1-4

 ポカーン。

 リョウは完全に放心状態だった。


「俺に彼女ができることが、勝利条件?」

「うむ。つまり、我とお主はウィンウィンの関係ということじゃな」

「は? 何がどうウィンウィンなんだよ?」

「お主は『彼女が欲しい』って大声で叫んでたじゃろうが」

「ああ……」


 確かに叫んだな。というか、改めて言われると恥ずい。もはやアレは黒歴史だ。


 というか、そもそもあれはコイツが「彼女が欲しいか」って聞いてきたから「欲しい」って答えただけのような気もするが。


 まあ、彼女が欲しいのは事実だけど。


「お主は一生彼女ができないまま寂しい人生を送ることになったかもしれんのじゃ。それをこのアマテラス様が助けてやろうというんじゃから、ありがたく思うがいい」


 そう言って、その神様はドヤ顔で胸を張った。

 余計なお世話とはまさにこのことだ。

 いくら彼女が欲しいからって、こんな得体の知れない胡散臭い奴に頼りたくない。


「というか、お前が本当に神様なんだったら、そのくらいの願いはすぐクリアできちゃうんじゃないのかよ? 天照大神ってことは、全知全能なんだよな?」

「まあ、本来であればな」


 本来であればって……何だか急に歯切れの悪い返答だな。


「じゃあ、できないってことか? 神様なのに? 結局、ただの口だけ野郎じゃねーか!」


 リョウがここぞとばかりに詰め寄ると、テラはやれやれと言うように両手を上げた。


「だから、『本来であれば』簡単にクリアできると言っておるじゃろ。ただ、この世界は今、完全にバグってしまっていて、神の力が及ばない領域が生まれておる。だから他の世界みたいに一筋縄ではいかんのじゃ」

「世界がバグってるだと?」


 こいつ、言うに事欠いてまた意味不明なことを言い出したぞ。

 リョウは呆れ果ててため息を吐いた。


「いや、バグっててクリアできないなんて本当のクソゲーじゃねーかよ。何でそんなのわざわざプレイするんだよ」

「ああ、まったくクソゲーじゃな。不良品と言ってもいいくらいじゃな」


 あっさり認めやがった。

 しかも不良品とまで言うか。


「まあ、我にとってはもはや、普通の世界ゲームでは簡単すぎてつまらんからな。あえてこんなバグった世界にチャレンジしてみるのも面白いかなと思ったのじゃ。お主もクソゲーをあえてプレイしてネタにしたりするじゃろ?」

「まあな。クソゲーも意外とやってみると面白い……っておい! お前にとって俺の人生はネタなのかよ!」

「クソゲーとはそういうものじゃろ」


 テラは目をパチクリさせる。


「ただ、我にもゲーマーとしてのプライドがあるからな。ちゃんとクリアしてやるから、安心するがよい」

「お前のプライドとかはよくわからんけど……じゃあ、ちゃんとクリアする方法はあるってことか?」

「当たり前じゃ。我は高天原最強のプロゲーマー、天照大神じゃぞ」


 テラがニヤリと笑って頷く。

 神なのにプロゲーマーってどういうことだよ。

 本当にコイツの言ってることは本気なのか冗談なのかわからないから困る。


「まあ、考え方自体はシンプルなことじゃ。バグの元凶を消せば、バグも消える。つまり、デバッグじゃな」

「デバッグ……」

「この世界のどこかにバグの元凶がおる。そいつを消せば、バグは消えるということじゃ」


 そう言ってテラは手でピストルの形を作り、自分の頭に向けてバーンとやってみせた。

 いや、それ自分が死んでるだろ。


「消すって……何か急に物騒な話になってきたな。しかもそのバグを何とかしないと、俺は一生彼女ができないってことなのかよ?」

「うむ。まあ、そうじゃな」


 テラが当然だ、というように頷く。


「『まあ、そうじゃな』じゃねー! そんな理不尽なことがあってたまるかよ!」

「仕方あるまい。クソゲーとは理不尽なものじゃからな」

「それで納得できるわけねーだろ!」

「まあ落ち着け」


テラは立ち上がってリョウの肩をポンと叩き、不敵に微笑んだ。


「我の読みでは、バグの元凶は近いうちにお主に接触してくるはずじゃ」

「え、俺に?」

「そう。だから今は焦らず、機を待つ時ということじゃな」

「機を待つって……」


 と、リョウはその時、テラのすぐ横の空間が奇妙に歪んでいるのに気付いた。


 これは……LOVゲームの中で見たことがある。

 光学迷彩マントというアイテムを装備すると、周囲の景色と一体化して透明になったように見えるが、輪郭と周囲の景色の微妙なズレで、空間が歪んだように見えるのだ。

 ちょうどまさに、こんな感じに。


 と、リョウの思考はそこで完全に停止した。


 突然、バサリという音と共に、何もない空間から黒いフードを被った男が現れたと思うと、リョウに向かってナイフを振り上げていたのだ。


「えっ?」


 何だよ、これ。

 男のナイフが、リョウを狙って迫って来る。


 体が反応しない。

 現実ではゲームみたいにはいかないのだ。


 ダメだ……殺される。


 そう確信した刹那。


 バンバンバン! ガシャーン!!


 ものすごい音が部屋に響いて、ベランダの窓ガラスが吹き飛んだ。

 と同時に、ナイフを持ったフードの男の体が宙に浮き、壁に叩きつけられる。


 すべては一瞬の出来事だった。


 ベランダの外に目を向けると、さっき帰ったはずのマナセナが銃を構えて立っていた。銃口からは煙が立ちのぼっている。


「戻って来て正解でしたね、警部補!」


 マナセナが声を上げる。


「ああ、そうだな」


 部屋のドアを蹴破って、大門が部屋に入って来た。


「女の勘ってのは流石だね」

「それはセクハラ」


 マナセナは銃を構えたまま、素早い身のこなしで部屋に入って来た。

 時空警察の二人に囲まれたフードの男は、観念したように両手を上げた。大門がその腕をとり、手錠をはめる。


「二人とも、ケガはない?」


 マナセナが銃をおろし、リョウに声をかけてきた。


「え、あ、はい……大丈夫です」


 リョウは大きく息を吐いた。

 あまりの突然のことに、呼吸するのを忘れていたようだ。


「妹さんも、大丈夫かしら?」

「え、妹?」


 マナセナのいきなりの質問に、思わず聞き返してしまった。


「ハイ、大丈夫デス」


 テラが答えた。

 変なカタコト口調で。


 というか、お前は妹じゃないだろ。

 リョウが目を見開くと、テラは彼だけに見えるように小さくウインクした。話を合わせろということだろうか。


 マナセナは無線で何かやりとりしていたようだったが、しばらくすると大門に向かって言った。


「警部補、再生の承認OKです」

「了解」


大門は黒いフードの男を連れて立ち上がり、リョウに言った。


「兄ちゃん、とりあえず無事でよかった。一旦こいつを本部に連行するから、あとでまた話を聞かせてくれ」

「はあ……」


 リョウは曖昧に頷いた。

 別に、何も話す事なんてないんだが。


「あと、この周辺で次元の歪みが複数確認されてるから、同じような輩が他にもいるかもしれねえ。兄ちゃんも気をつけろよ」

「わかりました……」


 どう気をつけたらいいのかさっぱりわからないけど。


「一応、私たちも巡回を強化するから、何か異常があれば教えてちょうだい。あと念のため、あなたにこれを預けておくわ」


 マナセナがそう言って、名刺のようなものを差し出してきた。


「はあ、どうも……」


 受け取ってみると、名刺かと思ったそれは緑色のプラスチックっぽいカードで、表面に星みたいな記号が書かれているだけで、文字は一切書かれていない。

 何だこれ。


「あの……これは」


 リョウが質問しようとして顔を上げると、もうそこにはマナセナも、大門やフードの男もいなかった。


 それどころか、壊れたはずの窓やドアもすべて元通りになっている。


 ただマナセナから受け取った謎のカードだけは手元に残っているので、今起きたことは現実なのだろう。まるで現実感はなかったが。


「やれやれじゃな。バグっているとはいえ、ここまで滅茶苦茶な世界だとは」


 テラが両手を上げて背伸びしながら、なぜか楽しそうに言った。


「一体何がどうなってるんだ?」


 何だか頭が痛くなってきた。


 もはや何が現実で、何がそうでないのかもわからない。


「とりあえず、いちいち隠れるのは面倒だから、我はお主の妹って設定にしといたぞ。戸籍も全部変えたからバレることはない」

「え……はぁ!?」


 何を勝手なことしてくれてるんだこいつは。


 というかマジでそんなことできるのかよ?

 もしかしてマジで神なのかこいつは? 


 でも、こんなダサいジャージ姿の神がいるだろうか。しかも美少女だし。


「まあ、そうじゃな」


 テラはどこからか黒いファミコンカセットみたいなものを取り出して、基盤の部分にフーフー息を吹きかけて微笑んだ。


「とりあえず全部現実じゃ、お主にとってはな。夢オチはないから安心するがいい」


 リョウの心を読んだかのようにそう言って、床に置かれた謎のゲーム機にカセットを差し込む。


 むしろ「全部夢でした」って言われた方がよっぽど安心なのだが。


 テラがゲーム機の電源を入れ、チラリとリョウを見上げる。


「というかお主、ゲーマーのくせにネオジオを知らんのか?」


 とにかく現実逃避したかったリョウはその夜、テラと格ゲーしまくって徹夜した。

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