第31話
「教会に着く前に、この私が魔法の事を手早く簡単に説明してあげる。だから、ちょっと黙って聞いてなさいよ」
キムは少し背を反らし姿勢を整えると、顎をクイと上げた。見事なまでに表情がキリリとしている。無駄に。基本的には真面目な性格なのに、妙に自信家なところがあって、こういう場面でそれがコミカルに表れてしまうのが、玉に瑕だ。
「ちょっと何ぼんやりしてるの? ちゃんと聞いてなさいよ」
「ああ、うん。聞く。じゃあ、お願いします」
ふざけ気味にヒロが言っても、キムは意に介さず講釈を始めた。
「まず魔法を使うには、その魔法固有の図形と、それに対応する言葉を覚える必要があるの。図形は見た事あるでしょ」
「ある」
「その図形は魔法の素質がある人間なら嫌でも頭に入ってくる。だから、覚えるってほどでもないかな。そもそも魔法使える人間にしか図形は見えないんだけど。それも知ってるでしょ?」
「知ってる」
「よし。で、図形は正式には魔法陣て呼ぶことになってるから覚えておいて。レポートとかの書類には魔法陣てしっかり書くこと。まあ、面倒だから口では単に図形ってみんな呼んでる。図形と同じく大事な言葉の方は、呪文って呼ばれてる。ある図形には、それに対応した呪文がある。呪文は図形を見れば自然に分かるから覚えなくても大丈夫。とにかく、まず図形を発現させて、それから呪文を唱えると魔法が発動する。ここまでは分かったかしら」
「うん、分かった。図形を見れば呪文が分かるってどういうこと」
「なんか分かるの。訴えかけてくるっていうか。魔法使えば分かるから、今は気しないで」
「そう。随分親切設計なんだね」
「まあ、そうね。で、ここからが本題。図形一つで魔法を発動させるだけなら楽なんだけど、図形は重ねられるってことが分かっちゃったの。今のところ三層重ねた魔法が一番難しいんだけど」
「三層に重ねる…… 図形同士を組み合わせると、別の魔法になるってこと?」
「そう、あんたにしては意外と飲み込み早いのね。で、発動するかは別として組み合わせるだけなら、どんな図形同士でもできる。これがどういうことか分かるでしょ? 百種類の図形があったとして、単純に考えて百の三乗の魔法があるってこと」
「百の三乗って、百万てことか」
「そう。それをみんなで一つ一つ、文字通り手探りで研究してるのよ。まあ、三層の魔法が行使できるのは、私の師匠のミラ様しかいないんだけど」
「ミラ…… 聞いたことある気がする。誰だっけ?」
「副教主よ。偉い人なんだから、ちゃんと覚えなさいよ」
「タラスさんと、ミラさんか。覚えた」
話しながらも歩みは止めず、二人はガードエリアの出口までやってきた。出口には、のんびりした感じの守衛さんがいるだけで、キムが挨拶するとすんなり通してくれた。
エリアを出ると右手に大きな広場がある。その奥に教会が建っていて、そこは教会前広場と呼ばれている。何か行事があると、町中の人がそこに集まったりするらしい。
特に何もない今日は人影も少なく、教会前に数人の老人が固まって立ち話をしているだけだった。二人は広場を教会の方へと歩いていく。
「で、とにかく、中には発動させたは良いけど、何が起きたのかがよく分からない魔法もあったりするの。そんなだから、一つの図形の効果を検証するのにも時間がかかるわけ。それが二層にも三層にもなったりするのよ? 大変さが分かるでしょ? それに最近は図形の一部をいじれるってことも分かってきたりしてて。できる事が増えたのは良いけれど、広がり過ぎた可能性を前に、実際は途方に暮れてたりもする。ここまで分かった?」
「早口だったけど、まあ一応」
「あ、そう。分かったなら良し。で、その図形なんだけどね。基本となる図形は教主のタラス様の教導書に自然と浮かび上がってくるの。まあ、いつもタラス様が肌身離さず持っているから、誰も浮かび上がってくるところを見たことないんだけど」
「あれ? 教導書って、さっき誓約するとか言ってたのとは違うの?」
「それ、その教導書。とにかく魔法の源みたいな本ね。それと、教導書なんて誰も言ってなくて、普通は赤い本て呼んでる。格好付けたい一部の人は緋色の魔導書とか言ってるけど。イタイよね」
「あぁ、そうなんだ…… そうかもね」
『緋色の魔導書』、その語感がちょっと格好良いと感じてしまったのを隠して、ヒロは調子を合わせた。
「さて。ということで赤い本の現物を見に行きましょうか」
レンガ造りのそれなりに歴史のありそうな建物が、ヒロたちの目の前に建っていた。
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