3-2
「妹?」
リョウは思わず聞き返した。
「お前に妹なんていたのかよ」
「はあ、お主は本当に勉強不足じゃな。我に妹がいることくらい、小学生でも知っておるぞ」
いやいや、何で小学生がお前の家族構成を知ってなきゃならないんだよ。
「
「ああ……ツクヨミ」
どこかで名前だけは聞いた事がある、ような気がしなくもない。
こいつの妹なのか。
「まあ、お主がピンと来ないのも無理はない。ぶっちゃけ、
「そ、そうなのか」
古事記はよく知らないが、コイツが無駄に存在感ありすぎなのはどうにかしてほしい。
「そいつも神様なのかよ?」
「我の妹なんだから神に決まってるじゃろ。まあ、全然神っぽくないがな。それに夜を司る神じゃから、陰キャの中の陰キャみたいな奴じゃ」
ひどい言われようだ。
大体、全然神っぽくないのはお前も同じだろ。
「毎日ゲームしかしてないお前が陰キャとか言える立場かよ」
「我は太陽を司る神じゃからな。圧倒的な陽キャじゃろ」
いや、陰とか陽とかってそういうことじゃないだろ!
「で、龍崎ルナのことじゃが」
テラはパソコンの画面に株式会社オロチのホームページを表示させた。『臨時メンテナンスのお知らせ』という文字がデカデカと掲示されている。
「お主も冷静に考えたらおかしいと思うじゃろ。神である我がチートをしたという事実を、なぜ人間である龍崎ルナごときが気づくことができたのか、と」
いや、まず冷静に考えたらお前が神だってことがおかしいんだが。
リョウが微妙な顔をして黙っていると、テラはゲーミングチェアをクルリと回転させて振り返った。
「つまりそれは、そこに神の力が働いているということじゃ」
「神の力……」
「この『世界』をプレイしている神は我だけではない。簡単に言えば、この世界はマルチプレイヤー型のオンラインゲーム。他の神たちもまた同時にこの世界にアクセスしているのじゃ」
「じゃあ、お前みたいな奴がまだほかにもこの世界にいるってことかよ」
それは考えただけで恐ろしい。色んな意味で。
「まあ、そういうことじゃ。そしてその神にはそれぞれの『勝利条件』が与えられておる。我の場合はお主の願いを叶えることだったが、他の神はまた別の勝利条件があるということじゃ」
「ああ、何となくわかってきた。つまり他のプレイヤーより先に勝利条件をクリアしたら優勝ってことか」
「うむ、さすがはゲーマーじゃな」テラはニヤリと笑う。「そしてゲームの性質上、他のプレイヤーのクリアを阻止するために妨害工作をするのも珍しい事ではない。だが、今回はちとやり過ぎたようじゃな」
テラはやれやれ、と言うように両手を上げた。
「大方、どこかのバカが無茶なチートを使おうとして、この世界そのものがバグってしまったんじゃろう」
「無茶なチートでねぇ……」
バカとか言ってるけど、こいつがLOVに対してやったのも同じことだからな。
「で、それをやったのが月読だってことなのか?」
「あくまで可能性の話じゃがな」
テラは頷く。
「奴は自分さえ良ければ他の者はどうなっても構わないというような自己中の塊のような輩じゃからな」
えーっと、それって自己紹介ですかね?
「それに考えたくはないが、今のこの状況を作るために、わざと世界をバグらせたという可能性もなくはないぞ」
「マジかよ」
そこまでするのか。
「まあ、それもあくまで可能性の話じゃ。確証がないうちは、あくまで可能性がある、程度で心にとどめておくがよい。戦局を見誤れば、それこそ敵の思うツボじゃからな」
確かに。こいつ意外と冷静なんだな。ただ勢いだけの奴ではないらしい。ちょっと見直したかも。
「まあ、いざとなったらこの世界ごと全部ぶっ壊して全員ゲームオーバーにしてやればよいがな」
「おい!!」
前言撤回。こいつはやっぱりヤバイ奴だ。悪魔どころか恐怖の大魔王だ。負けそうになったらリセットボタン押す奴だ。
「というのは、さすがに冗談じゃがな」
テラはケラケラと笑う。
さっきのは絶対冗談じゃなかっただろ。
「じゃあ、月読ってのはお前の妹だけど、敵ってことにもなるわけか」
「もちろんじゃ。月読だけでなく、他の
「はあ、神の世界で最強のプロゲーマーってことだよな? それって、そんなにすごいことなのか?」
というか、プロゲーマーって。
「当たり前じゃ」
テラはゲーミングチェアにふんぞり返って鼻息を荒くした。
「高天原で最強のプロゲーマーじゃぞ。
確かにそれはすごそうだ。
しかしコイツがそんなすごい存在にはとても見えないから不思議だ。
「でも、その最強のプロゲーマーってのになると、何かいいことがあるのか?」
「もちろんじゃ」
テラはニヤリと笑って頷く。
「最強のプロゲーマーになれば、神話の主役になることができるのじゃ」
「え?」
何じゃそりゃ?
リョウがポカーンとしているのを無視して、テラは得意げに話し続ける。
「つまり、最強のプロゲーマーが一番偉いという形に、神話を書き換えることができるというわけじゃ。しかも、全ての世界でな」
「えっと……………………それだけ?」
「ウン」
何か、思ったよりしょぼいことのために頑張ってるんだな。
「お主、もしかして『しょぼい』とか思っとるのか?」
「え、いや別に……いいんじゃねーの、価値観はそれぞれだし」
「まあ、人間であるお主にはこの価値はわからんじゃろうよ」
テラはクルリと椅子を回転させ、またゲーム配信動画をチェックし始めた。
何だかちょっとだけ、その背中が寂しそうに見えたり見えなかったりした。
「人には人の、神には神の悩みがある、ということじゃ」
「悩み……?」
そうなのか。
毎日ゲームばっかりやって遊んでるようにしか見えないが、コイツはコイツで、何か神にしか理解できない、ものすごい苦悩を抱えているという事なんだろうか。
「うむ。悠久を生きる神々は、どうやって暇を潰そうかといつも必死に頭を悩ませておるからな」
「え?」
「人間のお主にはこの悩みは理解できまい」
「いや、理解できないし、したくもねーよ!」
真剣に考えて損した。ただの暇人じゃねーか。
結局、何を言ったところで、こいつにとってはこの世界の全ては暇つぶしのゲームってことなんだろう。
と、その時ふとリョウの中に一つの不穏な考え浮かんだ。
「なあ、テラ」
「何じゃ」
「お前の『勝利条件』っていうのは、俺に彼女ができたらクリアってことなんだよな?」
「うむ、そうじゃな」
「じゃあ、もし俺が死んだら?」
「当然、その時は我の負けじゃな」
テラは当たり前のことのように軽い調子で答えた。
「おい、じゃあまさか、俺が命を狙われてるのって……」
「ああ、他の神がお主を殺そうとしておる可能性は十分にあるな。他の神にとって、お主を殺すことは、我に勝つために一番シンプルで簡単な方法じゃからな」
「マジかよ……」
じゃあ、俺が命を狙われてるのは、コイツのせいってことじゃねーか。
「お前、何でそんな大事なこと今まで黙ってたんだよ!?」
「はぁ?」
テラは椅子をクルリと回転させて、呆れたような顔でリョウを見た。
「言ったところで何も変わらんじゃろ。それでお主が急に強くなるわけでもないし」
「何だそりゃ!? 大体、俺の人生をオモチャにしやがって……俺が殺されたらお前は負けるんだろ? 負けるのは嫌いなんだろ?」
「そりゃなぁ。負けるためにゲームをする奴なんておらんじゃろ」
テラはリョウの反応を楽しむように、ニヤニヤと笑う。
何だコイツ、なめやがって。
「まあでも、ゲームなんじゃから、勝つ時もあれば負ける時もあるかもしれんのぉ」
「ゲーム、ゲームって……お前にとってゲームでも、俺にとっては、たった一度きりの人生だし、ゲームじゃねーんだよ!!」
リョウは叫んで、思わずベッドの上にあった枕を思いきりテラに投げつけた。
距離にして約2メートル。
運動音痴なリョウでも、この至近距離で外すことはありえない。
テラに枕が直撃して……ボフッ!!
「ぶふぅ!」
顔面に枕が直撃して、リョウはベッドの上にダウンした。
え……?
投げた枕が、テラの顔面に当たったと思った瞬間、自分の顔面に直撃したのだった。
「何か、前にもこんなことあったような……」
あ、そうだ。
最初にテラが現れた時、LOVの中で同じようなことがあったっけ。
日本刀で斬って、勝ったと思った瞬間、何故か自分が死んでいた。
「またチートかよ!」
「そう、チートじゃ。神じゃからな」
テラが、ベッドに仰向けになって倒れたリョウの上にいきなり馬乗りになり、顔の左右に手をついて、上から真っすぐ見下ろしてきた。
燃えるような赤い髪が額に垂れてきた。
くすぐったい。
そしてその髪からは、微かな桃のような香りがした。
「わかったか? この世界は我にとってはゲーム。お主にとってドラクエや
テラが断言する。
金色の瞳に、目を見開いたリョウの顔が映っている。
「ただ、お主と違うのは、我にとってはゲームであったとしても、お主が死んだら
「え……?」
悲しいって?
こいつにそんな感情があったのか?
「だからこそ、我は全力で真剣にこの『世界』というゲームをプレイしているのじゃ。もちろん、勝つためにというのが一番じゃがな。それが、この世界に対しての礼儀というものじゃ。ゲームは楽しまなければ意味がない。それをお主は、果たして否定できるかな。ゲーマーであるお主が?」
リョウはもはや、何も言えなかった。
きっと神であるこいつには、何を言ったとしても人間の理屈は通じないんだろう。
テラはそんな彼の心を知ってか知らずか、満足げにニヤリと笑った。
「安心しろ。お主を死なせはしないし、必ず願いは叶えてやる。我はアマテラス。高天原最強のプロゲーマーじゃ。バグでメチャクチャになった世界だろうが、必ず勝利してみせようぞ」
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