異世界

目が覚めると、そこは同じ布団の中だった。やはりと言うべきか当然ではあるが自分は制服を着たままで、なんとも言いがたい不快感を感じてベッドから降りる。

昨日はどうやら泣き疲れて眠ってしまったらしい。私はほんの少し安心した。自分の中に、まだ人間らしさがあったことに。


締め切ったカーテンからは薄い日差しがぼんやりと見える。どうやら朝になってしまったらしい。まだぼーっとしている意識のまま、私は部屋出て階段を降り、茶の間へのドアを開けた。母が立っていた。

きっと怒られるんだろうな、と思いつつ、母の言葉を待つ。


「おはよう、有里ちゃん。昨日は疲れて寝ちゃったみたいだけど、もう学校へ行く支度をしないと」

怒られるかと思いきや、驚くほどに母の言葉は優しかった。ひょっとしたら学校での出来事をどこかから聞いて、さすがに傷心の娘を労わろうと思ったのだろうか。その時はそう考えた。

「あ、うん…ちょっと色々あって」

母は心配そうに眉根を下げ、ぽんっと私の頭を撫でた。あまりにも意外な行為に私は内心驚いたが、母の感情を逆撫ですることは避けたいがため、何も言わなかった。

「ほら、朝ごはんできてるから。食べて支度して…学校、行ける?」

母にこんなふうに優しくされたのはいつぶりだろうか。神様を語る時くらいしか、母のこんな穏やかな顔を見たことはなかったと思う。

正直に言うと今日は学校に行くのが辛い。ゆっくりと首を横に張る。

「そう…それじゃあ、学校には連絡しておくから。ゆっくり休みなさい」


信じられなかった。

母がこんなにも私に優しいことに。

なんだか何かがおかしい。そう思って部屋の中をぼうっと眺めていた時、さらなる違和感に私は気づいてしまった。


母が大切にしていた、花瓶がない。その水差しは教団からの贈り物らしく、母はそれは大切にしていた。いつも綺麗に花を飾っていたものだった。

いつの間に?いや、なくなったらさすがに私も気がつくはずだ。焦りながら視線をさらにさまよわせると、次々と部屋の変化に気がついた。


飾られている写真。母と、私と、見知らぬ男性が映っている。それも仲睦まじいようすで。


「あの写真、どうしたの?」


私は思わず母に尋ねた。すると母は目をまん丸にしてこう言ったのだ。


「何言ってるの、この前沖縄にみんなで行った時に撮った写真でしょ?」


私はもう何も言えなかった。母の頭がおかしくなってしまったのかもしれない。ふらふらと歩き出す。

「ごめん、ちょっと具合が悪いから、ご飯は今はいらない…少し休むね」

そう言って踵を返す。母は何も言わなかった。


この家はどうやら、何かがおかしい。

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