転期

「半田さんが亡くなりました」


担任教師の言葉を聞いて、クラスメイトがいっせいにざわめいた。私の耳にはそのざわめきは全く届かず、血管の中を血が流れていく音、そして自分の心臓がうるさいくらいに鼓動する音だけが響いていた。


ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。


背筋がかぁっと暑くなって、そして体が熱くなる。かと思えばつぎの瞬間には、さぁっとその熱が引いて、信じられないくらいに体が冷たくなる。自分の体のはずなのに、まったくもってコントロールを失っていた。


信じられない。どうして?嘘だ。自分はまだ寝ていて、夢でも見ているのか。これはきっと現実じゃない。凛ちゃんが死んだはずがない。やめてくれ。聞きたくない。


自分の中で次々に言葉と思考が溢れ出しては静かにどこかへと流れていく。担任教師は続けて何か言っていたが、それもまったく聞こえない。


おかしい、心臓の音がうるさい。


ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。

ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。


そして次に私が目にしたのは、白い天井。どうやら保健室らしかった。ゆっくりと起き上がりベッドから降りると、締め切られたカーテンが養護教諭によって開けられた。

シャッ、という音が鳴り、私の意識が一気に現実へと引き戻される。


「ああ、気がついた?あなた突然倒れて…」

私はどうやら教室で倒れたらしかった。事態を飲み込むと、凛ちゃんが居なくなってしまったことを否が応でも思い出した。凛ちゃんはもう居ない。この世界のどこにも。


自分でも気づかないうちに、頬になんだか生ぬるいものが流れていた。養護教諭にティッシュケースを差し出されて、私もようやくそれに気づく。


「先生、凛ちゃんは、どうして」


ティッシュを数枚取り、目元から頬をつつ、となぞっていく。繊維質のかたまりが湿りを帯びる。私はそれをくしゃっと丸めた。

養護教諭は困ったように視線を泳がせた後、ばつが悪そうに私を見た。そして、おずおずと口を開く。


「これは絶対、他の子には内緒にしてね。半田さん、寮の部屋から遺書が見つかったそうなの。内容は私はあまり知らないんだけれど…」

遺書。つまり、凛ちゃんは自ら命を絶ってしまったらしかった。

私はそれを聞いて、どうしようもないやるせなさと、そして悲しさ、寂しさ…負の感情の全てが体の中心あたりから湧き上がってくるのを感じた。


それ以上の追求をすることもできず、私は学校を早退した。帰るなり母が「学校はどうしたの?具合でも悪いの?」などと矢継ぎ早に質問ばかりを口にしたものの、私は何も答えず部屋へ行った。


そして心の中で神様をせいいっぱい罵った。


私には確信めいたものがあった。凛ちゃんはきっと、ついに生きることも諦めてしまったのだと。これまでもずっと、ギリギリまで注がれたコップの水のような状態だった。でもそこに、最後の一滴が注がれてしまったのだと。

もちろん真相はわからない。昨日だって帰り際、凛ちゃんはすこし寂しそうに笑って、「またね」と言って手を振っていた。

また、なんてもう二度と訪れなくなってしまった。どうして相談してくれなかったのだろう、せめて何か一言でも言ってくれたら。


気づくと私は布団の中で制服のまままどろんでいた。


ぼーっとしながら、枕付近に置かれたスマホを手に取る。青白い光に目を細めつつスマホの画面をスワイプし、ながめる。特に意味もなくニュースを見たりしてみたがまったく頭に入ってこない。

不意に検索サイトを開き、私は無意識のうちにある四文字を打ち込んだ。



『死にたい』。


そして検索ボタンをタップする。


次の瞬間、目の前がパチパチと弾け、私の意識はまたしてもブラックアウトした。

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