4-4
「シチューうまいっすー。とろけるっすー」
メイが本当に美味しそうにガツガツとシチューを食べている。
ゲーム実況じゃなくて食レポとかやっても人気になれそうな食べっぷりだ。それに飲み会の時もそうだったが、食事中は一切スマホをいじらないのはえらい。
沙也加もその様子を見て嬉しそうに微笑んでいる。
「よかったぁ。メイちゃんはシチュー好きなの?」
「好きっすよー。でも、ちゃんとした手料理って久しぶりっす」
「そうなんだぁ。普段はどんなご飯が多いの? 外食とかかな?」
「普段はうまい棒とかブラックサンダーとか、あとハッピーターンとかっすね」
「それはご飯じゃねーだろ!」
リョウが思わずツッコミを入れる。
何かすっかりツッコミ担当になってないか俺?
「そ、そうだねぇ」
沙也加も苦笑している。
「それだと栄養とか偏っちゃうかもだよ?」
「一応、健康のためにエナジードリンクも飲んでるっす」
「むしろ不健康そのものじゃねーか!」
それで一日中ゲームしてたらマジで早死にしそうだな。
「あはは、確かにそれは健康とはいえないかもねぇ。メイちゃん、うちに来てくれたらご飯くらいは作ってあげるよ。大したものは出来ないけど、育ち盛りだからちゃんと栄養あるもの食べた方がいいと思うし」
「マジっすか。じゃあ毎日来るっす」
メイが目を輝かせて言った。
コイツの場合、本当に毎日来そうだな。
「いいなー。私も毎日、沙也加のご飯食べたいですー」
月読が手を上げて言った。
「お前はどさくさに紛れて何を言ってんだよ!」
まがりなりにも神なら乞食みたいなことすんな。
「いいよぉ。月読ちゃんも、いつでも食べに来てねぇ」
沙也加が笑いながら月読の頭をナデナデする。
「ヤッター、沙也加は優しいなー」
頭を撫でられて目を細めていた月読は、チラリと横目でリョウを見た。
「どこかのお兄ちゃんとは大違いですねー」
「はあ、俺は別に何もしてないだろ」
勝手に悪者みたいに言うな。
「へぇ」
月読は横目でジロジロとリョウの顔を見てニヤニヤする。
「私のお尻を触っておいて、何もしてないなんてよく言えますねー」
「いや、アレはわざとじゃないって言ってるだろ!」
まだ根に持ってたのかよ。めんどくさ過ぎる。
リョウはこのめんどくさい神様を無視することにした。
「それにしても沙也加はやっぱり料理上手だよな。昔から上手だったけど、さらにレベルアップしてるんじゃないか?」
「うえっ、そ、そう?」
沙也加はあからさまに照れた様子でエヘヘと笑った。
「あっ、じゃあ、リョウ君にもご飯作ってあげようかな?」
「え? いや俺はいいよ。ちゃんと自炊してるから。沙也加の負担になっちゃうだろうし」
こんな乞食どもと同類扱いされたら困る。
「あ……そ、そうだよね。あはは、何言ってるんだろうねー、私」
沙也加はなぜか顔を真っ赤にして小さくなってしまった。
「お姉ちゃん」
月読がテラを見る。
「お兄ちゃんってバカなの?」
「まあ、そうじゃな」
テラは月読に目を向けることもなく、シチューをむしゃむしゃ食べながら答える。
てか、否定しろよ。
何か変な空気になってしまったけど……俺のせいじゃないよな?
「そ、そうだ。沙也加、小さい頃、よくクッキー焼いてくれたよな。久しぶりにまた食べたいなー」
「わあ、確かに。懐かしいねぇ。リョウ君、覚えててくれたんだぁ!」
沙也加は嬉しそうに微笑んだ。
「おお、手作りクッキーいいっすねー。僕も食べたいっす」
メイが手を上げる。
「ほんと? じゃあ、今度作ってみようかなぁ。久しぶりだから、上手くできるかわからないけど……」
「マジか、めちゃくちゃ楽しみにしてるよ」
リョウは沙也加に親指を立てて見せた。
「もし黒焦げになっちゃったとしても、ちゃんと責任もって俺が全部食べるから安心してくれ」
「あはは、さすがに黒焦げとかにはしないよぉ」
「あ、そっか」
リョウが笑うと、沙也加も楽しそうに笑う。
良かった。やっぱり沙也加は笑顔でいるのが一番、沙也加らしい。
と、そんなやりとりを月読がニヤニヤしながら見ている。
「何だよ?」
リョウが睨むと、月読は「べつにー」といいながら、ますますニヤニヤしてリョウの顔を凝視してくる。
気持ち悪い奴だな。
「何か言いたいことがあるなら、はっきり言え!」
「えー、言いたいような、言いたくないような?」
何だコイツ。めんどくさすぎる。話にならない。
「さて、我はもう帰るぞ」
シチューを食べ終えたテラが立ち上がった。
ごちそうさまくらい言え。
「ごちそうさまでしたっすー」
メイが手を合わせて言った。
こいつは常にダメ着という点を除けば、意外としっかりしてるな。さすが天才少女。
「僕も配信があるのでそろそろ帰るっすー」
「そうだな」
リョウはスマホで時計を確認した。もう十時近い。
「遅い時間だし、解散かな。沙也加、もう大丈夫そうか?」
「うん、大丈夫だよぉ」
沙也加は笑顔で頷く。
「リョウ君、今日は本当にありがとう」
「お兄ちゃん、沙也加のことは私に任せて、安心して帰ってくださいねー」
月読が部屋のベッドの下にゴソゴソと這って行く。
おい。
「お前はまだここにいる気なのかよ?」
「当たり前じゃないですか」
月読はベッドの下から顔だけ出してリョウを見上げる。
「ここは私の秘密基地なんですから」
「どこがどう秘密なんだよ。もはやただの居候じゃねーか!」
「まあまあ、リョウ君、私は大丈夫だよぉ」
沙也加が苦笑しながらリョウに言った。
「むしろ一人でいるより、月読ちゃんがいてくれたほうが安心だし」
安心なのか……?
まあ、沙也加がそう言うなら仕方ない。
「わかったよ。でも、もし何かあったらスグに連絡しろよ。何時でも大丈夫だからさ」
「え、うん。ありがと」
「オーイ、大丈夫だって言ってるでしょーが!」
ベッドの下でブーブー言う月読を無視して、リョウは出口に向かった。
「あと、シチューごちそうさま。おいしかったよ」
「うん、よかった」
沙也加は笑顔で頷いた。
「じゃあリョウ君、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
まあ、何だかんだあったが、沙也加が元気になって本当に良かった。
そんなことを思いながら、リョウがマンションのエントランスを出ると、テラが一人でぼーっと空を見上げていた。
「あれ、メイは?」
「時間がヤバイと言ってタクシーで帰ったぞ」
「そっか」
ユーチューバーって多忙なんだな。
テラにつられて空を見上げると、そこにはラグビーボールみたいな形の大きな月が浮かんでいた。
「
テラが意味ありげに呟く。
月に照らされた横顔は、いつもより何だか大人びて見えた。
「そういう名前なのか。さすが神様は物知りなんだな」
リョウがママチャリを引いて歩き出すと、テラも横に並んでついてくる。
「あれ……お前も歩いて帰るのか?」
「うむ。こんな美少女の神様と一緒に歩けてうれしいじゃろ」
「自分で美少女の神様とかいうなよ」
実際、美少女ではあるけど。
神様なら可愛さより威厳が必要なんじゃないのか。
「なあ、テラ」
「何じゃ」
テラはガードレールの上をスタスタと歩いている。物理法則を無視したような安定感だ。
「きっと、お前は本当に神様なんだよな?」
「うむ」
テラは当然だというように頷いた。
「逆に神様以外の何に見えるのじゃ」
それ以外にしか見えねーから確認のために聞いてるんだよ。
「しかも、アマテラスなんだよな」
「そうじゃ」
「でもよ、アマテラスってのはある意味、最高神だろ」
「うむ、
「そんな偉い神様が、こんなところでのんびりゲームしたりシチュー食ったりしてていいのかよ?」
「もちろんOKじゃ。何も問題はない」
実にあっさりした答えだ。
リョウは空を仰いだ。
「そうなのかあ……てっきり神様って、もっといろいろやることがあって忙しいのかと思ってたけどな」
「もちろんやるべきタスクは少なくはないぞ。お主が一生かかってもできないような仕事を毎日やっておるからな」
「はあ……それはすごいな。でもお前、俺のところに来てから毎日ゲームしてるだけじゃねーかよ」
「そう見えるのは、お主が我のほんの一面しか見えておらんからじゃ」
テラはガードレールから飛び降りて、リョウの隣に立つと、先生が生徒に教えるみたいに人差し指を立てて言った。
「人間のお主にもわかるように、ものすごく簡単に言えば……世界は無限に存在するセーブデータみたいなもので、それぞれの世界に我が存在しているのじゃ。そしてお主もまた複数の世界にまたがって存在している。ただ、人間であるお主は自分が今見ているこの世界しか見ることができんが、神である我は全ての世界を同時に見ることができる」
そこまで言って、テラは自身の金色の瞳を指差した。
わかるようなわからないような話だ。
てか、セーブデータってまた絶妙にわかりにくい例えだな。
「まあ、厳密にはセーブデータとはちょっと違うかな。それぞれの世界は、高い次元では全部が一つにつながっていて、互いに影響を与え合っておるからな」
「へえ、じゃあ全部が繋がってるのか?」
家庭用ゲームよりもオンラインゲームに近いってことなのかな、とリョウはイメージした。
「そう。ある世界で起こった出来事が、別の世界に影響を与え、それがまた別の世界にも影響を与える。世界は互いに影響し合っておるのじゃ。だから、全ての世界を見ることができる神であれば、一つの世界から他の複数の世界を操作することも可能ということになる。多少の慣れは必要じゃがな」
「はあ、何だかややこしい話だな」
いきなり始まった世界の真理の授業に、リョウの頭は全然ついていけない。
「簡単に言えば、ビリヤードみたいなもんじゃな」
「いや、逆にわからねーよ!」
いちいち変な例えをするなよ。
「要するにじゃ。この世界の我はゲームで遊んでおるだけに見えたとしても、別の世界の我がこの世界でやるべき仕事はちゃんとやっておるのじゃ。仕事も遊びも、同時進行のマルチタスクって奴じゃな」
「マルチタスク……」
何かすごく壮大な話っぽかったけど、最後は安っぽいビジネス本に出てきそうな単語でまとめられてしまった。
まあ、とりあえずこいつはこいつで一応、神様としての仕事はちゃんとやってるってことなのかな。
「なあ、お前が本当に神様だってことなら、一つ質問していいかな」
リョウは、ずっと前から感じていた素朴な疑問を、この小さな神様にぶつけてみることにした。
「神様が本当にいるとしたら、世界はもっと平和で、不幸になる人なんて誰もいないはずじゃないのか? 神様を信じて祈ったとしても、不幸になる人がたくさんいるのは、つまり神様はいないってことなんじゃないのかよ?」
「ああ、そんなことを言う人間は、今までもたくさん見て来たな」
テラは少しも表情を変えず、小さく頷く。
「しかしゲーマーであるお主なら、その答えはおのずと理解できるのではないか?」
「え……」
リョウは一瞬、テラが何を言っているのか理解できなかった。
ゲーマーの俺なら理解できるって?
その言葉の意味を考えて、前にテラが言っていたことを思い出した。
ああ、こいつら神にとっては、世界はゲームなんだった。
「なるほど、そういうことか」
「お、珍しくちゃんと理解できたか?」
「珍しくってなんだよ。つまり、お前たち神様って奴は、人間たちが不幸になるのを見て楽しんでるってことだろ。最低な奴らだな」
「はあ!? 何でそうなるんじゃ……全然違うわ!」
テラは突然変異のナメクジでも発見したみたいに目を見開いてリョウを見上げた。
「やれやれ。お主、シムシティはプレイしたことはあるか?」
「シムシティ?」
あの、街作りのシミュレーションゲームのことか。
「そう。あれが一つの世界だとしよう。そこではお主は神の視点でプレイすることになるじゃろ。そんなお主は、自分が作った街の住人が不幸になったら楽しいか?」
「いや……楽しくはないな」
それが楽しいって思えるほど歪んではいないつもりだ。
「まあ、普通はそうじゃろ。だが、シムシティでは犯罪や災害が起こって人口が減ってしまうことはあるじゃろ。それはつまり、街の住人が不幸になるということじゃ。しかしプレイヤーであるお主は、そんなこと望んではおらんじゃろ」
「ああ、そうだな」
「要するに、神というのはそんな感じでこの世界にかかわっておるに過ぎんのじゃ」
横断歩道の信号待ちで二人は立ち止まり、テラが街路樹の幹を手で撫でた。
雑踏を歩く人々は、そんな神様に気を留めることもなく、当たり前のように通り過ぎていく。
「だから、可能なら全世界が平和で、誰も不幸にならない世界にできればいいと誰もが思っているのじゃ。だが、そんなことは全知全能の我の力をもってしても、簡単なことではない。そもそも神が住む高天原ですら、全員が幸せというわけではないんじゃからな」
テラはちょっと自虐っぽくそう言ってクスリと笑った。
歩行者用の信号が青になり、二人はまた歩き出す。
「さっきも言ったように、全ての世界はつながっていて、互いに影響を与え合っておるのじゃ。一つの世界を完璧に幸せにしたとしても、その影響で他の世界が不幸になることは十分ありえる。それでは本末転倒じゃ。だからほとんどの神は自分に決められた仕事だけをやり、あとは
「お役所仕事……」
例えが現実的すぎる。
「だからなぁ」
テラは十三夜月を見上げて一瞬、真面目な表情をしたと思うと、急にまたニヤリとしてリョウの方を見た。
「もし仮に、無限に連なる全部の世界を平和で埋め尽くせるような神が現れたとしたら、それは本当の天才じゃろうな。それは、真っ黒な盤面のオセロを一手で真っ白にするような奇跡じゃ。そんなことができる奴がいたとしたら、それこそ神の中の神といってもいいじゃろう。だから、もしそんな奴が現れたら、我は喜んで最強の座を明け渡すであろうな」
「最強の座を明け渡す……」
このプライドの塊みたいな奴が?
それは逆説的に、そんな『天才』は絶対に現れないと確信しているということだろう。
「そうか……神様は神様なりに、色々考えてはくれてるってことなんだな」
「当たり前じゃ。神じゃからな」
テラはドヤ顔で胸を張った。
もうちょっと威厳があれば、もっと神らしいんだけどな。
「まあ、そういうわけじゃから、神々はみんな退屈してるんじゃ。同じことの繰り返しで刺激も何もない毎日じゃからな。だからこそ、ゲームで現実逃避するんじゃよ」
「現実逃避か……神様も大変なんだな」
というかもはや、一周まわって人間とあんまり変わんねーじゃねーか。
リョウは不覚にもちょっと親近感を感じてしまった。
同じことの繰り返しで、退屈な毎日。
何の刺激も生き甲斐も感じられない、クソゲーみたいな人生。
まあ、この神様いわく、俺の人生は本当にバグだらけのクソゲーだったみたいだが。
「だが、そんな中でもこの世界は面白いぞ」
テラが何だか急に楽しそうに笑って、両手を広げた。
その笑顔を見て、リョウはちょっとびっくりした。
いつも見せている不敵な笑みではない、純粋で無邪気で、楽しそうな笑顔。
コイツでも、こんな風に笑えるんだな。
「この世界が面白い、のか」
俺にとってはクソつまらない、この世界が?
「ああ、すごく面白いぞ。バグっているとはいえ、こんなめちゃくちゃな世界はそうそうないからな。こんな攻略しがいがある世界は、本当に初めてかもしれん」
「そう、なのか……」
確かに、ここ一週間ほどでリョウの周りで少しずつ、今までの世界ではありえない、おかしなことが起きているのは事実だ。
それは、この世界を現実として生きている彼にとって、ただ『面白い』だけで片付けられることではないかもしれない。また命を狙われたりするかもしれないし、危険なこともあるだろう。
だが、今こうしてテラの楽しそうな笑顔を眺めていると、彼は「それもいいか」と思ってしまった。
クソゲーみたいに退屈な世界でダラダラと生きるより、神様ですらワクワクしてしまうほどのめちゃくちゃな世界を見てみるのも、アリなのかもしれない、と。
そこには、彼が今までに知らなかった、本当に「生きている」という感覚があるような気もしていた。
命の危険を感じたことでそう思ったのか、それともまた別の理由からか……それは彼自身にもよくわからない。
ただ一つ確かなのは、初めてテラの本当の笑顔を見て、何だか彼自身も楽しくなってしまったということ。
今はそれだけで十分だ。
「テラ、なんか楽しそうだな」
「ああ、楽しいよ」
テラは子供みたいに笑う。
「勝つことよりも、楽しむことを優先するなんて、プロゲーマーとしては失格かもしれんがな」
その時、不意にリョウはある事を思った。
こいつに、本当のゲームの楽しさを教えてやりたい。
チートを使わずに正々堂々と真剣勝負して勝つ楽しさを。
もしそれを知った時、こいつは一体、どんな顔で笑うんだろう?
「まあ、少しくらいなら楽しんでもいいんじゃねーの。ゲームは楽しまなければ意味がないって、お前自身が言ったことだからな」
リョウはそう言って、テラに笑いかけた。
「でもまあ、ちゃんとクリアはしてくれよな。俺の人生がかかってるんだからよ」
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