第47話

 九月最後の土曜日になった。

 その日の礼拝堂には、ガードに任命される者とその家族、そして教師たちとガード組織の幹部数名がいた。

 辺境と言っても差し支えない場所の田舎町アルディオン、そんな場所にしては意外な程、礼拝堂だけは立派な造りをしていた。それは真新しい壁に囲まれたスクールエリアに隣接して建っているが、数十年ではきかないくらいの昔から存在している建物だった。

 鉄道駅が作られる以前、かつての街の中心に建てられた礼拝堂は、辺境だからこそせめて心の拠り所だけは立派に、先人たちにそう考られて建造されたのかも知れなかった。

 ステンドグラスを透かして、太陽の光が礼拝堂の中を照らしていた。


「一同、起立」


 皆の前に立ち進行役を務めるミラが、ガード候補者たちを起立させた。それから、礼拝堂の最奥、神像の前の祭壇に立つ教主タラスに注目するよう促した。


「あれだね。今日くらいは真面目にやらないと怒られるんだけどね、君たちは未成年者としては初めてのガードなんだ。今日まで、勉強に訓練に大変だったと思う。自分たちの故郷から遠く離れた、こんな田舎、いや、ド田舎にいきなり連れて来られて、それでも投げ出さずにこの日を迎えてくれた。本当にそのことには感謝している。いくら褒めても褒め足りない。そうだな、君たちが大人になったら酒の一杯でも奢らせてもらってもいいと思ってしまうくらいだ。もっとも、こう見えても私は聖職者だから、酒は控えているのだけれどね」


 タラスはニコリとして、たっぷり間を取りながら周りを見回したが、笑う人間はどこにもいなかった。


「まあ、あれだ、あまり話が長くなってしまっても嫌われてしまうだけだからね。手短にいこうじゃないか。私は、今日の日を無事に迎える事のできた君たちを誇りに思っている。この新しく、まだまだ未熟な国、アルディオンを支える新しい力が君たちだ。本当なら君たちがもう少し大人になってから、この仕事は任せたいんだが、どうしても今、君たちの力が必要だ。だから君たちの力を貸して欲しい。私たちと一緒に、世界中に広がる脅威から人々を守るために。そのために、授かったその力を、どうか。どうか、その力を我々と共に奮って欲しい。今日、君たち十八人を、我々人類の守護者の一員として迎える」


 前半のグダグダぶりとはうって変わって、後半のタラスの演説のトーンは力強く、その場にいる者たちを鼓舞するような響きを帯びていた。

 それはとても短かかったが、ときおり大きな身振りを混ぜながらも、ゆっくりと一人に一人に話しかけるようにして、聞く者全てに静かで確かな決意を促すものだった。

 演説が終ると、厳粛な雰囲気の静けさが礼拝堂を満たした。束の間続いた静けさに終わりを告げたのは、ミラの声だった。


「それでは、一人一人祭壇の前に進みなさい。教主タラス・シェレスより、ガードの証であるナイフが授けられます」


 最前列の左端に立っている隣のクラスの優等生、ヒロの大嫌いなクリストファー・ビーチャムに、ミラは目だけで合図をする。クリストファーは、ゆっくりとした足取りで祭壇に近付いていく。

 タラスは、祭壇脇に置かれたテーブルから一本のナイフを取り上げると、クリストファーに手渡した。クリストファーに続いて、デニス、ラナー、ティモシー、双子のマーガレットとジェフリー、インディラにベス、ティモシー、そしてジョージャ。隣のクラスの生徒たちが順番にナイフを受け取っていく。

 最後に一際背の高い女の子、ヘゲがキョロキョロしながら祭壇に向かって歩いていく。彼女はヒロを見つけるとヒロに向かってウィンクをしてみせた。

 この場面で何故、ウィンクをしてくるのかヒロはさっぱり理解できなかった。理解はできないが、なんだかドキドキした。

 もたもたしているヘゲを見兼ねて、クリストファーが咳払いをした。ヘゲはヒロに向かって舌をペロリと出した。それから慌てた様子もなく堂々とタラスの前まで進むと、ナイフを受け取った。

 次はヒロのクラスの番だ。先頭のキムが歩き出す。いつもと違って、動きがぎこちない。ミラが前を通り過ぎるキムに向かって、微笑みながら何か言っているのがヒロから見えた。ミラのおかげで肩の力が抜けたキムは、いつものように少し顎を上げながらツンとした表情で堂々と歩き出した。

 キムがタラスからナイフを受け取ると、ルーカス、ホセが続いた。その後もクラスメートのファン、ロンデル、スーラ、エリスと次々にナイフを受け取っていく。最後に一番最近クラスに加わったヒロが祭壇に向かう。

 視界の右側で、ヘゲが自分に手を振ってきているのが見えた。本人は小さく手を振っているつもりかも知れないが、身体が大きいのでよく目立つ。クリストファーはそれを止めさせようと小声で注意するが、ヘゲはそれを無視して手を振り続ける。

 ヒロは赤面したが、女の子に手を振られたからなのか、大勢の前に出てきたからなのか、よく分からなくなった。

 その時、タラスが祭壇の向こうからヒロの前に歩み出てきて、ヒロの肩に手を置いた。


「最後はヒロだ。ヒロは今回ガードに任命される生徒の中でも、特に訓練期間が短かった。それでも必死にみんなに追い付くよう、多くの努力を重ねた結果、今日がある。そのお陰で熱心なファンもできたみたいだしな」


 タラスの冗談にヒロは慌てるが、ヘゲは全く動じず笑っている。その様子を見て、生徒と保護者たちから笑いがこぼれる。


「済まない。ヒロが近付いてくるのを見て、つい嬉しくなってしまって。最後の冗談は良くないな。悪かった。不安そうな顔をして、私の書斎に入ってきた日のことが昨日のことのように思い出されてね。それが、今はこんなに立派な姿で私の前に立っているじゃないか」

「まあ五月のことなので、そんなに前のことじゃないですけど」


 揶揄われっぱなしが癪だったのでヒロが軽口を返すと、周囲から再び笑い声が上がる。


「そうだな、そんなに前の事じゃあないか。それなら尚更だ。この短い期間でよく頑張った。さあ、これがガードの証だ。このナイフを受け取ってくれ」


 大柄なタラスが前屈みになって、掌に載せたナイフをヒロの前に差し出す。ナイフは刃渡り二十センチないくらいで、目の前で見ると思っていたよりもゴツかった。黒革の鞘に納められ、持ち手も黒かった。

 ヒロは恭しく両手でそれを受け取った。

 一呼吸置いてから、みんなの方を向くと、ナイフを持った右腕を振り上げた。

 次の瞬間、礼拝堂内は拍手と歓声と何人かの指笛の音で満たされた。

 タラスも笑いながら手を叩いて喜んでくれている。ミラはこのセレモニーの進行予定が狂ったことに呆れつつも、仕方ないと諦め苦笑している。

 祝福の声は、しばし続いた。

 大柄なタラスの後ろから彼よりも一層大きな人物が現れて、何事か耳打ちをした。両手を大きく振り上げ、掌を何度か上下させると、タラスは皆を静かにさせた。


「建物の外じゃあ、街のみんなが新しいガード。つまり君たちを今か今かと待っているようだ。さあ外に出て、みんなに顔を見せてやりなさい。ああ、そうだ出る時にナイフは一旦席に置いていってくれ。後日、あらためて渡すから。クリストファー、さあ行くんだ」


 礼拝堂の中で浮かれる生徒たちが気に食わないのか、クリストファーは不機嫌な顔をしていたが、教主のタラスから直接声を掛けられた途端に機嫌を直した。大きな声でタラスに返事をすると、クラスメートを率いて勢いよく中央の通路を歩き出した。

 参列者の拍手を浴びながら、胸を貼ってクリストファーは歩く。礼拝堂の扉を勢いよく開けた彼は、眩い光に目を細めた。


「新しいガードたちに祝福と喝采を!」


 少年少女たちを祝福の声が包んだ。

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