第2章 権謀術数

 そのころブッコロー(の中の人)は越後屋書店の本社ビルにいた。

 有隣堂伊勢佐木町本店を見慣れたブッコローの目にキラキラと輝く越後屋本社ビルは眩しかった。


「やあやあ、お呼び立てして申し訳ない」

 越後屋の広報部長だと名乗る男はいかにも仕立ての良さそうなスーツに身を固めて現れた。胸に越後屋のマークである「越」の字が彫られた社章が光っている。


「有隣堂さんのYouTube、拝見しておりますよ~。絶好調じゃないですか」

「恐れ入ります」

 自分を呼び出した相手の意図が読めないブッコローは取り敢えず型通りの挨拶をした。

「実は我々も有隣堂さんの成功にあやかりたいと思いましてYouTubeチャンネルを始めることになりましてね」

 広報部長は机の上に置かれた黒くて丸いフクロウのぬいぐるみをブッコローに見せた。

「これが弊社YouTubeチャンネルのMC、エチゴローです」

「はあ」

「このエチゴローの声をぜひブッコローさんにやっていただきたいのです。ギャラは有隣堂さんの倍出しますよ」

「!」


 ブッコローの脳裏を妻と子供と丑嶋馨の姿がよぎった。

 子供たちはまだ小さい。育児には金がかかるのだ。

『金が全てじゃねえが、全てに金が必要だ』

 闇金ウシジマくんのセリフがブッコローの頭の中でこだました。


「ははは、迷われるのは分かります。仲間を裏切れない、そうでしょう」

 広報部長は畳み掛けた。

「ギャラだけじゃない。専属の馬券師もお付けしましょう。いかがか」

「ぐぬぬ」

 ブッコローの心は揺れた。

「もうすぐ弊社のYouTubeチャンネルも始まります。なるべくお早いご決断をお願いいたします」


 帰り際に板台車に乗せられたトーハンのダンボール箱を渡された。

「これは?」

「お土産でございます」

 本来は書籍を入れる箱である。だがここは業界最大手の越後屋書店。

(本と見せかけて開けたら最中もなかかもしれない)

 その最中もなかのさらに下に札束がぎっしりと詰まった様子をブッコローは妄想した。

「良いお返事をお待ちしておりますよ」

「お待ちいただく必要はありません」

 ブッコローはその場で返事をした。


 ――仲間たちに話をしなければならない。


 ブッコローは重いダンボール箱を抱えながら有隣堂伊勢佐木町本店へと歩を進めた。

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