第50話
任命式を終えた翌日、ヒロは家族水入らずでゆっくりとした日曜を過ごした。
月曜日、新しいスケジュールでの生活が始まった。午前中は今までどおりに授業を受け、午後からガードとしての訓練を受けることになっている。
昼食を終えたヒロたち三人は、カフェテラスを後にした。集合場所のアリーナまでの間、いつもよりルーカスの口数は少なく、慣れた道が遠く感じた。
アリーナの入口にはアレックスとリカが待っていて、バラバラと集まってくる新入りガードたちをそれぞれの持ち場に案内している。
建物の中には四か所に分かれて荷物が積み上げられていた。それぞれの場所に大人のガードが待っていた。
ヒロ、ルーカス、ホセの三人は、四か所のうち一番奥、アジア系の男女が待っている場所を案内された。キムも少し遅れて、同じ場所にやってきた。
小柄でショートカットのすばしっこそうな女性はタイ出身で、クラ・シリラックと名乗った。男性はベトナム出身でグエン・ミン・フォンというらしい。ヒョロリと背が高いが、分厚いルーカスと比べると身長に大した差はないのに小さく見える。
クラが二十一歳で、グエンは二十二歳。アルディオンに来た時期も近く、同期みたいなものらしい。
ヒロは二人を見るのは初めてだったが、皆は顔見知りらしい。ヒロが簡単に自己紹介していると、アレックスとリカがやってきた。
「みんな揃ったな。これから、当面の間はこのグループで活動していくことになる。グループと便宜的に今言ったが、これからは正式に分隊と言うように。エスペランサが率いる第二小隊の第六分隊だ。メンバーは隊長の俺アレックス・ワイスマンと副隊長のリカ・アライ、クラとグエンに新人四人の全部で八人だ。よろしくな」
ヒロはクラとグエン以外は見知った顔ばかりだったので、少し安心した。エスペランサは結構偉いとは聞いていたが、小隊長だったらしい。
「小隊とか分隊とかいうと軍隊っぽい感じだけど、小さい所帯だし階級分けがある訳じゃない。普段は今までどおりで大丈夫だけどな、訓練と任務の最中はちゃんと命令を聞くように」
了解、今まで気の良い兄貴分だったアレックスの言葉に、新人四人は戸惑いがちに返事する。
表情の曇った四人を見て、リカが横から付け加える。
「補足説明すると、小隊は全部で六つあって、それぞれに担当するエリアがある。第一は、あなたたちのお隣のクラスの生徒たちが配属される予定で、アルディオン防衛とユーラシア大陸東部担当。第二は、ヨーロッパと北米担当。他もそれぞれのエリアを担当してる。と言っても、どこも人手不足で手の空いた部隊がカバーし合ってるのが現状。特に第二小隊はあちこちカバーすることが多い。新設の第六分隊は、たぶん一番平均年齢が若いんじゃないかな。若さを活かして頑張っていこう!」
リカは能天気に頑張っていこうなどと言っているが、それを聞いたヒロは嫌な予感がした。彼女がわざと明るく振る舞うのは、相手を不安にさせないよう気遣う時だ。これからの訓練は厳しいものなのだろう。
アレックスに促されて、クラとグエンが新人四人の前に立った。
「ここから自分の分のボックス持っていって。その辺にばらけて座って」
「ボックスには名前が書いてある。これから中身を点検してもらうから、少し周囲に余裕を持って座ってくれ」
ヒロは自分のボックスを見つけると、それを抱えてルーカスとホセの間に陣取った。ボックスは両手を目一杯広げてようやく抱えられるくらい大きい。身体強化のお陰であまり気にならないが、普通であればかなり重いはずだ。
「じゃあ、まず一番上に置いてある端末を手に取って。それがガードとして活動する時に使う専用端末だから。すぐアクティベートできるから、ちゃっちゃとやっちゃって」
端末はすんなり起動した。ヒロ専用の物としての設定もすぐに済んだ。
「はい、オッケー? じゃあ次、連絡用のアプリ開いて、配布物チェックするよ」
クラが、アプリ内に表示されているリストを読み上げていく。制服三着、プロテクター各種、ヘルメットに靴、バックパック、応急処置キット、サバイバル用具一式、コンテナから次々と物が出てくる。
早口でクラが読み上げ終わると、慣れていないのかグエンがやや固い口調で説明を引き継いだ。
「えー、配布物に漏れはなかったかな? じゃあ、続ける。制服は魔力を伝える素材を織り込んだ特注品なんだ。あんまり雑に扱わないで欲しい。ガード任命式のちょっと前に健康診断しただろ。あの時、採寸もしてみんなにピッタリ合うように作ってある。大切にするんだぞ。それでプロテクターには、ダイアウルフ。いつもみんなが狼って呼んでるアレ。アレの革を使ってる。あとヘルメット。これが地味に重要だ。色々ハイテクで壊すと装備係から本気で怒られるからな」
言い終えて、ホッとした顔をするグエン。
グエンの肩をアレックスが労うように叩て、後を引き取った。
「最後にこの前、一旦預かったナイフを返すぞ。みんな来てくれ」
ヒロは荷物を跨いで、アレックスに近付くとナイフを受け取った。身体が少し重くなった気がしたが、気のせいだろうか。
「お、ヒロ気が付いたか?」
「いや、なんか怠い気がして」
「そうだ。初めのうちは怠くなる。さっき制服は魔力を伝える素材で作ってあるって、グエンが言ってただろ。ナイフもプロテクターも同じで、ガードの装備品の多くは魔力を帯びることのできる素材でできてる。魔力を帯びていないナイフじゃ、魔獣は傷付けられないし、プロテクターは攻撃を防げない。そんな装備品のの魔力供給源はお前たち自身だ。ということで、今のヒロは絶えず魔力を吸い取られている状態だ」
「そんなの大丈夫なんですか?」
「まあ、はじめのうちは大丈夫じゃない。だが慣れるしかないからな。訓練では基本装備一式を常に装着してもらう。魔力酔いがつらいかもしれないけどな。しっかり着いて来いよ」
嫌な予感が的中した。どうにか頑張ろうと思っても、不安は拭えなかった。
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