第52話
訓練の一環として、突然始まった鬼ごっこ。真新しい装備にまだ慣れていないヒロたち新人四人の動きは鈍い。
一セット目、動きに精彩を欠いている上に、要領を掴みきれていない四人は、鬼役の二人をろくに追い込むこともできなかった。
どうした、そんなもんか? アレックスは新人たちを揶揄うように言った。
少しの休憩を挟んで、二セット目が始まる。四人は気合いを入れ直し、グエン一人にターゲットを絞った。お互いに声を掛け合い、途中からはやや引いた位置から、ホセとキムが代わるがわる指示を出したり、工夫も見えるようになった。それでも、熟練した動きの二人を捕まえることはできなかった。息の上がってきた四人を見兼ねて、リカが休憩している彼らのそばに来た。
「だいぶ疲れてるね。私が指示出すから、それに従ってやってみて」
インターバル休憩を終え、リカの指示の元で三セット目の鬼ごっこが始まる。全体が見渡せる位置にリカが陣取り、自分の視界を画面共有しながら、追い込むポイントをいくつか定めた上で、一人一人にルートの指示を出す。
リアルタイムに表示される指示に従って、一人ずつ追い込んでいく。それでも、あっさりとはいかなかったが、制限時間内になんとか二人を捕まえることができた。
「まあ、こんなもんね。バイザーの使い方も分かってきたでしょ。私がやったようなことは全員ができるようにしておくこと。じゃ隊長、後はお願い」
「リカ、お疲れ。クラとグエンもお疲れ。二人は少し新人に優し過ぎたんじゃないか」
グエンは三セット目の最後、追い込まれた際に本気で逃げようと試みたようだ。ヘルメットを脱ぐと髪が濡れてグショグショになっていた。手を抜いたんじゃないかと言うアレックスに向かって、手を振って否定しながら、その場を離れて行った。
「みんな、さっきはよくやった。グエンもあの通り本気だったみたいだ。普段からコミュニケーションが取れているからだろうな、連携も良かった。初日から飛ばし過ぎても仕方ないから、今日はこれで終わりだ。明日からは、前半は基礎と対魔獣の訓練。体力魔力のトレーニングをして、実戦でのナイフや魔法の使い方を教える。後半は、分隊としてどう活動するか。いかに連携が大事かっていうのは、さっきので分かってもらえたと思う。体を動かすだけじゃなく、今までの映像資料だったりを見ながらの座学もあるからな。そこのルーカス、残念そうな顔しない。スクールの課題、研究もあるだろう。そっちもしっかりやるように」
アレックスはありがたい訓示を終えると、装備の点検と手入れの仕方をヒロたちに教えた。それが終わると新人四人は地下のロッカールームに向かった。
ヒロたち男子三人はキムと別れて、男性用ロッカールームに入ると荷物を素早く仕舞った。タオルと着替えを持って、シャワー室まで競争する。
ルーカスが今日も無駄な競争で勝利を勝ち取る。
シャワーを浴び始めると、訓練を終えた別分隊の新人ガードたちも続々とシャワー室に入ってくる。
「あー、疲れたー」
にわかにガヤガヤし出したシャワー室に、一際大きな声が響いた。別分隊のクラスメート、ロンデルの声だった。
「誰だ。疲れたなどと、腑抜けたことを言ったやつは」
ほぼ個室になっている仕切りから、クリストファーが飛び出した。
クリストファーは声の主がロンデルだということは分かっていないようだ。これは面倒なことになったとヒロは思った。
「ガードとして独り立ちする為の訓練の記念すべき初日に、よくもそんな事が言えたものだ。私のクラスの同胞で、そんなことを言う者はいない」
場は鎮まりかえっているが、彼のクラスメートたちはブンブン首を振って頷いているに違いない。
クリストファーは歩き回る。ヒロの個室の前で立ち止まると、またお前かという表情をした。
「俺? 俺じゃないけど、俺でいいよ。慣れない装備付けて訓練したから、あー疲れたな。お前も疲れただろ、お貴族のクリストファー・ビーチャム公爵?」
「なんだとヒロ? 自分ではないなどと、言い訳じみたこと言わずに、はっきり自分だと名乗り出たらどうだ。そもそも私は公爵ではない。呼びかけるなら閣下が正しいが、そんなことはどうでもいい。まったく軽口ばかり叩いて仕方のないやつだ。ガードになる覚悟もない、半端者が」
「なんでお前にハンパもんとか言われなきゃならねえんだよ。気取り屋の裸の王様がよ」
一触即発かと思われたが、周囲からどっと笑いが起こる。ヒロの言ったとおり、クリストファーは比喩ではなく一糸纏わぬ裸だった。
「貴様はそうやって人を辱めるのか。卑怯者め。許さんからな」
クリストファーは顔を真っ赤にして、引き下がっていった。それからのシャワー室には水音だけが響いていた。
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