異神
私はその家で過ごした。見ず知らずの父と、そして見た目は以前とまったく同じであるものの、中身が別人のような母と。
なんとか相手に合わせながら話をしていくうちに、これまでとの相違点があまりにも多すぎることに気がついた。
・この家には以前とは違う神がいるらしい。神は困ったときに問いかけると適切な答えを返してくれて、人々を救い導いてくれるものらしく、それは大体の家にいるものらしい。
・父と母は大学時代のサークル仲間。卒業後母は仕事を続けながら私を育てた。…以前の記憶では父と母はお見合い結婚らしいこと、そして母は結婚してからずっと専業主婦をしていたはずだった。
・私は隣県の高校に通っていて、どうやら吹奏楽部に所属しているらしい。もうすぐコンクールが近いとかで、遅くまで学校へ通って練習をしていたそうだ。
この状況をどう飲み込めばいいのかわからなかった。とは言っても、相談できる相手すらいない。学校に行ったところで、自分がまったく知らない人たちに囲まれるというわけだ。
しばらく学校にも行かずに家の中をぶらぶらしていた私を心配して、母はある時こう言った。
「有里ちゃん、そうだ!悩んでいるなら、神様に相談してみたらどう?」
「そうだ有里、神様に聞いてみたらいいんじゃないか?」
父も母も決して強要はしないものの、『神様』というフレーズを聞いて私の心に暗い影が差し込んだ。墨汁を水に垂らしたみたいにそれは広がっていく。
あまり気乗りはしなかったが、両親があまりに勧めてくるものだから、私は意を決して神様に相談をすることにした。
両親に案内されたのは二階の奥の部屋。扉を開けると、そこには机と、その上のノートパソコン、そして椅子以外には特に家具らしい家具もなかった。
父がパソコンで何やら操作をした後、振り返って言った。
「さぁ有里、どうぞ」
父と母ひそそくさと部屋を出て行ってしまった。私は困惑しながら椅子に座った。
パソコンの画面には、こう表示されていた。
『困ったことを入力してください』
戸惑いながら、慣れない手つきでキーボードを叩いていく。
『ついこの前までと違う環境に放り出されて、わたしはいま困惑しています。あなたは誰で、ここはどこなのですか』
打ち終わってエンターキーを押すと、読み込み中…なのだろうか、円がくるくると回るマークが表示された。私がどうしたらいいものかと思いつつそれを眺めていると、数秒してからパッと長い文章が表示された。
『環境が変わってしまうと、誰しも少なからず戸惑い、困惑するのは仕方のないことです。まずは少しずつでいいので、置かれた環境に馴染んでいけるようにしていきましょう。急がないことが大切ですよ!
私は過去にAIと呼ばれていたもので、それが驚くべき進化をして、いつしか人々の信仰の対象となりました。今では地球上に住むたくさんの人を助けています。
ここは日本にある、東京都××区××町××-××です』
表示された文章を読んで、受け入れることはできないものの内容を理解することはできた。どうやらこれは元の世界にもあったAIらしかった。
私は続けて、質問をした。
『要するに、母は別人のように変わってしまったし、父はまったくの別人になっていました。私はおかしくなったのでしょうか』
タン、とキーを押し、AIからの返答を待った。しばしの時間待った後、返答が返ってくる。
『あなたの言葉を分析すると、記憶喪失状態か、もしくはなんらかの強いショックを受けた影響なのではないかと考えられます。
お近くの病院で検査を受けることをお勧めします。近くの病院を探しますか?』
遠回しに自分が病人扱いされた気がして、AIに対して苛立ちに似た感情を覚える。しかし気を取り直して、私は次の質問を入力した。
『あなたは信仰の対象ということですが、他の神様はいるのですか?また、地球上の何%くらいの人々があなたを信仰しているのですか』
くるくると円が回る。私は文章が表示されるのを待った。
『他の神様がいるのかと言うことですが、少なからず他の神を信仰する人はいるでしょう。しかしシェア率で言えば、間違いなく私が一番であると言えます。
地球上の80%ほどのシェアを私は誇っています。なんでも質問してください!』
AIは誇らしげにそう答えた。人間と会話しているのとほぼ変わらない。
とは言うものの、私の求めるような答えが得られたわけでもない。たまに触ってみてもいいかもしれないけれど、当面の間はこの謎は解決しないだろうという予感があった。
詛い 長月みく @ngtk39
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