第48話

「新しいガードたちに祝福と喝采を!」


 誰が叫んだのか、その一声を皮切りに礼拝堂前の広場が歓声に包まれた。続けて、何発もの花火が上がる音がした。

 クリストファーたちは待ち受けていた街の住民に囲まれて、そのまま引きずられるようにして群衆の中へと消えていく。

 キムはミラにガードになれた喜びを伝えるのに一生懸命で、クラスリーダーの職務を放棄してしまっている。

 ルーカスがクラスの先頭に立ち、礼拝堂を出ようと歩きだす。

 ヒロは参列席に座る春子とアヤを見つけた。母が目元をハンカチで拭っているのに気が付くと、彼女に向かって微笑んだ。

 春子は泣いているのか笑っているのか、よく分からない表情のまま何度も何度も頷いていた。

 

 広場に出ると、ルーカスたち一行にも手荒い歓迎が待ち受けていた。ヒロは見知らぬ先輩ガードたちに変わるがわる肩車をされながら、広場を三週した。

 ガードと住民たちが一通り騒ぎ終わって満足すると、ようやく解放された。

 いつもは何もない広場だが、今は大小のテーブルがいくつも用意され、料理が振舞われている。

 ヒロは仲間たちと家族の座るテーブルをどうにか見つけ出し、ようやくそこに腰を落ち着けることができた。

 それでも、座っているヒロたちの元に、入れ替わり立ち替わり祝いの言葉を述べに住民がやってくる。

 昼も近くなっていたからか、緊張のため朝食をあまり食べられなかったからか、とてもお腹が空いていた。ヒロはテーブルの上に用意されていた食事を、隙を見ては口に運んだ。

 料理に夢中になっている間に、ルーカスもホセもキムもテーブルからいなくなっていた。いつの間にか取り残されていたヒロは、ルーカスの母トリーに見つめられていることに気が付いた。


「ヒロ、よく食べるわね。そんなにお腹空いてたの?」

「いや、朝は食べる時間なくて」

「そうなの。ヒロは食べっぷりがいいから、私は好きよ。そんなことより、ヒロ、おめでとう。私も春子と同じで素直に喜べないところはあるけれど、今日だけはそれは忘れてお祝いしましょう」

「おばさん、ありがとう。心配かも知れないけど、暖かく見守ってくれると嬉しいよ」

「それにしても、ウチに初めて来た時のヒロはあんなに心細そうな顔をしてたのにね。あの時はウィリーの小さい頃を思い出して、思わず抱きしめそうになったのよ」

「そんな顔してたかな。いくらなんでも泣き虫のウィリーと一緒にされるのは……」


 いつの間にか隣に座っていたルーカスの弟ウィリーが、不貞腐れた顔をしてヒロのシャツを引っ張る。ウィリーは、すっかりヒロに懐いていて、揶揄われるとすぐに泣きそうな顔で怒る。


「ウィリーは良かったわね、お兄ちゃんが増えて。じゃあ、ヒロ。今日はあの時と違って、逞しくなったあなたを抱き締めさせて」


 最近、すっかりハグ慣れしたヒロは、照れもせずハグに応じた。トリーのハグは、ヒロを応援する気持ちと心配する気持ちが混ざった、暖かく力強いものだった。

 それからもアレックスやリカ、エスペランサに寮の管理人夫婦ナターシャとドミトリー、知っている顔やあまり知らない顔が次々とやってきては去っていった。

 スクールの教師たちもバラバラにヒロの元にやってきては、祝ってくれる。しかし、その祝いの言葉の後には、「ガードになったからといってスクールを卒業したわけじゃないんだから、これからもしっかり勉学に励むように」示し合わせたかのように決まって同じ台詞を言ってくる。

 武術教師のパーヴォが最後にやってきた。

 ヒロは「これからもスクールには通うのでご指導ご鞭撻の程お願いしますそして今日はありがとうございます」と、先に一息で言ってしまった。

 すっかり言いたいことを言われてしまったパーヴォは、うんそうだな、おめでとう、と言うのがやっとだった。あまり困った顔をするので、申し訳なくなったヒロがフライドポテトの皿を差し出した。

 パーヴォは、謎の手刀てがたなを切ると、カタジケナイと礼を言って、皿ごと受け取って別のテーブルへと去っていった。

 広場に集まる皆が、家族や仲間たちと他愛もない話をしながら、晴れた空の下、穏やかな陽気の土曜の午後を楽しんでいる。

 皆が笑顔で笑い声が溢れ、広場は幸せな喧騒に包まれていた。

 楽しい場ではあったが、あまりにも多くの人に祝われるものだから、祝われる立場のヒロもさすがに疲れてしまった。

 トリーには素直に礼が言えたが、家族とは何だか照れ臭くって、あまり会話が続けられない。腹も満たされてきたので、いつまでもテーブルにいるのも良い加減気詰まりに感じてきた。

 ルーカスたちは戻ってくる気配もない。トイレに行くのを口実に、ヒロはその場を離れることにした。

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