第29話 ノックすれば?

「お、丁寧に瑞稀くんの分まで」


椅子に座り、机に置いてある差し入れを見ながら天野は関心する。


「ホントだ、川俣様だって」


お弁当や飲み物の近くに置いてある添え書きには、『天野様 川俣様』と書かれていた。


「これ、萌花ちゃんが書いたやつだ」


「マジ?」


「うん、字がそうだもん」


「めっちゃ丁寧だ」


「いちよう社会人だし、偉い人だからねぇ~」


「ギャップが凄いな」


「あー見えてキッチリしてるからね~」


「表には見せない所でしっかりしてる系キャラなのか。一番人気高いヤツ」


ギャップ萌えに落差があるほど人は好感度がある。例えば、表では清楚系キャラなのに裏ではビッチだとか、勉強できない系に見えるのに、頭いいキャラだとか。


「タイムスケジュールとか、連絡がマメだし、案外仕事してるんだよあー見えて」


「元アイドルっていうのが仕事とやっぱ関係してるのかな」


「じゃない? じゃなきゃライブのアドバイスとかもしてこないし」


「アドバイスとかもしてくれるのか?」


「そうだよ、しかも言ってる事が的確すぎてムカつく」


不満そうな顔をしながら天野は眉を細める。


「元アイドルね~、しかも人気だったならいい先輩じゃん」


「マネージャーってのは肩書きみたいなもので、私的にはぶっちゃけ先輩っていう関係性が一番表現しやすいかもしれない」


「肩苦しい関係よりそっちの方が楽だと思うけどな」


グループメンバーみたいに仕事だけの関係よりかは百倍いい。

それだけの関係の人だけだとアイドルなんて続けられないと思う。

青木さんの事を話している俺達の所へ、


「へいへ~い! 準備できたから移動するよぉ~!」


ドアが勢いよく開けると、ハイテンションの青木さんが部屋へと飛び込んできた。


「ノックくらいしたら?」


刹那、ドアの方へ冷血な目を向ける天野。


「ごめん~、でも結構急ぎで打ち合わせだから早く行かなきゃマズいんよね~」


「ならもっと早く呼びにくればよかったじゃん」


「こっちも仕事が色々あるんですぅ~」


「とりあえず早く行こう」


「あ、打ち合わせはいちごちゃんと私2人で行かなきゃいけないから、瑞稀くんは待っててもらわないと」


俺の方を見ると片手でサインしてくる青木さん。


「全然大丈夫ですよ、行ってもらって」


「なんか朝から来てもらったのにごめんね~」


「いえいえ、こちらこそ朝からお邪魔してすいません」


軽く会釈をしながら言う俺に、


「今はなにも出来ないけど、後で覚えてなさい」


と、天野は頬を膨らませながら言う。

なんで不機嫌そうなんだ? 天野を置いてきぼりにして2人で話してたからか?

しかも後で覚えてろって、何されるんだ……俺は。

楽屋でヤるってことは……いや、天野なら十分ありえる話だ。


「そいじゃ、留守番頼んだ!」


「また後でね、瑞稀くん」


テンションが正反対な2人は、揃って楽屋を出て行く。

ドアが閉まると、楽屋で起きそうな展開をボーっと想像しながら用意されていたお茶を一口飲むのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る