書店戦記

夏野

第1章 緊急会議

 ハヤシPは激怒した。

 ハヤシは神奈川県を中心に展開する書店「有隣堂」が運営するYouTubeチャンネル「有隣堂しか知らない世界」のプロデューサーである。


 人々の活字離れが進み、斜陽産業と言われて久しい書店業界の中で新たにYouTubeに挑戦。本や文具に関するマニアックな知識を配信する番組がうけて「ゆうせか」は今や登録者数20万人を超える人気チャンネルとなっていた。


 その成功を見た地方の零細書店が一斉にYouTubeへ参入し、「ゆうせか」を真似始めたのだ。ハヤシは危機感を感じ、緊急に会議を開き、社長、渡邉、岡崎、間仁田、そしてブッコローの中の人を招集した。


「いいじゃないですか、一緒に書店業界を盛り上げていければ」

 渡邉郁は答えた。

「地方の小規模書店だけじゃない。越後屋書店もYouTubeを始めるそうだ」

 越後屋書店は業界最大手、売上高全国一位の巨大書店である。

 これを見ろ、とばかりにノートパソコンを皆の見える方へ向けて、越後屋のYouTube開始告知動画を流した。


 黒いフクロウの人形を背後から黒衣くろごが動かしている。どうやらこれがMCで毎回ゲストを呼ぶスタイルらしい。フクロウの大きさ、丸いフォルム、これは…

「わぁ!そっくり」

 岡崎は思わず声を上げた。

「そうだろう!!」

「キキちゃんそっくり!」

「あ゙?」

 他に似ているものがあるだろう!と突っ込みたくなったが、天然のザキに絡む心の余裕は今のハヤシには無かった。チャンネル存亡の危機なのだ。ハヤシは話を進めた。

「しかも第一回目のゲストは古川しじみ先生なんだ!」


 古川しじみは新進気鋭の作家である。

 処女作『赤い遺言状』は火サスでドラマ化され、主人公の弁護士・新明解子のセリフ「極めて冷静に」が昨年の流行語大賞を取るなど飛ぶ鳥を落とす勢いの人気作家である。「ゆうせか」がまだ登録者数三千人ほどだった頃から度々ゲスト出演していただいている。「ゆうせか」にとっては付き合いの長い作家である。


 うちのチャンネルの丸パクリだ。ハヤシは思った。他の書店のYouTubeチャンネルはMCにVTuberを起用したり、その土地出身の作家を特集したりと独自性を出しているが、越後屋のYouTubeは明らかに「ゆうせか」に寄せている。我々の株を奪う気だ。

 財力、宣伝力のある全国チェーンの巨大書店に真似されれば地方の弱小書店などひとたまりもない。


 ハヤシは先ほどから何も発言しない間仁田に目をやった。

 手持ち無沙汰な様子の間仁田は目の前の企画書に無心に落書きをしていた。企画書の表紙はマニケラトプスで埋め尽くされようとしている。

 ゆる社員の危機感の無さはハヤシの怒りの火にガソリンを注いだ。

(落ち着け!自分)

 ハヤシは心を落ち着かせようと話題を変えて社長に話しかけた。


「実店舗の調子はどうなんです?」

「ぼちぼちだな」

「まだ店舗の無い県に出店の予定はあるんですか?埼玉とか」

「埼玉は駄目だ」

「何故です?」

「妻の実家がある」

 意味が分からない。


「おい!ブッコローはまだか!また遅刻か!!」

 ハヤシのもやもやとした怒りの矛先はまとめて遅刻常習犯ブッコローに向けられた。

「いつものことじゃないですか~」

 ゆるザキは答えた。

「この前は嫁が風邪をひいた、でその前は母親がギックリ腰だったな」

 ハヤシは携帯を取り出した。

「今度はどんな遅刻の言い訳が飛び出すか聞いてやろうじゃないか」


「もしもし?」

 遅刻している者とは思えないゆるい声でブッコローが電話に出た。

「おい!会議は始まっているぞ。今どこにいる」

「すまない。今日は行くことができない」

「なんだと」

「今日は妹の結婚式がある。たった一人の妹だ。俺の代わりに黒衣すずきと初号機を置いてきた。今日中に俺が戻らなかったらそいつらを煮るなり蒸すなり好きにしてくれ」

「え?黒衣すずき!?居たのか!」

 会議室の隅で気配を消した黒衣すずきがブッコローの抜け殻を抱えて正座していた。

「じゃ」

 電話は一方的に切れた。

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