4-2

 この部屋が危険だって……?

 リョウは警戒しつつ、改めて部屋を見回す。が、やはり普通の可愛らしい女の子の部屋である。


「危険ってどういうことだ、テラ?」


 リョウが尋ねると、テラはすっと右手を上げて部屋の壁際のタンスを指差した。


「あのタンスの一番下の段……」

「何ッ!?」


 リョウはハッとしてそのタンスを振り返る。まさか、そこに何かが潜んでいるということだろうか。


 彼は思わずタンスに向かってファイティングポーズをとった。


「そこに沙也加のブラとパンティが大量に詰まっておるぞ。間違って漁ってる所を見られたら通報されるかもしれんから気をつけろ」

「おい!!」


 こいつは何を言ってるんだ。

 リョウが脱力していると、テラは今度はクローゼットを指差した。


「あと、そこのクローゼットの中の段ボールにはムフフな同人誌がたくさん入っておるぞ。間違って開封したら、沙也加との関係が気まずくなるかもしれんから気をつけろ」

「アホか!」


 そんなこと言われたら逆に気になるじゃねーか。じゃなくて。


「勝手に人の見られたくないものをバラすな、疫病神!」

「あと、そこのベッドの下……」

「うるさい!」


 リョウが怒鳴った時、部屋のドアを開けて沙也加が駆け込んで来た。


「リョウ君、どうしたの!?」

「何をそんなに騒いでるっすかー」


 沙也加のあとからのろのろとメイも部屋に入ってくる。


 そして二人はリョウの前に立っているテラの姿を見ると、ポカーンとして固まってしまった。


 目に「誰?」って書いてあるのが見えるようだ。


 ヤバイ、何て説明しよう。


 リョウが頭をフル回転させようとした時、部屋にカシャリ、というシャッター音が鳴り響いた。


「え?」


 音のした方を見ると、メイがスマホのカメラをテラの方に向けていた。


「オバケ発見。心霊写真ゲットっすー。インスタにあげようっと」

「誰がオバケじゃ!」


 テラがメイを睨むが、メイは構わずスマホをいじっている。


「あれー? おかしいっすね。写真が真っ白になっちゃってるっす。何でっすか?」


 不思議そうな顔をしてリョウを見るメイ。


 いや、俺に聞くなよ。


 かといってテラに聞いたらまた神だから写真に写らないとかドヤ顔で言うんだろうが。


「まったく、なーにがインスタじゃ。最近のガキンチョは油断もスキもないのう」


 テラはため息を吐いて「よっこらせ」とソファに腰を下ろした。


 こいつも見た目はメイと同じガキンチョにしか見えないが、実際はこの中で最年長なんだよな……到底信じられないことだが。


「よいか、我はリョウの妹のテラじゃ。覚えておくがよい」

「はあ!?」


 おいおい、マジでバカなのかコイツは。


 リョウは焦った。


 沙也加は俺の幼馴染なんだぞ。そんな嘘すぐにバレるに決まってるだろ!


「へえ、リョウ君にこんな可愛い妹さんがいたんだぁ。全然知らなかったよぉ。よろしくね、テラちゃん」


 って普通に信じちゃったよ。少しは疑え。こんな偉そうな妹がいるはずないだろ!


「というかテラ、お前は一体何しに来たんだよ?」


 リョウがぐったりしながら再度そう尋ねると、テラはソファでふんぞり返って足を組み、不敵な笑みを浮かべた。


「なに、お主らの言うオバケとやらが気になったから、コッソリついてきたのじゃ。どうやらビンゴだったようじゃな」

「ビンゴ? それってつまり……」


 この部屋にはやっぱり何かがいるってことか?


「隠れておるのはバレバレなんじゃから、さっさと出てこい!」


 テラがベッドのほうに向かって、面倒くさそうに言った。

 すると突然、ベッドの下の空間から、青白いガリガリの手が二本、ニョキっと生えて来た。


「「ギャーッ、出たーっ!!」」


 テラ以外の三人が一斉に悲鳴を上げる。

 マジでオバケ出やがった。

 しかもこの絵はさすがに怖すぎる。完全にホラー映画のクライマックスだ。俺、呪いのビデオなんて見てたっけ!?


 だが、ズルズルと音を立てながらベッドの下から這い出て来たそれは、彼らが想像したような恐ろしい姿では全然なかった。


 青いワンピースを着たそいつは、病的に白い肌をしてはいたが、その肌はきめ細かく傷一つなく綺麗で、銀色の髪はサラサラで天使の輪が見えるほど輝いている。おもむろにテラのほうに向けたその顔は、儚げだが可愛らしい美少女だった。


 そして、テラと同じ金色の瞳。


月読つくよみよ。お主はこんなところで一体何をしておるのじゃ?」


 テラが呆れたような顔をして質問した。


 こいつが月読なのか。


 リョウは呆気にとられながらも、このザ・女の子部屋な空間で向かい合った二柱ふたはしらの神を交互に見比べた。だが、残念ながらどっちも全然神様には見えなかった。


 もしかして俺の神様のイメージが間違っていたのだろうか。


 そんなゲシュタルト崩壊に似た気持ちを抱いたリョウには目もくれず、月読は寝起きみたいな顔をして、しばらくはボーっとテラのことを見つめていたが、急にその瞳に涙がぶわっと浮かんで来たかと思うと「お姉ちゃん!」と叫んだ。


「うえーん、会いたかったよぉ、お姉ちゃーん!!」


 いきなり月読が勢いよくジャンプして、ソファに座っているテラの胸元に向かってダイブした。


 姉妹の感動の再会か……と思いきや。

 テラがひらりとそのダイブを回避したせいで、月読はソファに顔面から突っ込んで「ぶふーっ!!」と変な声を上げた。


 何だこのベタなコント。


「もぉーっ! 何でよけるんですか!!」


 ソファから顔を上げた月読が顔を真っ赤にして抗議する。テラはそんな妹を無表情で見下す。


「聞こえなかったか? ここで何をしておるのか聞いておるのじゃ」


 ビックリするくらい冷たい声だ。とても妹に話しかける声と思えない。

 一方の月読は、甘ったるい鼻声みたいな声で答える。


「何って、お姉ちゃんのお手伝いをしに来たんですヨォ」

「はぁ!? 手伝いじゃと?」

「うんうん」


 月読はコクコクと頷く。


ソロ一人よりも二人でタッグ組んだ方が確実に勝てるでしょ」

「たわけが。手伝いなどいらんわ。そもそも、お主のようなクソ雑魚ナメクジに手伝われたら、かえって足手まといじゃ」


 容赦なし。ひどい言いようだ。面と向かってそこまで言うか。


「それに、どうせお主が余計なことをしたせいでこの世界はバグってしまったんじゃろ。そのお主が今さら手伝いとは笑止千万。まさかこの我を相手に、油断させて不意打ちすれば勝てるとでも思っておるのか?」

「おい、テラ。そこまで言わなくても……」

「お主は黙っておれーい!!」


 ものすごい剣幕でキレられた。

 ダメだ、完全に変なモード入ってるわ。


「うえぇぇーん! お姉ちゃんのバカぁー!!」


月読は遂にソファに顔をうずめて号泣してしまった。


「せっかく一緒にドン勝どんかつしようと思ったのにー。えーん、えーん!!」

「あぁーうるさい!」


テラがめんどくさそうに叫んで月読から離れた。


「また得意のウソ泣きか。まったく、お主のような奴が妹だと思うとこっちが恥ずかしいわ」


 えーっと、俺は何でこんな姉妹喧嘩を見せられているんだっけ?


 きっとメイも同じように思ってるだろうと思って目を向けると、メイは部屋のすみっこで体育座りしてスマホゲームをやっていた。もうとっくに飽きてしまったらしい。


「ねえリョウ君、月読ちゃんってテラちゃんの妹なの?」


 隣に立っていた沙也加がヒソヒソ声でリョウに質問した。


「ああ、みたいだな」

「てことは、リョウ君の妹でもあるってことだよねぇ?」


 沙也加はそういって、クスリと笑った。


「こんな可愛い妹が二人もいるなんて、うらやましいなぁ」

「え?」


 確かに、設定上ではそういうことになるのか。


 その時、妙な視線を感じて月読に目を向けると、ソファに顔を埋めていた月読がチラッとこっちを見て、キラーンと目を光らせた。


 げ……嫌な予感。

 と感じた刹那。


「お兄ちゃーん!!」


 月読がものすごい速さでリョウに向かって飛んで来た。


「助けてー! テラお姉ちゃんがいじめるのぉー!」

「リョウ!」


 状況を察知したテラが、咄嗟とっさに本棚の上にあったボールペンを投げる。

 ボールペンはレーザービームのような光になって月読めがけて飛んでいったが、空中で見えない壁に当たったようにバシッと弾かれ床に落ちた。


 ドーン!


 リョウは飛んで来た月読に押し倒される形で床に倒れた。

 月読は彼の上に乗って胴体に腕を回し、ギューッと抱きつくと、さっきまで泣いていたとは思えないような凶悪なニヤニヤ笑いを浮かべた。


「お兄ちゃん、つーかまーえたーぁ」

「おい!」


テラが怒りをあらわにして叫ぶ。


「リョウから離れろ、クソ陰キャ!」

「お姉ちゃん、動かないで!」


月読は顔だけをテラの方に向けて勝ち誇ったように笑う。


「変な動きしたら、間違えてお兄ちゃんのことポキッと殺しちゃうかもですよー?」

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