駅前禁足地

十余一

駅前禁足地

「いやァ、君は本当に幸運だ!」


 駅前で俺を迎えてくれた青年は、心底楽しそうに目を細めた。喜びに呼応するように白髪がさらりと流れる。


「嬉しいなァ、久しぶりの新入りだよ。ここに辿り着く前に力尽きちゃうヤツも多いからねェ」

「俺も結構ギリでした」

「そォなの!? おつかれェ~」


 それから適当に雑談をしながら目的地へ向かうが、青年が話す“水戸黄門を追い返した武勇伝”は触りだけで終わった。

 駅からわずかに徒歩四分。隣はコンビニ、国道を挟んだ向かいは市役所。そんな都会の喧騒の中に、その森はあった。大した広さは無い。しかしやけに鬱蒼うっそうとして暗く、中を見通すことはできない。正面には、真新しい鳥居が不釣り合いに佇んでいる。


「さて、このたった十八メートル四方の中で過ごすことになるワケだけど、やっぱさァ、相性とかあるじゃん? まずは顔合わせしとこっか」

「ウッス」


 森に入口らしきものは無い。周りをぐるりと囲う柵を青年が乗り越えて行ったので、俺も後を追った。深く生い茂った森の中はひんやりとして居心地が良い。


はたりちゃーん! 機織りちゃん、居るゥー?」


 呼びかけの途中で青年が振り返り、「ああ、名前は適当だよ。僕らは曖昧なままでいるべきだからね。そのほうが何かと都合が良い」と言い、「僕のことは仙ちゃんって呼んでくれていいよォ。仙人の仙ちゃん的な」と付け足した。


 そのまま少しばかり歩くと、深い森に似つかわしくない立派な織機しょっきが現れた。椅子に座った女性がテンポよく布を織っている。俺たちに気付くと一旦手を止めてお辞儀をしたが、またすぐに手元に視線を戻した。


「機織りちゃんはねェ、静かだけどお茶目なとこもあるんだよ。昔は近隣の農家に機織りの道具を借りては、血糊ちのりをつけて返してたんだよねェ」

「血糊を……」

「そしたらみんなビビって貸してくれなくなっちゃってさァ、今使ってるやつは機織りちゃんの自作なんだよ。DIYってヤツ? 凄いよねェ」

「器用っすね」

「あとはここら辺に……。お侍さーん、お侍さーん! あーららァ、溶けちゃってる」


 薄暗い森の一角を、赤黒い土が覆っている。中途半端に溶け残った手足や首が不気味に転がっているが、仙人さんはさして気にする様子もなく、あっけらかんと言う。


「昨日、雨降ったじゃん? ここは守られた土地なんだけど、風雨からは守られてないんだよねェ。お侍さんたち、土人形だから溶けちゃうんだよ。まァ、そのうち戻るっしょ」


 そんな話しの途中で大きなあぶが音をたてて飛来する。俺が手で振り払おうとすると、仙人さんが少し慌てた様子で止めた。


「あっ、待ってまって! そのアブもここの住民だから! 良いアブだから! 浦島太郎の亀みたいに恩返しするタイプのアブだからァ!」

「そうなんすか。すみません」


 虻は仙人さんの肩に停まると、なにやら会話をし始めた。生憎と俺には虻の言葉がわからないから、少しシュールに見えてしまう。


「ねェ、アブっち、狐っ子がどこにいるか知ってる? 遊びに行っちゃった? そっかァ……。殿は? 二日酔いで寝てる? えェー……。じゃあホンダさんは? 大分に里帰り中? そう……。えー、他のみんなも都合悪いっぽいの? 残念だァ……」


 話し終えたらしい仙人さんが俺に向き合う。おそらく虻さんもこちらを見ている。たぶん。複眼だからよくわからないが。


「ごめんねェ、あんまり顔合わせ出来なくて。でもさ、歓迎するよ! ここでは何をするも自由だ。所謂いわゆる、治外法権ってヤツ? お巡りさんどころか、地獄の獄卒だって手が出せない。迷い込んできた人間は助けるも騙すも狩るも好きにしていい。誰も僕たちをとがめられない」


 初めは日本武尊ヤマトタケルノミコトの御陣所だったとか霊験あらたかなやしろが鎮座していたとか、敬われる場所だったんだろう。それが長い年月を経るうちに色々なものを引き寄せて、今ではごった煮だ。神、妖怪、魔、怪異、何でも居る。俺もここに加われるなんて夢みたいだ。


「ようこそォ、不知しらず八幡やわたのもりへ! 現世でやりたい放題しちゃおうぜ!」


 仙人さんはまた、心底嬉しそうに目を細めた。両手を広げ、俺を歓迎してくれる。

 JR本八幡もとやわた駅から徒歩4分。このアクセス抜群の禁足地が俺の新しい住処だ。



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