天秤

Pomu

1 Satoru.side

週に一度のドライブの帰り。


助手席に座るしおの大きな瞳は、夜の街の鮮やかなネオンに照らされて煌めいていた。


時折、俺と目が合うその一瞬だけ、汐は笑うことを思い出したかのように微笑む。


もうここ暫く、そんな笑顔しか見ていないような気がする。


汐がどんなふうに笑うやつだったか…覚えているのは、もう俺だけなのかもしれない。


あいつも…汐自身でさえも、きっと忘れてしまったんだろう。






「たまにはさ………」


「ん?」


「いや…ごめん。何でもない」




帰らなくてもいいんじゃない?


そう言いかけて、言葉を止めた。




ただの友達でしかない俺に、そんな権利はないから。






汐を好きになったのは、あいつより俺が先だった。


出会ったのも、名前で呼び合うようになったのも。




でも、俺が躊躇っている間に、あいつは簡単にその一歩を踏み出して汐を手に入れて、そして今、あいつはまた簡単に、汐を手放そうとしている。








「着いたよ」


「うん…ありがと」


「……汐」




助手席から降りて、ドアを開けたまま俺の次の言葉を待っている汐の真っ直ぐな目に、いつもその先を言えなくなる。


そうしてまた躊躇っている間に、汐はあいつのいない部屋に、一人で帰っていく。






「…おやすみ」


「うん。おやすみ、さとる




助手席のドアが閉まる音が、虚しい。




もう少しそばにいたい。


帰したくない。


このまま、どこかあいつの知らないところへ、連れ去ってしまいたい。




そんなこと、心の中ではもう何度繰り返しただろう。






俺は、あの時と同じように、またアクセルを踏めないままでいる。


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