1-3

「え、は? はぁ!?」


 何だよ時空警察って。

 リョウが何か答える暇も与えず、マナセナと名乗る女はいきなり玄関に足を踏み入れ、強引に部屋に押し入ろうとしてくる。


「ちょっと待てって!」


 慌ててリョウは女の腕を掴んだ。

 と思ったが、予想外のむにゅっとした感触。

 あれ、推定Gカップのこれは……腕じゃない。


 バチンバチチーン!!


 瞬間、火花が散り、下半身に激痛が走る。


 あまりに一瞬の出来事ですぐには理解できなかったが、マナセナが繰り出した往復ビンタからの金的という、男にとって地獄のようなコンボがクリーンヒットしたようだった。


「ぐえ!」


 リョウは真っ青な顔でうずくまった。


「おい待て、マナセナ!」


 相方の大男が叫ぶ。


「いくらなんでもやりすぎだ……」

「はっ、すみません!」


 男の声で我に返ったのか、マナセナは素早くしゃがみこんでリョウの手首を握った。

 脈でもとるのだろうか。さすがに金的で死にはしないが。


「18時37分、痴漢の現行犯、確保しました!!」

「「オイ!」」


 リョウと男が同時にツッコミを入れる。

 さすがに理不尽すぎるとこの男も思ってくれたらしい。まともな奴がいてよかった。


「悪いなあんちゃん、立てるか?」


 男が手を差し出し、リョウがその手を握って立ち上がると、男は黒い警察手帳のようなものをリョウに見せてきた。

 そこには、男のいかつい顔写真と『大門明だいもん あきら』という名前、その下に翼のような形のロゴが描かれていた。


「俺は時空警察の大門だいもんだ。マナセナは真面目な奴なんだが、たまに……いや、よく暴走するのが玉にキズでな。突然すまなかった」

「警部補!?」


 不名誉な紹介をされたマナセナがむくれて大門を睨むが、大門は華麗にスルーした。

 どうやら大門の方が立場は上らしいとわかって、リョウはホッとした。もし逆だったらどうなっていたか、想像するだけでも恐ろしい。


 マナセナと大門はどちらも同じような青い制服に制帽を被っている。マナセナは女性ということでスカートになっていたが、基本的には同じデザインだった。制服の上着の胸元と、制帽の真ん中には、手帳と同じ翼のようなロゴが刺繍されている。これが時空警察の紋章シンボルマークなのかもしれない。


「ちょっとよくわからないんですけど……時空警察って何なんですかね?」


 まさか盛大なドッキリだったりしないかと思いながら、リョウは大門に質問した。


「そうか、この時代だと確かにそういう反応になるよなあ」


 大門はしまったという顔をして頷いた。


「まあ簡単に言えば、時間や空間を歪めようとするやからを取り締まる機関だな。ちょっとわかりにくいかもしれんが」

「はあ、すみません全然わかりません」


 時間や空間を歪めるって?

 まるでSFの世界みたいな話だ。まあ、時空警察という言葉自体、特撮ヒーローくらいでしか見ることのない単語だが。


 それはともかく。


 何かめっちゃ見られてる、というより……睨まれてる!?


 リョウは先ほどからずっと、マナセナの刺すような鋭い視線をヒシヒシと感じていた。


 一応、視界のすみに彼女の姿は見えているが、怖すぎて直視できない。が、とりあえずめちゃくちゃこっちを睨んでいることだけはわかる。


「いや、さっきのは完全にラッキースケベもといアクシデントだし、むしろ何の説明もなくいきなり部屋に入ろうとしたお前が悪いんだからな。百歩譲って俺が悪かったとしても、往復ビンタと金的という制裁を受けたんだからチャラだろ?」


 と、リョウは心の中で弁明する。

 それにしても柔らかかったなぁ。


「ねえ、あなた」


 リョウの不埒な考えを見透かしたかのように、いきなりマナセナが呼びかけてきて、心臓が飛び出しそうになる。


「な、何だよ!?」


 リョウが目を向けると、彼女はぐいっと身を乗り出して鋭い眼光でリョウの顔をのぞき込んだ。

 モデル顔負けのハーフ系美人に至近距離で見つめられると、彼女いない歴=年齢のリョウは恐怖と緊張と興奮で頭が真っ白になってしまった。


「あなた、絶対何か隠してるでしょ?」

「おい、マナセナ!」


 大門の制止を無視して、マナセナはリョウの目を睨み続ける。

 まるで彼の瞳がモニターになって、心の中身が表示されるのを待っているみたいに。


「な、何かって……?」


 リョウはかろうじてそれだけ答えた。

 隠すも何も、今の彼の思考能力はミジンコ以下だ。


「しらばっくれないで! ついさっき、この部屋で! 異常な次元の歪みを感知したのは紛れもない事実なのよ!」


すごい剣幕で詰め寄ってくる。


「あなたはこの部屋にいたんだから、何かしらの超常現象に見まわれたんじゃないの!?」

「超常現象って……」

「幽霊とか妖怪とか、ポルターガイストとか超能力とか、何かそういうオカルトみたいなものよ!」

「あ」


 もしかしてテラのことを言ってるんだろうか?

 でも、あれは夢じゃなかったのか?


「あ、って言った! 警部補! こいつ今『あ』って言いましたよ!!」

「バカかお前は。いい加減にしろ!」

「キャ!」


 大門がマナセナの襟首えりくびを掴んで、部屋の外につまみ出す。


「何するんですか!? 警部補のセクハラ! パワハラ!」

「うるさい!」


 大門はマナセナに一喝して、リョウにぺこりと頭を下げた。


「兄ちゃん、たびたび悪いな。今日は特に機嫌が悪いらしい」

「それもセクハラですよ!?」

「マナセナ、お前はちょっと黙ってろ……。なあ兄ちゃん、俺たちは何も、あんたの事を捕まえようってわけじゃないんだ。ただ、俺たちはここで起きた異常な次元の歪みの正体を確かめなきゃならない。それが俺たち、時空警察の仕事だからな」


 大門は小さく息を吐いた。

 その後ろで、戦力外通告されたマナセナがいじけたようにスマホをいじっている。

 リョウは大門の日頃からの苦労を察して、心の中で「お疲れ様です」と呟いた。


 しかし、彼らの言っている次元の歪みというのは、本当にテラのことだろうか?

 今思い返してみると、あれはやっぱり夢だったとしか思えない。


 何しろ、ついさっきリョウがドアのカギを開けるまで、この部屋は間違いなく完全な密室だったのだ。

 あのテラという美少女が実在していたとして、あんなのが神なわけはないし、つまりはただの自称神のサイコ美少女だ。

 サイコ美少女がサイコキネシスで部屋に侵入したなんて、駄洒落だじゃれにすらならない下らない話だ。


 というかそもそも、この時空警察という奴らも怪しすぎる。


 特撮とかゲームの中の世界ならともかく、現実世界でそんな組織が存在するはずがないし、これはやっぱり壮大な誰かのイタズラなのかもしれない。


 それとも、テレビ番組の企画だろうか。『夕飯時のお宅に突撃☆時空警察!』みたいな。そうだとしたら絶対視聴率とれなさそうなクソ企画だが。


 ともかく、これ以上変な奴らと関わるのはごめんだ。


「今日はずっと家で寝てたんですけど、特に変わったことは何も起きてないですね。力になれなくてすみません」


 リョウはそう言って、ペコリと頭を下げた。


 だが、返事がない。

 不安になって目を上げると、大門は目を細めて部屋の中をじっと見つめていた。


 その視線の先は……ベッド?

 いや、スマホか。


「あの……何か?」


 沈黙に耐えかねてリョウが声をかけると、大門は思い出したようにリョウの方に目を向けて、妙な事を聞いてきた。


「兄ちゃん、今日、誰かとケータイで連絡とったか?」

「連絡、ですか?」


 そういえばオロチからの採用通知メールが来ていたな。

 まあでも、それは関係ないだろう。


「いや、特にしてないですね」


 リョウが答えると、大門はフームと小さくうなって何か考えていたが、やがて姿勢を正してリョウを見た。


「そうか、それだったらいいんだ。まあ、何事もなく平和なのが俺たちにとっても一番だからな。邪魔して悪かったな」


 そう言って軽く敬礼すると、大門はマナセナに「行くぞ」と声をかけて、颯爽と去っていった。

 デカい体に似合わず機敏な動きだ。


 マナセナはまだ何か言いたそうな様子だったが、リョウは彼女の視線から逃げるようにすぐにドアを閉じ、カギを閉めてチェーンをかけた。


「やれやれ……」


 リョウは、ドアの前で大きなため息を吐いた。


「バカバカしい。何が時空警察だよ」


 そんなものはありえない。これは現実世界なんだ。

 そう、クソゲーのようにつまらない現実世界。

 何だか今日はおかしな日だ。


 こんな日はさっさと寝るに限る。

 きっと寝て起きたら、またいつものありふれた退屈な日常が戻って来ることだろう。


 リョウはそう思って、ベッドにうつ伏せに倒れ込み、枕に顔を埋めた。


「まあ、奴らも仕事じゃからのう。生温かく見守ってやればよい」

「は!?」


 いきなり話しかけられて、リョウはギョッとして顔を上げた。


 テラがこちらに背を向けてゲーミングチェアに座り、パソコンの画面を見ながらキーボードとマウスをいじっていた。


 こいつ、いつの間に。神出鬼没すぎるだろ。


 というか、夢じゃなかったのかよ?


「何じゃ、オバケでも見たような顔して」


 テラがリョウの方を見て、不思議そうに首を傾げる。


「だってお前、さっきいきなり消えたよな……もしかして俺はまた夢を見てるのか?」

「はぁ、お主は夢オチ展開が好きじゃのう」


 テラがニヤニヤと笑いながら、リョウの顔をのぞき込んだ。

 やっぱり何度見ても美少女だ。神様には全然見えないが。


「めんどくさいから隠れてただけじゃ。寂しかったか?」

「寂しいわけねーだろ!」


 むしろいつまでこの部屋にいる気だよ。


 パソコンの画面にゲーム実況のサムネイルが並んでいた。テラはマウスをクルクルと操作して、その動画を物色していた。


「暇だからユーチューバーでもやってみるのもアリかもしれんな。お主も一緒にやってみるか?」

「やらねーよ!」


 こいつが一体何を考えているのかさっぱりわからない。

 リョウは体を起こし、ベッドの上に胡坐あぐらをかいてテラに尋ねた。


「それより、さっきこの世界がゲームで、お前の目的はゲームに勝つことだって言ってたよな?」

「うむ、その通りじゃ。やっと理解できたか」

「できればあんまり理解したくないけど……。でもゲームに勝つって言っておきながら、勝手に俺の部屋でゲームしたりユーチューブ見たりしてるのはどういうことなんだよ?」


 結局、ただの不審者ってことなんじゃねーのか?


 すると、テラは椅子ごとクルリと回転してリョウに体を向け、不敵な笑みを浮かべた。

 神というよりも悪魔みたいな笑顔だった。


「そうじゃな、そこまで理解できたなら、やっと本題に入れるというものじゃ」

「はあ、本題……?」

「そう、この世界での我の『勝利条件』についてじゃ」


 勝利条件……そういえばLOVの中でもそんな事を言っていた気がするようなしないような。


「我の勝利条件、それは、お主……すなわち。そうすれば我は、この世界をクリアすることができるのじゃ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る