはテラがが蹴った雪玉に巻き込まれて、ステージの中をゴロゴロと転がされていた。しかもジャンプで脱出しても、すぐに別の雪玉が飛んできて転がされてしまう。


「ぎゃーっはっはっは! 腹痛い! 転がれ転がれ~! ぎゃはははは!」


 テラが爆笑して足をバタバタさせている。


「うるせー!」


 リョウは半ギレでテラを睨む。


「お前、狙いすぎだろ!」


 本来、スノーブラザーズというゲームは、二人で協力して敵を倒し、一緒にクリアを目指すゲームのはずである。


 だがテラは敵を倒すことよりも、リョウに雪玉をぶつけて転がすことに全力を注いでいるみたいだ。しかも、パワーアップのアイテムなどは全部テラが回収してしまうので、リョウは初期装備のまま。普通に敵と戦うのも一苦労だ。


「ほれほれ、悔しかったらお主も我のことを転がしてみよ。ぎゃーっはっはっは!」


 テラは爆笑して床をのたうちまわりながらも、コントローラーの操作だけは正確無比で、反撃しようにも全くスキがない。


「てか、そういうゲームじゃねーんだよ!」


 何でスノーブラザーズで味方と戦うことになってるんだよ。

 そもそも、こんなイジメみたいな遊び方、絶対に開発者は意図してなかったはずだ。


「はあ、何を言っておるのやら」


 テラは笑いすぎて涙を浮かべた瞳でリョウを見た。


「ゲームをどんな風に楽しむかは、プレイヤーの自由じゃ。楽しければそれが正解なんじゃ」


 まあ、言ってることは正しいような気がする。だけど。


「俺は楽しくないんだよ!」

「うわー、出た出た! 自分がザコなのを棚に上げて『このゲームつまんねー』とか言う奴。まさにクソ雑魚の屁理屈じゃな。プププ」


 あー、間違いない。コイツは神じゃなくて悪魔だわ。


 ピンポ! ピンポ! ピンポーン!!


 まるで「正解!」とでもいうようなタイミングで、そんな音が部屋に鳴り響いた。


「沙也加と月読が来たようじゃな」


 テラはそう言いながらゲームをプレイし続ける。

 一時停止する気は一ミリもないらしい。さすが悪魔。


 ピンピンピンピンピンピンピンピンピンポーン!!


「うるせー、連打し過ぎだ!」


 リョウがドアを開けると、月読が部屋に飛び込んで来た。


「ふぅ、やっと開けてくれましたか。暑すぎて死ぬところでしたよ!」


 暑い暑い、といいながらベッドに倒れ込む月読。


「おい、そんな汗だくでベッドに寝るなよ!」


 人の部屋をなんだと思ってるんだ。

 こんな奴、暑さで溶けてしまえばいいのに。


「お、スノーブラザーズじゃないですか! 私の超得意なゲームですよ!」


 月読がベッドから飛び降りて、さっきまでリョウが使っていたコントローラーを手にとった。


「お姉ちゃん、一緒にやりましょー!」

「はあ? たわけが。お主は二面すらソロクリアできんザコじゃろうが」

「いやいや、一面はノーダメージでクリアできますよ!」


 超得意の基準低くね?


「何の自慢にもならんわクソ雑魚が。ヘタクソは足手まといじゃ」

「えぇ~っ、ひどい! お兄ちゃ~ん、お姉ちゃんがイジメるー!」

「知らねーよ、俺を巻き込むな!」


 何だこの既視感は。

 昨日のトラウマが蘇りそうだ。


「リョウ君、急に来ちゃってごめんねぇ」


 沙也加が苦笑しながら謝って来たので、リョウはいや、と手を振った。


 今日の沙也加は、ノースリーブの白いブラウスにチノパンという、ラフな私服姿だった。シンプルな服装だけに、胸の膨らみがより存在感を増している気がする。


 彼女いない歴=年齢のリョウは、目のやり場に困ってしまって目をそらした。


「どうせ暇だからいいよ。てか、どうしたんだ。まさかあのバカが何かやらかしたか?」


 チラリと月読に目をやると、何故か向こうもニヤニヤしてこっちを見ていた。相変わらず気持ち悪い奴。


「ううん、違うの!」


 沙也加は慌てた様子で手を振った。


「早速クッキー焼いてみたんだけど、そしたらツッキーがリョウ君は家でゲームしてるから遊びに行こうって言うから……迷惑だったかな?」


 ツッキーって……ああ、月読のことか。


「いや、全然。むしろうれしいよ」


 朝からゲームしかしてないから何も食べてないし。


「というか、昨日の今日でもう作ってくれたのか?」

「う、うん!」


 沙也加は心なしか頬を赤くして頷く。


「リョウ君が……」


 沙也加が何かボソボソ言ったが、うしろの姉妹がギャーギャー騒いでてよく聞こえい。


「あいつらマジでうるさいな……ごめん、俺が、何だって?」

「え」


 沙也加は真っ赤になって俯いた。


「っと、な、何でもない……」

「そっか。とりあえず暑いから早く中に入れよ。って、顔真っ赤じゃねーか!」

「う、うん。ありがと。お邪魔します……」


 沙也加は赤い顔をして、落ち着きなくキョロキョロと部屋の中を見まわしながら、ロボットみたいな動きでおずおずと部屋に入って来た。


「そんなに緊張するような部屋じゃないぞ。お前の部屋に比べたら狭いしボロいし」

「確かに狭くてボロくて汚いですねー。人間の住む場所とは思えませんよ」


 月読が部屋を見回してコクコクと頷く。

 うるせーホームレス。誰も汚いとまでは言ってねーだろ!


「我はこの狭い部屋も悪くないと思うがな」


 珍しくテラがフォローするようなことを言う。

 月読も驚いたらしく、目を丸くしてテラを凝視した。


「へえ、意外ですね。こんなボロ屋でも住めば都ということですか」


 さすがにボロ屋は言いすぎだろ。どんだけ言いたい放題言ってくれるんだコイツは。


「うむ、これだけ狭いと、ファミコンしながらでも電気のスイッチとか冷蔵庫に手が届くし、頑張ればトイレまでコントローラーが届くからな」


 ただのダメ人間じゃねーか。てか頑張るところだいぶ間違ってるだろ。そしてトイレでゲームすんな!


 月読が納得したように頷く。


「なるほど、それはありですね」

「ねーよ!」


 そもそもこいつらは神なんだからトイレ行かないだろ。

 リョウのうしろでそんなやりとりを見ていた沙也加が、クスクスと笑う。


「リョウ君はやっぱり面白いなぁー」

「いや、今の流れで俺が面白いってなる要素あったか?」


 でも少しはリラックスしてくれたみたいでよかった。

 リョウは座布団を床に置いて、沙也加に座るように言った。


「そうだ、せっかくだからメイも呼ぶか? クッキー食べたがってたし」

「リョウ君は優しいねぇ」


 座布団の上に体育座りして、沙也加は笑顔でリョウを見上げた。


「メイちゃんの分は、ちゃんと家にとってあるから大丈夫だよぉ」

「そうそう、それにガチャピンは今日ソロキャンの配信するから忙しいみたいですよー」


 月読がコントローラーをガチャガチャやりながら言った。

 テレビの画面を見ると、俺以上に転がされている。


「へえ、ソロキャンか。ゲーマーなのに意外とアクティブな奴だよな。てか月読、何でお前がそんなこと知ってるんだ?」

「さっき、朝ごはんを食べに来た時に言ってたんですよ」

「なるほど……早速来たのかよ」


 メイの辞書には社交辞令という言葉は存在しないらしい。


 リョウは冷蔵庫に冷やしてあった麦茶を取り出して、人数分をコップに注いだ。


 ピンポーン。


 またインターホンが鳴る。今度は誰だ。


「大門が来たようじゃな」


 テラがテレビから目を離さずにボソリと言った。

 お前はドアモニターかよ。


「やあ、あんちゃん。あれから特に変わったことはないかい?」


 ドアを開けると、大門はタオルで顔の汗を拭きながら微笑んだ。


「はい、おかげさまで、今のところは……」


 大門が来たってことは、奴も一緒だろうか。

 リョウは警戒して大門のうしろに目を向けたが、どうやら今日も大門一人のようだった。


「あれ。マナセナは今日も休みなんですか?」

「うん?」


 大門はキョトンとした表情で首を傾げた。


「マナセナ?」


 その反応があまりにも違和感満点だったので、リョウはちょっと焦ってしまった。


「はい。……えっと、俺なんか変なこと言いました?」


 だが、大門のほうも不思議そうな表情を浮かべてリョウを見返してくる。


「いや、兄ちゃん。変も何も。マナセナってのは一体誰のことだい?」

「は……?」


 今度はリョウがキョトンとする番だった。


「いやいや、マナセナですよ。あんたの相棒の名前でしょ」

「相棒って……兄ちゃん、俺はずっと一人で動いてるから、相棒なんていねーよ」

「はぁ!?」


 どういうことだ。


「えっと……時空警察にマナセナっているでしょ? 背が高くてハーフ系の怖い女」

「いやあ、聞いた事ねぇな」


 そんな馬鹿な。リョウは愕然とした。

 大門にからかっているとか、とぼけているという感じは一切ない。

 まるで、マナセナなんて人間は最初から存在していなかったかのような反応。


「それより、昨日兄ちゃんを襲った奴のことなんだけどな」


 気を取り直した感じで大門が言った。


「奴が装着していたVRゴーグルを解析したら、妙なことがわかったんだ」

「はあ、妙なこと……ですか?」


 リョウは聞き返しながら、心の中ではマナセナの話がアッサリ終わってしまったことにびっくりしていた。


 アイツは一体、どこに行ってしまったんだろう?


「ああ。昨日、兄ちゃんを襲っていた時、奴はLOVってゲームにログインしてたみてえなんだ」

「え……LOVって。オンラインゲームの?」


 リョウは耳を疑った。

 まさか大門の口からその名前が出るとは思いもよらなかった。


「いやでも、それはありえないですよ。LOVはずっとメンテナンス中で、いまだにログインできない状態が続いてるんですから」

「ああ、わかってるよ。だが、奴がLOVにログインしていたのは、VRゴーグルのログを見る限り間違いないらしい。もしかしたら、不正な方法で無理矢理ログインしたのかもしれねぇな」

「そんなことってあるんですかね……」


 あの男はじゃあ、ゲームをプレイしながら俺を襲ってきたってことなのか?


 リョウは、昨日の大門の話を思い出していた。


「それってもしかして、ゲームの世界と現実世界が区別できなくなっていた……ってことですか?」

「どうなんだろうなぁ」


 大門はため息をついた。


「まあ、俺の方でもちょっと調べてみるつもりだ。兄ちゃんも、何かちょっとでも手がかりになりそうなことを思い出したら教えてくれよ」

「あ、はい……わかりました」


 曖昧にそう頷いた。

 と、大門は急に思い出したようにリョウの顔を見た。


「そうだ兄ちゃん、話は変わるが、今朝のニュース見たかい?」

「ニュースですか。全然見てないですね」


 今日は起きてからゲームしかしていない。というか、ニュースなんて見る習慣がそもそもない。我ながらダメ人間だ。


「おい、大学生だったらニュースくらい見た方がいいぜ」


 大門は苦笑した。


「今な、高尾山たかおさんにドラゴンが現れたって、えらいニュースになっちまってるんだよ」

「ドラゴン?」


 いきなり飛び出した予想外の単語に、声が裏返ってしまう。


「いやいや、ファンタジー世界じゃないんだから」


 どうせ何かを見間違えただけだろう。


「まあ、間違いだったらそれが一番いいんだけどな」


 大門の表情は大真面目だった。


「俺は管轄外だったからまだマシだが、所轄と本部は朝からてんやわんやだよ。この世界に存在しないはずのドラゴンが、いきなり現れたとなったら、それは次元の歪みから現れたってことになるからな。下手したらとんでもねぇ不祥事になっちまう」

「な、なるほど……」


 リョウがスマホでニュースサイトを開いてみると、トップページに『高尾山にドラゴン出現、住民に避難勧告』という見出しがデカデカと表示された。


「げ、マジだ」


 記事には一般人が撮影したドラゴンの写真も掲載されている。

 ブレブレではあったが、巨大な翼を広げて空を飛ぶ、赤いトカゲのような姿がはっきりと写っていた。


 完全にファンタジーRPGに出て来るドラゴンそのものだ。


「確かに……これはヤバイですね」


 昨夜テラが言っていた、めちゃくちゃな世界という言葉を思い出す。

 あれはこういうことだったのだろうか。


「あれ、そういえば……」


 リョウはふと嫌な予感がして、沙也加の方を見た。


「なあ沙也加、メイはどこにキャンプに行くって言ってたんだ?」

「えっ!? えーっと……どこだっけ。ツッキー、覚えてる?」

「高尾山に行くっていってましたよー」


 ファミコンをしながら、月読が手を上げて答える。


 マジかよ。


 悪い予感が見事に的中してしまった。


「あのバカ、タイミング悪すぎだろ!」

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