STAGE 3

3-1

 リョウが西早稲田にしわせだのアパートに帰宅したのは昼下がりの、太陽が一番元気になり始める頃だった。


 リョウの部屋は101号室なので、一階の一番手前の部屋なのだが、建物の前に着いたあたりから異様に騒がしい声が聞こえてきて、彼は眉をひそめた。


「ぎゃーっはっはっは、ぬるいわ!!」


 傍若無人ぼうじゃくぶじんに大笑いするテラの声。

 なんちゅー近所迷惑な奴だ。


「おい、テラ! 声デカすぎだぞ!」


 ドアを開けながら怒鳴ったリョウだったが、部屋の真ん中に座った大男を見てギョッとして硬直した。


「よお、兄ちゃん、デートは成功だったかい?」


 大門はリョウに向かって敬礼して微笑んだ。


「大門さん……いや、だからデートじゃないですって」

「そうじゃ、こいつは彼女いない歴=年齢のモテない男、喪男もおとこじゃからな。デートなんてするわけないじゃろ」

「そうそう。『彼女って何それおいしいの?』ってレベルなんで……ってオイ!」


 この疫病神め、センシティブな個人情報をサラッと流出させやがって。

 大門はそんなやりとりを愉快そうに笑って見ている。

 見ると、どうやらテラと大門は一緒にファミコンで遊んでいたようだ。


「それより大門さん、何で俺の家でゲームなんかやってるんですか?」


 時空警察なら早急に隣に座った疫病神を逮捕するべきなんじゃないのか。職務怠慢にもほどがあるぞ。


「ああ、さっきテラちゃんとコンビニでばったり会ってな。昼休みで暇だったから沙羅曼蛇サラマンダを一緒にやってたんだ。つい懐かしくて熱中しちまったよ」

「はあ、沙羅曼蛇ですか……」


 どう見ても体育会系の大門がそんなマニアックなゲームを知っていることが意外だった。


 沙羅曼蛇はグラディウスの外伝にあたるシューティングゲームである。二人で協力プレイもできるので、友達同士でワイワイやるのには最高のゲームだ。

 まあ、それが普通のまともな人間の友達なら、という条件付きだが。


 このゲームでは敵を撃破した時にドロップするアイテムを拾って自機をパワーアップさせていくのだが、チラリとテレビに映った画面を見ると、ステージは2面の道中だったが、大門は初期装備からまったくレベルアップできてないように見える。一方のテラはオプション3個とフォースシールドまで装備したフル装備状態。間違いない、こいつは二人分のアイテムを全部独り占めしているのだ。


「大門さん、沙羅曼蛇は確かに名作ですけど、ソイツと一緒にやってもつまらないでしょ」


 リョウが呆れたようにテラを横目で睨むと、大門はガハハと笑った。


「いや、そんなことないぜ。テラちゃんの超絶テクニックは見てて気持ちいいくらいだからな」


 と言っているそばから、大門は飛んできた隕石にぶつかってやられてしまう。

 ああ、そこはスピードを上げてないと結構キツイからな。


「テラ、お前は協力するってことを知らないのか!?」


 リョウがいさめると、テラは「はあ?」と眉を八の字にしてリョウを見返した。


「二人で協力するより、我が一人で最強装備になった方が早くクリアできるじゃろ」

「わはは、間違いねえ」


自機が全滅した大門は楽しそうに笑って、コントローラーを床に置いて立ち上がった。


「強い奴が生き残るってのは、どこの世界でも同じことだからな」

「大門さん、大人ですね……」


 リョウは半分呆れながら大門の屈託のない笑顔を見返した。


「まあ、兄ちゃんよりはだいぶおっさんだからな。じゃ、そろそろ行くわ。テラちゃん、またな」

「うむ」


 テラは大門に目も向けずに軽く頷いた。

 態度悪すぎだろ。

 コイツが本当に俺の妹だったらめちゃくちゃ説教してるところだ。


「あ、そうだ。大門さん、ちょっと話があるんですけど、時間大丈夫ですか?」

「もちろんだとも。暇すぎて困ってたくらいだからな」


 二人は並んでベッドの上に腰を下ろした。

 大門のでかい体が座ると、ベットがギシギシと悲鳴を上げる。

 もし壊れたら時空警察の経費で弁償してもらおう。


「実は今日、内定先の企業のオリエンテーションに参加したんですが……」


 リョウは釘バットを持った男に襲撃されたことを大門に報告した。


「なるほどな、VRゴーグルを着けたまま襲ってきたのか」


 話を聞き終わった大門は、腕組みしてそう呟いた。


「はい。何か心当たりがあるんですか?」

「いや……」


大門は小さく首を振る。


「なくはないんだが、この時代の技術を考えると現実的じゃねー話になっちまうからな」

「そうなんですか」


 まあ、時空警察という存在も十分、現実的ではないんだけど。

 大門はリョウの顔をチラっと見て、低い声で言った。


「もしかしたらそのVRゴーグルで変なものを見ておかしくなっちまったのかもしれねえって思ってな。簡単にいえば、催眠みたいなもんだが」

「催眠、ですか……」

「ああ、VR映像によって一種のトランス状態にさせることで、映像の中の仮想現実と本当の現実との区別がつかなくなるように催眠をかけるんだ。そうすると、やり方次第では、映像によってそいつの行動をコントロールできるようになるらしい」

「なるほど……」


 確かに、VRゴーグルの技術が発達すれば、そういったこともありえるかもしれない。

 だが今の技術では、どんなにリアルだったとしてもそれはあくまで『映像』であり、現実世界と見分けがつかなくなるほどのものでは到底なかった。


「大門さん、もしその催眠状態にすることができた場合の話ですけど、人間の身体能力も上げたりすることもできるんですかね?」


 あの襲撃してきた男は、ありえない速さで釘バットを振り回していた。あれは普通の人間の動きではなかった。


「まあ俺も専門外だから、聞いた程度の話だが、理屈の上では可能だろうな。通常、人間の身体能力は脳が管理していて、一定以上の力を使わないようにリミッターがかかっている状態なんだ。もし催眠によってそのリミッターを外すことができれば、通常ではありえない力を出すこともあるかもしれねえな」

「なるほど、リミッター解除ですか……」

「だがな、リミッターってのは文字通りの安全装置だ。限界まで力を発揮したら、体の方がついていけなくてぶっ壊れるからな。火事場かじば馬鹿力ばかぢからってあるだろ。あれは命の危険を逃れるために脳が一時的にリミッター解除することで起こる現象らしい。体がぶっ壊れたとしても、生き残ることが最優先だからな」

「火事場の馬鹿力、か」


 じゃあもし、仮想現実によって命の危険が迫っていると脳に思い込ませることができたら……。


「しかし、兄ちゃんが命を狙われるのはこれで二回目だな。本当に狙われる理由に心当たりはないのかい?」


 大門がリョウの目を覗き込んで質問する。


「いえ、全然……」


 リョウは首を振った。

 こっちが知りたいくらいだ。


 前回は時空警察、今回はクリスがたまたま居合わせたから助かったものの、今後も同じように狙われるとなったら命がいくつあっても足りないぞ。


「まったく、その程度のザコ、軽く返り討ちにしてやればよかろう。スライムから逃げてばかりおったら始まりの町で引きこもりになってしまうぞ」


 テラが背を向けたままとんでもないことを言う。

 引きこもりはお前だろ。

 他人事だと思って無茶苦茶いいやがって……後頭部にチョップしてやろうか。


百人町ひゃくにんちょうか……じゃあ、ちょっと行って話を聞いてくるかな」


 大門は立ち上がり、玄関に向かう。


「兄ちゃん、何かあればまた来るぜ」

「わかりました」


 リョウは大門を見送りながら、ふと、マナセナと会ったことも話そうかと思ったが、次にマナセナに会った時の事を考えると怖すぎるので口をつぐんだ。

 ただでさえ二回も死にかけたってのに、マナセナにまで命を狙われたら生き残れる気がしない。


 そんなことを考えているうちに、大門は颯爽と去って行ってしまった。


「何をボーっとしてるんじゃ?」


 テラがうしろから声をかけてくる。

 ドアを見ながら放心していたリョウは「ああ」と返事して、のろのろと部屋の中に戻り、スーツのままベッドに倒れ込んだ。


「何か今日は疲れたなぁ……」


 色んなことが一気に起こり過ぎた。


「引きこもりのお主が久々に外出したからな」

「そうじゃねーだろ!」


 顔を上げてテラの方を見ると、いつの間にかベッドに手をついてリョウを覗き込んでいたテラと至近距離で目が合った。


「どわーっ!」


 リョウは反射的に飛び跳ねてベッドの反対側に逃げる。


「き、急に近寄るなよ!」

「何じゃその反応は。可愛いJKを近くで見れてうれしいじゃろ?」

「誤解を招くような事を言うな!」


 イタズラっぽくニヤニヤ笑うテラ。

 まあ、悔しいけど可愛いのは事実だ。

 リョウはドキドキを落ち着けるために深呼吸した。


「というか、前から思ってたけど、お前のどこがJKなんだよ」

「常識(J)ではありえないくらいすごい神(K)、略してJKじゃ」

「だいぶ無理矢理じゃねーか!」

「まあな。さて、そんなバカ話はおいといて」


 テラは頬杖をついてリョウの顔を見上げた。

 いや、バカ話を始めたのはお前だろ。


「どうじゃ、久しぶりに社会に出て、いい出会いはあったか?」

「いい出会いって……」


 婚活パーティーに行ったわけじゃないんだが。


「運命の出会いというのは」


テラは不敵に笑いながら、じっとリョウの顔を見つめ続ける。


「何の前触れもなく、突然やってくるものじゃ」


 その言葉を聞いて、ふとリョウの脳裏には、ルナのあの帰り際の意味深な微笑みが浮かんだ。


 自分が内定をもらった会社の社長であるという忖度そんたく抜きで、ルナは今まで見たどんな女性よりも美人だった。


 まるで作り物みたいに完璧なルックス。

 綺麗な黒髪ストレート。

 上品な立ち居振る舞い。

 大和撫子とはああいう人を言うんだろう。


 それにあの独特のオーラ。

 LOVを一人で運営しているという、常人離れした行動力。

 彼女は間違いなく超人だ。

 酒癖が悪いのは玉にキズだが。


 ルナがもし俺の運命の人だったら……そんなことをふと思って、リョウは首を振った。


 まさかな。


「というかテラ、お前がチートを使ったせいで、LOVがバグっちまったらしいぞ。本当にお前は迷惑な奴だよな。やっぱり疫病神なんじゃないのか?」

「はあ? そんなわけないじゃろ」


 テラは心外だというように口を尖らせた。


「神である我が、あの程度のチートで人間に気づかれるはずがないじゃろ」

「いや、だってオロチの社長がそういってたぞ。外部からハッキングされてチートを使われたって」

「オロチの社長、龍崎ルナか」


 金色の目が不気味に光り、不敵な笑みを浮かべる。

 完全に悪役だろコイツ。


「社長のこと、何か知ってるのか?」

「いや、全然」


 ズコッ。

 何かめちゃくちゃ因縁ありそうな雰囲気を醸し出してただろうが!


「だが、名前が気に入らん」

「名前?」

「名前というのは、何かしらの意味を持って与えられるものじゃ。ていあらわす。存在しないものも、名前を与えられれば存在するように、名前には力が宿る」

言霊ことだまみたいなものか」

「まあ、そうじゃな。ルナとは『』という意味を持つ言葉じゃ」

「月……」

「ああ、予想はしておったが、この世界にはちと面倒な奴が関わっておるようじゃな」

「面倒な奴?」


 それはお前だろ。

 コイツより面倒な奴がいるとも思えないが。


 だがテラは、本当に面倒くさそうな表情をして答えた。


「我の妹じゃ」

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