第38話

「この後、予定ないだろ」


 武術の授業が終わり、ヒロが片付けを手伝っていると、ルーカスが声を掛けてきた。


「ないけど、どうして?」

「ヒロはどんな研究するか決めたのか?」

「まだ決めてないよ。ていうか、やっと今日初めて一日通しで授業受けたのに、そんなことまで決められないよ」

「だよな。だったら、しばらくオレの研究、手伝えよ。何か他にやりたい事ができたら、そっちやってくれていいから」

「別にいいけど、ルーカスって何の研究してるの」

「俺はアレだよ、動物のブリーダーみたいな、そういうアレだよ。な、ホセ?」


 ホセは一瞬微妙な表情を浮かべたが、すぐに笑顔になって頷いた。


「ブリーダー? ブリーダーって、ペットとか繁殖させる、あれのこと?」

「そうそう。そういうやつ」

「へぇ、ルーカスって動物が好きなんだ。まあ、どうせ今日は何していいか分かんないし、手伝ってみようかな。ホセは? ホセは、どんな研究してるの」

「僕はエネルギーに関する研究だよ。従来の常識じゃ魔法なんて有り得ないことだからね。それを物理学的見地からちゃんと見直してみようと思って。幸いなことにアレックスの指導教授がアメリカでも有名な研究者でさ、その教えを受けることができたんだ。それで、その研究室の設備も使って……」

「ホセ、ちょっと待った。ヒロ、これ最後まで聞くか? 相当長くなるし、これから出てくる単語は意味すら分からないぞ。それでも聞くか?」

「試しに聞いてみようかな」

「聞くのか。分かった。じゃあ、片付けも終わったし、寮に帰りながら話を聞こう。時間がなくなっちまうからな」


 他の生徒は既にアリーナを出てしまって、三人が最後になっていた。ルーカスはヒロとホセを先に歩かせて、自分はアリーナの扉を閉めてから、後を着いてきた。


「例えばさ、炎が出る魔法があるじゃない。あれって、何が燃えてるのか分かる?」

「いや、分からない。そもそも何か燃やしてるの、あれ」


 それはね……

 その後ホセが話してくれたことは、ヒロにはまるで理解できなかった。魔法が行使される時、何らかの力が物質に影響している筈だが、何も見つからない。燃焼という現象を起こす魔法の場合、魔力が燃料のような役割を果たしているという仮説を立てたが、その重要な魔力自体が観測できない。現在の科学力では魔法の仕組みがまるで解明できないので、魔法が使える自分自身が研究対象となって新たな発見をしたい、というホセのやりたい事だけはなんとか分かった。


「ありがとう、ホセがどうしたいのかっていうのだけは、すごく漠然とだけどなんとなく分かった。でも、何をどうやってっていうのは俺には理解できそうもないや」

「やった。動機は分かってもらえた」

「俺にもやっと分かったよ。今までは、いきなり物理学的にこうアプローチしたいんだ、とか言い出してたからな。何言ってるかさっぱり分かんなかった。そうか、そういうことがやりたかったのか」

「まあ、ルーカスがお前はどうしてそれがしたいのかってところからして分からないって、いつもいつも言うからさ。ちょっと整理してみたんだ。で、物理……」

「ごめん、ホセ。もう無理っぽいから、大丈夫。謎が少しでも解けたら、教えてくれよ。物理と化学の基本をもう一度しっかり勉強してから、機会があったら教えてもらうよ」

「そうか、じゃあその辺は僕も教えられるから、いつでも聞いてよ。僕らの力の源が何なのかっていうのは、とても大事なことでしょ。だから、ガードはみんな、絶対に知っておくべきことだと思うんだ。まだ何も分かってない僕が言うのもおかしいんだけど」


 照れ臭そうにするホセの顔は、その大人びた言動とは逆に、年相応のそれに戻っていた。


「それにしても、ホセは凄いな。まだ十四歳だろ。何でそんなに頭が良いの」

「そう言ってもらえて嬉しいけどさ、僕はずっと勉強ばかりしていたから。頭が良いとかじゃなくて、勉強しかなかったんだ。本当に勉強だけだった。この国に来て、初めて友達ができたくらいでさ。僕にとっては、それこそが誇らしい。ヒロ、これからも仲良くしてよね」

「ああ、もちろん。俺の方こそ、ホセとルーカスには良くしてもらってばかりで、感謝してもしきれないよ」

「なんだ、お前ら水くさいな。これからもどうせ毎日一緒に勉強するんだ。お互いに助け合っていこうじゃないか」

「ルーカスは、もうちょっと一人で勉強することも覚えた方が良いと思う。ねえ、ヒロ?」

「そうかも。今日の数学のテスト、ルーカスはこっちに来たばっかの俺より悪かったもんな」


 ルーカスはヒロとホセの間に割って入ると、二人の肩に手を回す。その手にグッと力入れて二人の顔を自分の方に引き寄せると順に顔を覗き込み、ニッコリと笑った。二人も釣られて笑顔になった。

 自分からそうしておいて照れ臭くなったルーカスは、二人の髪の毛をわしゃわしゃとかき乱した。

 それを止めさせようと二人はルーカスの腕を掴もうとしたが、ルーカスは逃げ出した。逃げるルーカスを追いかけ、三人でじゃれ合っていると、すぐに寮の前に到着してしまった。


「じゃ、ヒロはシャワー浴びて準備できたら連絡くれ。あ、それと汚れるかもしれないからな、オシャレはしてくるなよ。ホセは、また夕食の時に。じゃ、後でな」


 また後で、と言い合って三人は別れた。

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