5

「着いたよ、汐」




何か嫌なことがあった時、何かに迷っている時、いつも、俺はこの海に来る。


この景色が、この時間が、汐の哀しみの全てを癒やしてくれるとは思わない。


それでもここにいれば、もうこれ以上の哀しいことは、何も起こらないだろう。






「ちょっと寒いね」




俺が砂の上に座り込むと、汐も隣に座った。






汐を奪うとか、連れ去りたいとか、あれほど考えていたことが、今は、少しも頭に浮かばない。


今は…こうして二人で、ただ波の音を聞いていたいと思った。







「今日はさ、帰らなくてもいいんじゃない?」




汐は、驚いた顔をして少し悩んだあと、ふわりと微笑んで真っ直ぐに暗い海を見つめた。


俺はそれを肯定と受け取って、自分の上着を脱いで汐の肩にかけた。






「ありがとう」




そしてそのまま、汐が静かに泣くのを、俺はその肩を抱いたまま聞いていた。


汐にとって、俺がどんな存在だとしても、今この涙を拭ってやれるのは、俺だけだ。




今、汐を一人にせずにいられるなら、これが最初で最後の夜でもいい。


今日限りでこの想いを押し殺したっていいから…今日は、このままずっとそばにいたい。






それが出来るのは、俺だけだ。

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