第58話 一本の電話

「あ、ちょっと待って。萌花ちゃんからなんか電話掛かってきた」


テーブルに置いていたスマホが鳴ると、いちごは手に取り、キッチンの方へと小走りで向かう。


「おけー、待ってるわ」


いちごの後ろ姿に手を振ると、スマホ片手にお菓子を食べる。

オフと言っても、やはり連絡はくるものなのか。

どこまでの忙しいよな、アイドルというものは。完全なプライベートが本当にない。

青木さんも大変だろうな。自分の担当のアイドルが人気になると必然的に自分の仕事も増えるんだから。


「もしもし萌花ちゃんどうしたのー?」


「……」


「うん。大丈夫だけど」


「……」


「え、どうゆうこと?」


「……」


「―――う……そ」


「……」


「――っ――うそで……しょ」


微かにキッチンから聞こえる青木さんと電話をするいちごの声。最初は陽気に話すいちごであったが、徐々に声のトーンが落ち、最終的には声は震えていた。


「いちご、大丈……夫……」


心配になってキッチンへ様子を見に行くと、俺は言葉を失う。

床にうずくまり放心状態のいちごの姿がそこにはあった。


「ちょ、いちご! どうした大丈夫か」


すぐさま俺はいちごの横へ行き、背中をさすりながら声を掛けるが、


「……」


返答はない。

一体何が起きているか状況が全く掴めない。

体を揺さぶっても声を掛けても、天野は小刻みに震え、過呼吸になり涙を流す。


「――――。――――」


刹那、どこからか聞こえる人の声。

床に落ちているいちごのスマホに視線を向けると、まだ青木さんと電話は繋がっていた。


「ちょっと! どうなってるんですかこれ!」


急いでスマホを手に取ると、俺は青木さんに声を荒げる。


「瑞稀くん、これは緊急事態だ」


電話越しに、いつもよりトーンの低い青木さんの声が聞こえる。

落ち着いているように聞こえるが、声が震えて動揺しているようにも思える。


「何があったんですか! いちごもあんな状況になってるのに!」


怒りがこみ上げ、怒鳴りつける俺。


「感情が高ぶってるのも分かる……でも少し落ち着いて聞いて欲しい。私だって今、

これが本当だって信じたくないような状況なんだ」


「何かいちごに関わるようなことがあったんですか!」


「いちごちゃんだけじゃない……『ふるーつぽんち☆』に関わる問題だよ」……一番影響が出るのはいちごちゃんだけど」


「一体何があったんですか……」


「聞いても動揺しないでほしい……君にはいちごちゃんの傍に居て落ち着かせてほしいから」


「……分かりました」


唾を飲み、深呼吸をする。

すると、青木さんは一呼吸置き、さらに低くなった声で、


「いちごちゃんと君がホテルに入った所を盗撮されてた」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る