第35話
『火花』くらいだったら丁度良いんじゃないか。体良くキムを追い払ったタラスは、自身の前に魔法陣を浮かばせた。
同じものをイメージしなさい。タラスに言われて、できる訳がないと思ったヒロだったが、簡単にそれは想像できた。そして目の前には、全く同じ魔法陣が浮かんでいた。
あまりにも簡単にできてしまったことに驚くヒロ。タラスはそんな彼に優しく微笑んだ。
次は何が必要かな。微笑みを崩さないままのタラスに問われ、すぐにヒロは「呪文」と答えた。二人して、鉄板の方へ手の平を突き出す。
『火花』。二人は同時に口にした。
タラスが突き出した手の平のからは、勢いよく火花が出ていた。一方のヒロからはちょろちょろと火花が垂れているだけだった。
魔法は発現したものの、同一の過程を経た先にあった結果の大きな差異に、ヒロの表情は微妙なものになってしまった。
それでもタラスは、そんなヒロを満面の笑みで褒め称えた。初めて放った魔法がちゃんと発現しただけでも十分だし、発現時間もとても長い、ヒロは魔法に愛されているに違いない。あれだけのことに絶賛が続くので、西洋人というのはこんなに褒めるものなのかと、ヒロは驚きと共に、嬉しさと気恥ずかしさを覚えた。
突然視界が歪む。フッと意識が遠のいたかと思うと、ヒロは自分が倒れるのを感じた。
「おっと」
タラスががっしりとした腕で、倒れるヒロの身体を抱き止めた。そのままゆっくりとヒロを地面に寝かせると、先程脱ぎ捨てたローブを拾って折り畳んでヒロの頭の下に敷いた。
ぐるぐると回る視界をどうにかしようと、ヒロは眉間を指で揉む。
「少しすれば治る。心配しなくていいから、そのまま大人しくしているんだ」
タラスに声を掛けられたが、ヒロは答えられない。
「そのままでいいから聞いてくれ。それは、魔力が枯渇したときに起こる症状だ。魔力酔いってやつだ。キムはああ見えて、過保護だからな。こうなるのが分かってたから、さっき止めようとしたんだ。私は、これでスパルタなところがあってね。自分で体験しないと納得できないこともあるだろう?」
ヒロは返事をしなかったが、タラスはヒロが聞いているのが分かっているのだろう、話を続けた。
魔法を使うには代償が必要で、それを魔力と呼んでいる。運動すれば疲れるように、魔法を使っても疲れる。きちんと食事と休息を取れば治るので、体力と似たようなものだと思っていればいい。
タラスは、しばらくは魔法の説明をしてくれていたが、昔は私もミラもよく魔力酔いになっていたなどという話から、二人がこの国を立ち上げるまでに苦労したエピソードを楽しげに話してくれた。当時は必死だったりしたのだろうけれど、そんな風に感じさせない語り口調で、ヒロは思わず何度か笑ってしまった。
目を瞑ったままのヒロの耳に、キムとミラの魔法談義が聞こえてくる。少し離れた場所にいたのが戻ってきたようだ。魔法陣の形状がどうのこうの言っているが、よく分からない。
それにしても、キムは二層の魔法を行使したのにけろりとしていた。ミラは三層の魔法すら使えるという。一層でもこんなに辛いのに、この先どれくらい大変な思いをしたら、二人に追い付けるのだろうか。ヒロはこれからの道のりの長さに、少し不安を覚えた。
「どう? だいぶ顔色良くなったじゃない。そろそろ、帰る?」
「ああ。そっちは、もういいの?」
「あんまり、二人を独占してるわけにもいかないでしょ。迷惑だから、そろそろ帰りましょ」
ヒロは目を開け、身体を起こしてキムに返事をした。目眩は収まっていた。これなら一人でも歩けそうだ。
キムはミラに今後のスケジュールを確認していた。名残惜しそうに会話を終えると、キムはヒロに向かって親指で寮の方向を指した。
「タラス様、ミラ様。ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとう。ヒロのような若者が仲間に加わってくれて嬉しいよ。これから、勉強に訓練に大変だと思うが頑張ってくれ。何かあったらいつでも教会に来るといい」
「はい。頑張ります」
ヒロはタラスとミラ、二人とあらためて握手をして別れた。
寮への帰り道、キムは軽口を叩くこともなく、時折ヒロの方を見遣りながら歩いていた。
キムと別れてから、ヒロは自室までなんとか戻ると、ベッドに倒れ込んだ。
夕食の時間になってルーカスたちが迎えに来る頃には、体調もすっかり元通りになっていた。夕食後はホセの部屋で勉強をして、いつものように一日を終えたのだった。
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