第51話
「訓練期間は一ヶ月しかないと思ってくれ。十一月になったらいつ任務を言い渡されても不思議じゃない。死ぬ気でとは言わないが、必死で頑張れ。十月の最終週には、五日間の行軍訓練をする」
死ぬ気と必死、果たして死までの距離はどちらが遠いのだろうか。どうでも良いことをヒロは考える。アレックスにそんな無情な宣言を言い渡されてから、ヒロたちは点検を終え、真新しい装備一式に身を包んだ。
黒いヘルメット、濃紺の制服、ダイアウルフの革の裏地付きプロテクターとブーツ、銃を持っていないだけで軍人にでもなった気分だ。身体は妙に重いが、なんだか誇らしかった。
手始めに外周だ。アレックスの号令で、ヒロたちはアリーナ外周を五周した。魔力をジリジリと削られながらの外周は思っていたよりもキツく、慣れないプロテクターとヘルメットが酷く重く感じられた。
年長者四人は身軽な様子で伴走しながら、ヒロたちの身体の使い方、装備の付け方に適宜指導を入れていく。新人勢が汗だくになっているのに、彼らは顔色一つ変えていない。
外周を終えると、さっきまで高まっていた気分はすっかり萎れていた。
「よーし、じゃあ少し休憩するか。休憩は三十分。栄養と水分を補給して、身体を少しでも休めておけ。休憩終わりから、ヘルメット使いながら遊ぶぞ」
アレックスの合図とともに、ヒロはその場に寝転がった。最近は日本にいた頃よりも身体を動かしていたと思っていたが、こんなにキツかったのは久しぶりだ。
周囲を見回すと、ヒロたちより先に休憩している隊が二つ、まだ訓練を続けている隊が一つあった。格好が同じなので誰がどの隊にいるのか分からなかったが、新人とベテランは動き方ですぐに見分けがついた。
ルーカスが装備を外しているのを見て、ヒロもすぐに真似しようとした。
「こら、ルーカス。ヘルメット以外の装備外さない。付けっぱなしにして、慣れるのも訓練の一環なんだから。はい、すぐ付ける。ヒロも外そうとしてたでしょ。ちゃんと見てるからね」
リカは、ルーカスを注意するついでに、ヒロにも声を掛けた。バレていたらしい。
装備を付けたまま、支給された糧食の中から手軽なものを選んで、水と一緒に流し込む。眠気に襲われたので、バックパックを枕に仮眠した。
「はい、みんな起きて。すぐ起きないと死ぬよ。任務中は誰かが見張ってなかったら危険なんだから、勝手に寝ないように。でも、すぐ寝られるのは良いガードの条件。そこは褒めてあげる」
リカは、仲良く眠っていた四人を起こすと、ヘルメットの使い方を教え始めた。時刻は午後三時を少し回ったところだった。
「はい、じゃあ端末から。任務中は、もしもし、なんてやらないからね。ヘルメットにスピーカーとマイクが内蔵されてるから、やり取りはそれでする。スピーカーもマイクも振動を利用してて、周りの音が邪魔にならないようになってる。で、一番重要なのがバイザー。おでこのところから少し出てるでしょ。それを引っ張り出して。そう、それ。視覚補助としては、暗視、望遠、赤外線、色々なモードがある。メインはそんなんじゃなくて、視覚の共有だったり、リアルタイムで出される指示の確認だったり。分かりやすいところでいうと、ドローンの映像を表示するとかかな。任務中によく使うから、とにかく慣れて」
リカの説明もそこそこに、ヒロはヘルメットをいじりだした。他の三人も興味津々なようだ。
こうか。ホセの何かを納得した声と共に、ヒロの視界の右下にテキストが浮かび上がった。読んでみると、それはみんなの発言内容で、音声がテキストに変換されてチャット風に表示されていた。
ルーカスのびっくりした顔が左上に表示される。ホセの視界が共有されているようだ。ホセがいじるので、あちこち表示が出たり消えたりする。
すぐにホセの周りに集まって、ああでもないこうでもないと操作方法の学習会が始まった。
「ちょっと待て待て。お前たちがそういうのが得意なのは分かったから、待ってくれ。細かい機能は、後でゆっくり調べてくれて構わない。まずは基本的な機能とそれを実践でどう使っていくかを教えるから」
十代の若者の知識欲に圧倒されつつ、アレックスは手順通りの説明を始めた。説明を大人しく聴きつつも、ヒロたちはそれぞれいじる手を止めない。
アレックスは基本操作の説明にすっかり飽きてしまったヒロたちを呆れた顔で眺める。
「お前たちのその顔だと基本操作は大丈夫そうだな。じゃあ、早速そいつを確認させてもらう為にも、クラとグエンの二人を追いかけてもらおうか。他の隊のみんなにぶつからないように気を付けろよ。制限時間は五分。捕まえられたら、それで終わり。捕まえられなければ、捕まえられるまで何セットでもやってもらう」
はじめ。状況がさっぱり飲み込めない中、アレックスの合図で、すぐに鬼ごっこがスタートした。
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