4-3
何でこうなった?
リョウは今、自分自身に起きている事が信じられなかった。
沙也加が部屋にオバケが出たって言うから、でもそんなのは気のせいだろうと思っていて。だから、ちょっと部屋を見て「ほら、何もいないだろ」って言って、そしたら沙也加も安心できるかなって思っただけで。
それなのに……何で俺は今、謎の美少女に抱きつかれて絶対絶命のピンチに陥っているんだよ!?
「殺すって……おいおい。冗談でもそんなこと言うもんじゃないぞ?」
リョウは無理に笑顔を作りながら、何とか月読を自分の体から引きはがそうとするが、ありえないほどの怪力でガッチリホールドされていてビクともしない。
この小さいガリガリの体のどこにこんな力があるんだよ。
「冗談じゃないですよ?」
月読はキョトンとした顔でリョウを見返す。
「お兄ちゃんに恨みはありませんが、優勝するために死んでもらいマース」
そういって、さらに腕に力を込めてくる。彼女の推定Aカップの胸がリョウの腹部に密着している。
くそ、死ぬならせめてもっと大きいおっぱいに押しつぶされて死にたかった。
てか、優勝するためってことは、やっぱりテラに勝つために俺を殺すってことか?
あの
「お姉ちゃん、どうですかぁ、妹の私に負ける気分は?」
月読が顔だけテラの方に振り向いてニヤニヤする。
「ぷぷぷ、お姉ちゃんの悔しそうな顔、超ウケんですけどー!」
「ぐぬぬ、黙れクソ陰キャ!」
テラが拳をワナワナ震わせて月読を睨む。
「せっかく私が手伝ってあげようとしたのに、足手まといとか言っちゃうんだもんなー。ホントひどいですよねー。まるで悪魔みたいですよねー、クスクス」
まあ、テラが悪魔みたいっていうのは、ある意味で正解かもしれないが。
「月読……」
テラの目が怒りでギラリと光る。
「おっと、動かないでくださいねー。もし一歩でも近づいたら、お兄ちゃんの命はないのでー」
月読は愉快そうにケラケラと笑った。
姉妹揃って悪魔じゃねーか。
「クソ、離れろよーっ!」
リョウは必死に腕を振りほどこうとするが、寝た状態では逃げることすらままならない。
このままではマジで殺される。
もはや相手が美少女だからってなりふり構ってはいられない。
「この野郎ぉ!」
リョウは月読のほっぺたを両側から掴んで引っ張った。
「ちょっほぉ、なひすふんへふはぁ」
物理的には全然効いてないが、精神的ダメージは与えられたようだ。
月読はブルブルと犬みたい激しく顔を振って手を振り払い、リョウを睨んだ。
「何するんですか! 無駄な抵抗はやめてください!!」
「うるせえ!」
リョウも怒鳴り返す。
「このまま黙って殺されてたまるかよ!」
無我夢中で月読の体を押し返す。
「ちょちょちょ、暴れないでー! 触らないでー!」
「だったら離れろって!」
ガシッ!!
むにゅっ。
「え?」
「は?」
リョウは、何かものすごく柔らかいものを両手で掴んでいた。
これはもしかして。
「ノーパン?」
「わあああああ! ノーパンじゃないし! ふんどし履いてるし!」
月読が顔を真っ赤にして叫ぶ。
ふんどしなのかよ。
「変態! 殺す殺す、絶対殺してやるー!!」
「ちょ、待て待て! わざとじゃないって!」
リョウは手を放して
月読が人間離れしたパワーでリョウの体をギュウギュウ締め上げる。
「このまま真っ二つになっちゃえー!」
「ぐぁぁ」
マジで死ぬ。
その時、リョウの脳裏にある記憶が蘇った。
そうだ、確か左のポケットに……あった!
リョウはプラスチックのフォークを手に掴むと、大きく上に振り上げた。
こんなものでも、思いっきり突き刺せば凶器になるはず。
美少女の脳天にフォークをブッ刺してスパゲッティにするのは気が引けるが、この際、やられる前にやるしかない。
「これでも喰らえぇーッ!」
リョウは月読の頭めがけてフォークを振り下ろそうとした。だが。
「ちょっとリョウ君! 兄妹ゲンカで凶器は反則だよぉ」
ガシッと沙也加が彼の腕を掴み、フォークを取り上げる。
「何ィーッ!?」
コイツ、まったく今の状況わかってねー!
「月読ちゃんも、それくらいにしなさい!」
沙也加がそう言って、月読の無防備なわき腹をコチョコチョした。
「わきゃぁーッ!?」
月読が変な声を上げてビクンと痙攣し「そこはダメぇー!」と身もだえた。
あ、こうやればよかったのか。
体に巻きついた腕の力が弱まったので、リョウは腕を振りほどいて立ち上がった。
「ふう、助かった」
「えいえいー、お仕置きだぁ」
沙也加が笑いながら、なおも月読をコチョコチョし続ける。
「ぎゃははははは! やめてやめて! ぎゃははははは!」
月読がバタバタと床をのたうち回る。いちいち大げさな奴だな。
「ふん、バカな奴め」
テラが心底バカにしたような調子で言った。
「この世界ではこの世界の戦い方がある。それがわからんから、お主はいつまでたってもクソ雑魚なんじゃ」
「はぁ、はぁ……」
ようやくコチョコチョ地獄から解放された月読が、汗だくで涎を垂らしながらテラを見上げた。
「いやー、やっぱりお姉ちゃんにはかなわないやぁ。でも、今回は結構、惜しかったですよね?」
「いや、全然」
テラは冷たく答えて、ソファにどかっと腰を下ろす。
「そっかー」
月読は乱れたワンピースを整えながら、リョウを見て可愛らしく微笑んだ。
「お兄ちゃんもごめんねー。殺すってのは冗談だったんだけど、本当に殺されるって思っちゃいましたー?」
「は、冗談?」
絶対ガチで殺しにきてただろ。
「まあ、お主がもしリョウを殺してたら、我がお主もろともこの世界をぶっ壊しておったからな」
テラが不敵に笑ってとんでもないことを言う。
おいおい。
「確かにー」
月読がポリポリと頭をかく。
「これは一本とられましたなー、あはは」
「笑いごとじゃねーよ!」
何気に世界滅亡の危機だったのかよ。てか、姉妹ゲンカで世界を滅ぼすな。
「仲直りできたみたいで良かったねぇ」
沙也加が明るい笑顔で拍手した。
これって、仲直りできたと言えるのか?
「でも、部屋にいたのがオバケじゃなくて月読ちゃんで安心したよぉ」
「あ、ああ。そうだな……?」
一体どこに安心する要素があるか全然わからないんだが……。
「そうだ。みんなまだ晩御飯食べてないよね? シチューあるから食べて行ってよぉ」
「やったー、シチュー大好きっす」
沙也加の提案に、メイがスマホから目を離さずに手を上げる。
こいつはずっとゲームやってるな。
「いいのか? 沙也加」
リョウが尋ねると、沙也加はウンウンと笑顔で頷いた。
「ちょっと作り過ぎたかなぁって思ってたんだよねぇ。それに、一人で食べるより、みんなで食べた方が絶対美味しいし」
「そっか。じゃあ、お言葉に甘えようかな」
沙也加の笑顔につられるように、リョウも思わず微笑んだ。
昔からそうだ。沙也加と一緒にいると、何だか自然と笑顔になれる。
ついさっきまで絶体絶命のピンチだったはずなのに、彼女の笑顔を見るとすごく安心する。それは何とも不思議な感じだった。
「というか、私がお兄ちゃんを殺すはずがないんですよねー」
沙也加がキッチンでシチューを温めているのを眺めながら、月読が笑顔でリョウに言った。
「はあ、信じられるかよ、そんなの」
もはやコイツの発言の信用度はゼロどころかマイナスだ。
「えー、ひどい!」
「普段の行いが悪いから信用されないんじゃろ」
テラが痛烈なツッコミを入れる。
それはある意味で特大ブーメランのような気もするが。
「それより、この『世界』のバグの原因は何じゃ? どうせ、お主がまた何かろくでもないことをしでかしたんじゃろ?」
「何でよー!」
月読は不服そうに地団駄を踏んだ。
「私は何もしてないですよ! 私がこの世界で
「何じゃ、そうなのか。だったらもう帰っていいぞ」
「いやいや、まだシチューも食べてないですし」
「じゃあシチュー食べたら帰れ。邪魔じゃ」
「もぉー、何でそうなるのよ! 可愛い妹に対してひどすぎないですかね? ねえ、お兄ちゃん!?」
助けを求めるように月読がリョウを見る。
「いや、俺に振るなよ……」
こいつらの姉妹ゲンカに巻き込まれたらライフが何個あっても足りないわ。
「お姉ちゃん、一緒に協力して
月読がテラの隣に座って腕にすがりつく。
「くどい奴じゃな。お主とは組まんと言ってるじゃろ」
「絶対協力した方が効率いいですって! お兄ちゃんが死んだら困るのは私も一緒なんですよ?」
「え? どういうことだ?」
思わずリョウが聞き返すと、月読は彼に向かってニヤリと笑ってピースした。
いや、全然意味不明だからアイコンタクトとしてまったく機能してないんだが。
「そんなことは知らん」
テラは月読の手をうるさそうに振り払った。
「リョウ、お主もこんなバカ陰キャのいう事をいちいち真に受けるな。お主は我の言葉にだけ耳を傾けておれば良いのじゃ」
「ああ、そう……なのか?」
正直、意味不明なのはどっちもどっちなんだよなぁ。
複雑な気分だったが、リョウはさっきの月読の言葉が妙に引っかかっていた。
俺を殺そうとしてたくせに、俺が死んだら困るって、どういう意味だ?
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