第51話 乾杯

「ジュース、準備しといたから乾杯しよ?」


 お風呂から上がると、ソファーに座りスマホをいじる天野の姿があった。

 前にあるテーブルには、コーラが注がれたグラスが2つと開けられたスナック菓子の袋。


「ありがと」


 バスローブ姿のまま、俺は天野の隣に座る。


「一息ついたところで早速乾杯と行きますか」


 グラスを持つと、顔元でカランと氷の音を鳴らす。


「そうだな」


「んじゃぁ、今日のライブ大成功とラブホとお風呂初めて記念に――」


「「かんぱぁ~い」」


 カンっと甲高く鳴るグラスと音と、俺達の陽気な声が部屋中に響き渡る。


「改めて、今日はライブお疲れ様な」


「ありがとぉ~、いっぱいリハーサルした甲斐があったよぉ~」


「大成功だったもんな」


「いつものライブが信じられないくらいの盛り上がりだったね今回は」


 豪快にコーラを飲み干すと、プハァと幸せそうな声を漏らす天野。


「それくらい天野が頑張ったってことだ」


「ん~? なになに? 今日はやけに褒めてくれるじゃん」


 ニヤニヤとした表情で近づいてくる天野に、


「あんだけ大盛況のライブを成功させたんだ。褒めないわけないだろ」


 会場の熱気と熱狂。瞳に焼き付くステージ上の天野。

 まだ余韻が少し残っている。

 ファンを魅了しただけではない。というより、俺が完璧に魅了された。


「ふーん、相変わらず瑞稀くんは褒め上手なことで」


「そりゃどーも」


「まぁ? 頑張ったからご褒美の一つや二つくれてもいいんだよ?」


「この状況がご褒美なんじゃないか?」


「それはそうだけど~。もっとこう、なんか特別な何かが欲しいなぁ~って」


「ケーキとかか?」


「ちがうちがう。なんていうの? 私が喜びそうなことをしてもらいたいな~」


「ケーキじゃ満足しないと?」


「嬉しいけど、そうじゃないんだよね~」


 天野が嬉しい何か。

 この状況ならベッドに押し倒して行為を始めるくらいしか思いつかない。

 絶対されて嬉しがるとは思うが、それじゃない感が否めない。


「おいおいそれは分かるとしてさ~? 瑞稀くん、今日はありがとね」


 改まった顔をして、天野は俺の顔を見る。


「なに、いきなりどうした?」


「今くらいしか言う機会ないと思ったからさ」


「俺、別になにもしてないと思うんだが」


「瑞稀くんはそう思ってるだろうけど、私にとっては超ありがたかったの」


「もしかして、笑顔を届けたっていう話のくだりか?」


「あたり」


 と、目を閉じながら天野は俺の肩に頭を乗せる。


「私さ、瑞稀くんと出会うまでねアイドルになった事を正直後悔してたんだ。プライベートがなくなって、いつも誰かに監視されて、仕事が忙しくて友達も出来ないし遊べないし、嫌な事ばっかだったの」


 肩に頭を預け、グラスを両手で持ちながら、天野は自分の過去の話を始めた。

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