第46話
課題と訓練、それぞれの研究をこなしながら、慌ただしくもそれなりに平穏な日々を過ごしていた九月。その最後の土曜日に、ヒロたちはガードとして正式に任命されることが決まった。
一週間前の金曜日のことだった、放課後に校長、ここにも校長というものがいたらしい、が生徒全員をアリーナに集めた。彼女は、そこで翌週の土曜日に任命式を行うことを告げた。
生徒たちは期待に胸を膨らませている様子だったが、校長の次に生徒の前に立った教師のキャサリンは、集合場所や時間、服装など細々と事務的な説明をしているだけなのに、どこか浮かない顔をしていた。
翌日の土曜、午前中に飼育棟で魔獣たちの世話を終えると、ヒロは昼過ぎに実家に帰った。
春子は新しく始める食堂のオープン前で忙しいはずだったが、その週末は仕事をまるっきり休んだ。
帰るなり、ヒロはガードに任命されることを誇らしげに報告した。春子はうんうん良かったね、とだけ答えて昼食を作り続けた。その土日はラーメン、唐揚げ、ハンバーグにカレー、高校生男子が好みそうな料理ばかりが続いた。
日曜日の晩、食卓を家族三人で囲む。ヒロがカレーをペロリと平らげた後、春子がゆっくりと口を開いた。
「ねえ弘、聞いてくれる?」
「なんだよ母さん、あらたまって」
「私はね。本当は、あなたがガードになることは反対なの」
「反対って、今さらなんだよ」
ヒロは自分がガードになることを否定されたように感じて、ムッとした。
「聞きなさい。家族として、あなたの親として、私はいつまで経ったって反対。彩香だって、本当は心から賛成してない。私たちはこの国に来て、楽しく快適に暮らしてはいる。私もそのことにはすごく感謝してる。でもね、それが弘が危ない目に合うことと引き換えだってことを、私たちは忘れられない。だから私はここでの暮らしが平和で安全で快適だったとしても、それを決して心の底からは喜べないの」
「引き換えだなんて、そんな風に思わなくていいよ。だって、母さんたちを安全な所に住まわせられるのは、本当にありがたい事だと俺は思ってる。自分が多少危ない目に遭う程度で家族が守れるなら、苦になんて感じない。それに、俺たちが、選ばれた…… のかどうかは分からないけど、力を授かった人間がガードとして頑張らなかったら、みんなが危ない目に会うんだよ。そんなの放っておけないじゃないか」
「分かってる。誰かがやらなくちゃいけないことだっていうのは分かってる。でもね、それをやるのが自分の可愛い我が子じゃなくたっていいじゃない。自分の子供がそんなことやるくらいなら、私がやる」
「何言ってるんだよ、母さん。俺は魔法が使えるけど、母さんは使えない。母さんに、俺の代わりができるわけないじゃないか」
「そう、できるわけない。だから、あなたがやってくれる。みんなが困っている時に、それを見ないふりをするような人間にはなって欲しくない。でも、やっぱり危ない目にも逢って欲しくない」
「それは……」
春子の隣に座っているアヤは、母親の震える手を握っている。
「一人の親として人間として、あなたにどんな声をかけてあげるのが良いことなのか、母さんは分からない。頑張って欲しいけれど、頑張ってしまって怪我をすることになったらと思うと応援なんかできない。でも、自分の責任を自覚して、誇りを持って動き出そうとしている弘のこと、そんなあなたのことを、私も誇りに思ってる。でも、本当にそんな風に思ってしまって良いのか分からない。誰に見られても恥ずかしくない行動を心がけなさいって言ったことがあるけれど、命が危ないくらいなら恥ずかしくてもいいって母さんは思う。だから、どうか怪我だけはしないで。絶対に帰ってきて欲しい」
母の切実な思いを聞いて、ヒロは返事ができなかった。できなかったが、ゆっくりつっかえつっかえ言葉にし始める。
「母さん、心配してくれてありがとう。でも、きっと大丈夫だよ。危ない目に遭わないように俺たちは訓練してるんだ。ルーカスやホセ、キムみたいな頼りになる仲間もいる。だからさ……」
「うん、知ってる。あなたたちが普段から頑張ってることも、ルーカスやキム、リカ、ホセって子も、みんなが良い子たちで頼りになるってことも。だから、みんな元気に帰ってきて欲しいの。約束できる?」
春子にこんな真剣な眼差しで見つめられるのは、いつぶりだろうか。反抗期だった中学生の頃、ろくな会話もせずに口答えばかりして、進路のことで喧嘩になった時以来だろうか。父親のいない家庭で、あまり反抗してはいけないとは思っていたけれど、あの頃はどうしても自分の感情を抑えきれなくて、事あるごとに母親に逆らっていたっけな。
あの頃はバカだった。なんであんな詰まらないことで反抗していたのか。そんな頃から比べると、ずいぶん遠くに来てしまったな。ヒロはここまでの道程に思いを馳せた。
「ちゃんと私の目を見て、約束して」
自分を見つめる春子の目の中に、今まで見たことのない不安の色をヒロは見つけた。ここで頼りない姿は見せられない、努めて明るい声で答えた。
「約束します。ちゃんと元気に戻ってきます」
「なら良し。母さんがこんなことを言う日が来るなんて思ってもいなかった。父さんが生きてたら何て言ってくれたんだろうね」
春子が最後に呟いた言葉に、ヒロは黙って頷いた。
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