2-3

「カンパーイ!!」


 百人町ひゃくにんちょうにある、ルナの行きつけの中華料理屋で、株式会社オロチの飲み会が始まった。

 ちなみに平日のお昼前である。


「ぷはーっ! 生き返るー!」


 ビールを一気に飲み干したルナが、満足そうに叫んだ。

 その隣に座った、ガチャピンみたいな蛍光グリーンのダメ着姿の奴は、未成年ということでオレンジジュースで乾杯していた。


「ぷふーっ!うまいっすねー」


 オレンジジュースを一気飲みして満足そうに言ったソイツの顔を見て、リョウは思わずビールを吹き出しそうになった。


「え……お前は、神武じんむメイ!?」


 ピンク髪と眠そうなジト目が特徴的なその顔は、超有名ユーチューバーの神武メイに間違いなかった。蛍光グリーンのダメ着は動画の中で彼女がいつも着ている、いわば彼女のトレードマークだったが、まさか本人だとは思わなかった。


「そうっすよ」


 メイは頷き、店員を呼ぶボタンを押した。

 ルナは微笑みながら、ビールのジョッキを持っていない方の手でメイの頭を撫でる。


「メイちゃんは有名人だから、みんな知ってるかしらね。こう見えて、彼女はアメリカの大学を飛び級で合格した天才少女だから、年齢に関係なく仲良くしてあげてね」

オーマイガーすごい! ジーニアス天才!」


 クリスが叫んだ。

 こいつはレモンサワーひと口でもう酔ってるのか?


 神武メイが天才なのは有名な話だ。そして同時に彼女は、LOVの事実上の『全人類最強プレイヤー』でもある。


 リョウは日本で最初にレジェンドランクに到達したプレイヤーだったが、世界最初のレジェンドランク到達プレイヤーは、当時アメリカに留学していた神武メイなのである。


 そんな伝説的な存在である彼女と、まさかこんな形で出会うことになるとは。


「メイちゃん、よろしくねぇ」


 そう言って微笑みながら、沙也加がメイに敬礼した。


「沙也加も神武のことは前から知ってたのか?」


 リョウが尋ねると、沙也加はうーん、と首を傾げた。


「何となく名前だけは聞いた事あったけど、こんな可愛い女の子だなんて知らなかったなぁ。あ、チャンネル登録しちゃお~っと」

「どーもどーもっす」


 メイは抑揚のない声で言いながら、店員が持ってきたコーラをグビグビ飲んだ。


「僕も動画はノーチェックでしたね。『死神しにがみ』の噂はよく聞いてましたが」


 クリスがメガネを拭きながらそう言うと、メイはコクコクと頷いた。


「何か、いつの間にか死神扱いされてたっすねー」


 死神……その姿を見たものは必ず死ぬと言われるほどの圧倒的な強さと、巨大な鎌を使った戦闘スタイルが特徴的なメイにはピッタリの二つ名だ。


 実はリョウは、LOVの中で何度か彼女と戦ったことがある。だが、日本最強と言われた彼ですら、一度も彼女に勝てたことはなかった。


 コイツは別格……まさに全人類最強プレイヤーだ。

 リョウは本気でそう思っていた。

 一度も勝てたことがないなんて、恥ずかしいから絶対この場では言えないが。


「すごいなぁ、何か強くなるコツとかあるのかな?」


 沙也加がサラダをお皿にとりわけながら質問すると、メイは「人それぞれだと思うっすよー」と即答した。


「僕の場合は、パラシュートだったっすねー」

「へぇ、パラシュート?」

「はい」


 メイは沙也加が差し出したサラダの皿を受け取ってペコリと頭を下げた。


「やっぱり、落ちて死ぬのが一番悲しいっすからねー。落ちて死ぬのはスペランカーだけで十分っす」

「あははー、スペランカーって。メイちゃん、懐かしすぎー!」


 沙也加は楽しそうにケラケラ笑った。


「スペランカー、あれは神ゲーですね。僕も何度も落ちて死にましたよ」


 クリスも笑っていた。

 こいつらは全員ゲームが大好きなんだな、とリョウは思った。何となく安心する。


早乙女さおとめクリス君は、日本人とイギリス人のハーフで、ヴァンパイアハンターの後継者なのよ」


 ルナはビールのジョッキを持ったまま、そんな風にクリスを紹介した。

 いつの間にか彼女の前には空のジョッキが5個も並んでいる。


「もしヴァンパイアを見かけた時は、すぐクリス君に連絡するように!」


 ヴァンパイアって……またファンタジーな単語が飛び出したもんだ。


「社長、酔ってるんですか? 勘弁してください」


 クリスは困ったように苦笑して、同期メンバーを見回した。


「すみません、社長の言ったことは本当なんですが、あまり人には言わないようにしてくださいね」


 はあ、ヴァンパイアハンターってのは本当なのかよ。

 リョウは呆れたが「ああ、誰にも言わないよ」と頷いた。

 そんなこと誰かに言ったら、俺が頭おかしいと思われるし。


「ヴァンパイアハンターってかっこいいっすねー。僕の中ではでっかい数珠じゅずを首からさげて生きてる剣を持ってるイメージっすよ」

「えー、私の中では、むちでビシビシ敵を倒すイメージだけどなぁ」


 メイと沙也加が楽しそうにはしゃいでいる。どんなイメージだよ。


「ハハハ、ゲームではかっこいいかもしれないですけどね。実際は地味なものですよ」


 クリスも楽しそうに微笑んだ。


「せいぜい、赤いマントで剣を背負って二丁拳銃で戦うくらいですからね」

「いや、それはデビルハンターだろ!」


 もはや冗談なのか本気なのかもわからない。


「ところで社長」急に真面目な表情になり、クリスはルナの方を向いた。「酔っぱらってしまう前に聞いておきたいのですが、先ほどの話……LOVが外部から攻撃を受けたということでしたが、仕掛けてきた相手の正体はもうわかっているのですか?」

「ああ、そういえば話が途中だったわね」


 ルナが静かにビールのジョッキを置き、四人の顔を見回した。

 てか酔っぱらう前にって言うけど、この人もう9杯目だぞ。


「もちろん、大体の見当はついているわ。まあ、少なくとも普通の人間ではないのは確かよ」

「普通の人間ではない……というと?」

「ざっとログを解析していてわかったんだけど、その犯人はあろうことか、LOVの戦闘システムをハッキングして、盛大にチートを使った痕跡があったのよ」


 チート、という言葉にリョウはビクッとした。

 それってもしかして……いや、もしかしなくてもテラのことじゃないのか。


「自慢じゃないけど、LOVのセキュリティは完璧だったわ。それをハッキングするっていうのは、メイちゃん位の天才でもなければできないことよ」

「いやいや、僕は天才なんかじゃないっすけど」


 メイは唐揚げを箸でつまみ上げながら謙遜けんそんする。


「まあ、もし僕が天才だったとしても、チートなんか使わないっすよ。チートなんてのは、実力で勝負できないクソ雑魚が使うもんっすからねー」


 そうだ、よく言ったメイ。

 リョウは心の中で大きく頷いた。

 どこかの自称神のサイコ女テラに聞かせてやりたい名台詞だ。


「うんうん、ゲームは正々堂々とやった方が絶対楽しいもんね!」


 沙也加も首を何度も振って同意した。


「ひとまず先にバグの修正をして、それから改めてログを調べてみるつもりよ。必ず特定してやるんだから」


 ルナはそう言うと、なぜかリョウの顔を見て微笑んだ。そして、ジョッキに残ったビールを一気に飲み干すと、パンッと手を鳴らす。


「はい、じゃあ真面目な話はここまで。みんな、もっと飲んで飲んで。メイちゃん、食べたいもの何でも注文しちゃってね」

「ワーイ」


 うれしいんだかうれしくないんだかわからないような声を上げて、メイはメニューを開いた。

 それを見ながら、沙也加も頷く。


「そうですね、せっかくの飲み会なんですから、楽しい話をしましょう!」

「お、いいね沙也加ちゃん」


 ルナが嬉しそうに沙也加に笑顔を向ける。


「じゃあ、今から恋バナ大会を開始しまーす!」

「うぇっ、ここ、恋バナ!?」


 いきなり変な声を出した沙也加に思わず目を向けたリョウは、彼女と思いっ切り目が合ってしまってびっくりした。沙也加の顔がみるみる赤くなる。


「じゃあ、最初はクリス君から!」


 ルナがビシッと指をクリスに向けて叫ぶ。

 完全に酔っばらいだ。


「残念ながら、僕は恋愛には興味ないんですよ」


 クリスが肩をすくめた。


「戦いでは女性は足手まといでしかありませんからね」


 足手まといって……もうちょっと言葉を選べ!


「確かにー!」


 ルナがバンバンとテーブルを叩いて笑った。


「クリス君、正解!」


 何がどう正解なのか全くわからない。

 クリスは「ありがとうございます」と言いながら、レモンサワーのグラスをクールに傾けた。

 真面目そうだと思ったけど、コイツも結構変わった奴だな……。


「じゃ次、メイちゃん!」


 ルナに指名されて、メニューを見ていたメイが顔を上げた。


「あー、僕は恋愛とかする時間あったらゲームしたいっすねー」


 さすが廃人。


「えー、何でよお。メイちゃん、可愛いからモテるでしょ!?」


 ルナが口を尖らす。


「人生でモテた事なんて一度もないっすよ。ときメモではモテモテだったっすけど」


 まあ、ときメモはそういうゲームだからな。


 てか、あれ?

 もしかしてこの流れでいくと次は俺の番じゃねーか!?


 ボーッと目の前の展開を眺めていたリョウは、今さらそのことに気づいて焦った。

 彼女いない歴=年齢の彼には当然、恋バナなどあるはずがない。かといって、クリスやメイのような自虐じぎゃくネタもない。このままではせっかく楽しいこの場の雰囲気を白けさせてしまうのがオチだ。

 リョウは慌てて立ち上がった。


「すみません。俺、ちょっとお手洗いに行ってきます」

「ああ!? リョウ君が逃げた!!」


 ルナが店じゅうに響くでかい声で叫んだが、無視してトイレにダッシュする。

 危ないところだった。てか社長、酒グセ悪すぎだろ。


「なんだよー、こっからが本番だったのにい」


 ルナはリョウが消えて行った方向にブーイングしながら、13杯目のビールを喉に流し込む。


「じゃ、次は沙也加ちゃん!」

「えっ!」


 沙也加が蛇に睨まれたカエルみたいに小さくなってモジモジする。


「あの、えっと私は……」

「沙也加ちゃんってさあ」


ルナはそんな沙也加をニヤニヤして見つめる。


「リョウ君と幼馴染なんでしょ。ぶっちゃけ、彼の事、どう思っているのかしら?」

「ど、どどどうって……」


 沙也加は耳まで真っ赤になって俯いた。


「えーっとぉ……それは……」


 と。

 沙也加が一世一代いっせいいちだいの大ピンチに陥っている頃。

 トイレに逃げ込んだリョウもまた絶体絶命のピンチに見まわれていた。


「はあ、戻りたくねーなぁ」


 そう思いながら、トイレの窓から外の景色をぼんやり眺めていた時。

 バタン!

 と音を立てて個室トイレのドアが開き、その中からVRゴーグルを装着したスーツ姿の男が、よろめきながら姿を現した。


 酔っ払いだろうか、と思って目を向けたリョウは、その男の右手に握られているものを見てギョッとした。


 くぎバット!?

 それはヤンキー漫画でしか見たことがない武器だった。実際に見ると凶悪この上ないインパクトだ。


 男はヨロヨロとした足取りで洗面台の方に向かって行ったが、急にハッとしたようにリョウの方に顔を向けると、何か小さくブツブツと呟いた。


 と、思った次の瞬間。


 いきなりソイツは手に持った釘バットを振り上げ、リョウに殴りかかって来た。


「うお、何だ!?」


 ボゴッ!


 攻撃をギリギリで回避すると、釘バットはトイレの白い壁にぶつかって大きな穴をあけた。


 マジかよ……!


 リョウは咄嗟とっさに用具入れのロッカーからデッキブラシを掴み、男に向かって振り上げた。


「正当防衛だからな、悪く思うなよ!」


 だが、男はそのデッキブラシでの攻撃を釘バットで受け止めると、素早くバックステップして間合いを開いた。さっきまでのヨロヨロした動きからは想像もつかない機敏な動きだ。


 おいおい、何なんだこのヤバイ状況は!?


 トイレの出入口をふさぐように立ったソイツは、「殺す……絶対にぶっ殺す……」とうわ言のように呟いている。


 リョウはデッキブラシを構えたまま、どうやってこの場から逃げようかと必死で考えていた。

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