第29話
「ヒロ、外行こ!」
最初の人見知りはどこに行ったのか、ウィリーはヒロの手を引っ張りながら、玄関を出て裏庭まで走った。
ルーカスも後から着いてきたが、二人を嬉しそうに遠巻きに眺めている。
ウィリーは八才の割に身体は大きくはないが、ルーカスの弟だけあって力が強い。しかもなかなか飽きてくれない。本気になってウィリーの相手を続けるうちに、ヘトヘトになってしまった。
一人で相手をするのは辛いと思っていたところに、ようやく家の中から声がかかった。
ヒロが手を洗ってダイニングに戻ると、ウィリーがここに座ってくれと椅子の座面を一生懸命叩く。テーブルの上には、山盛りの果物とうず高く重ねられたパンケーキがあった。
その横には赤いエビ的な何かが大皿に盛られていた。恐らく見覚えはあるが、食材として見たことがなかったそれに向かって、ヒロは思わず訝しげな表情をしてしまった。
ルーカスは笑顔でザリガニだと教えてくれた。去年取ったのを冷凍しているので、いくらでもあるそうだ。
「じゃあ、今日はヒロの歓迎会ね。たっぷり用意したから、気の済むまで食べてね」
トリーの一言を皮切りに、みんなが料理に手を伸ばす。
ルーカスはザリガニをたっぷり皿に取り分けてくれた。ヒロは殻を剥いて、恐る恐るその身を口に運ぶ。少しカニ感のあるエビだった。泥臭さもなく、プリプリとしていて、普通にというか、かなり美味しい。ヒロにとって久しぶりの魚介テイストだった。
ウィリーと遊んだおかげでお腹も空いていたので、殻が積み上がる程ザリガニを食べた。
「気に入ってくれたみたいで嬉しいわ。キムも良かったわね。ヒロはザリガニに夢中みたいだから、パンケーキを取られる心配はなさそうね」
女性陣が三人で笑い合う。
ヒロは気の済むまでザリガニを食べてから、デザートとしてパンケーキに果物を載せて食べた。
食べながら、それぞれの家族の話やアルディオンに来る前の話をした。友達やその家族と囲む食卓。何気ないただの食事の時間でしかないのに、今のヒロにはそれがとても心地良かった。
ゆっくりと食事をした後は、ルーカスとヒロとで皿洗いをした。皿洗いは普段ルーカスの仕事らしく、手際が良い。
食器を片付け終わって、リタとウィリーの提案でカードゲームをすることにした。
「なんで、ずるい!」
「誰でも負けることはあるんだから、そんなに怒らないの」
「やだ。こんなのつまんない」
「つまんないって、あんたがやりたいって言ったんじゃないの。じゃあ他のゲームにする?」
「リタ、うるさい。やだ。もうやらない」
負けて駄々をこねるウィリー。姉として、それをたしなめるリタ。ウィリーはリタに八つ当たりをする。
「ウィリー、痛いから叩かないで」
「うるさい。リタが負けてよ」
「止めてって、言ってるでしょ。叩かないでよ。負けてあげても良いけど、そんなことして楽しい?」
「別にいいもん。リタが負けろ。負けろ。バカ、バカ、バカ!」
「もう、痛いなっ!」
リタはしばらく我慢していたが、何度も何度も叩かれて、とうとう堪忍袋の緒に限界が来てしまった。
リタが押し返すと、ウィリーはあっさり吹っ飛ばされた。リタももちろん手加減はしていたが、この年頃の子の三歳差は大きい。
尻餅を付いたウィリーは驚きが先にきたようでキョトンとした後、一呼吸置いてから泣き出した。そんなウィリーの様子が可愛らしくて、ヒロたちが笑った。
笑われたのウィリーはそれも気に食わなかったのか、更に大泣きをした。
「ウィリー、泣かないの。ほら、おいで」
トリーがやれやれといった様子で腰を上げる。ウィリーに近付いて、ひょいと抱き上げると子供部屋に連れて行った。
ウィリーとトリーがいなくなって、四人でゲームを続ける。今度はリタの負けが増えてきた。
「ごめんね、リタ。ワザとじゃないんだけど……」
「さっきから、キムずるい。何でそんなに意地悪するの」
「いや、意地悪じゃないよ。そうじゃないんだけど、どうしても強いカードしかなくて。ごめんね」
「なんかつまんない。キム、ひどい」
負ける度にリタの機嫌が悪くなる。さっきまでのお姉さんぶりは何だったのかと思いながら、ヒロが彼女を宥めにかかる。
「ほら、リタ。さっき、ウィリーにゲームで負けても怒らないでって、言ってたよね。次はきっと勝てるから。楽しくやろう」
「ヒロには聞いてない」
リタはヒロをあっさりばっさり切り捨てた。ウィリーと違って、リタは全くヒロに懐かない。それを見たキムは勝ち誇ったように笑う。
「そんな冷たくしたら、ヒロが可哀想でしょ。次は勝てるかもしれないし、もう一回やる?」
「もういい。詰まんない」
キムはリタのご機嫌を取ろうとしたが、素っ気なくされてしまい、途端に困った顔になる。それを見て、ヒロとルーカスは下を向いて、必死に笑いを堪えた。
リタもダイニングから出て行ってしまうと、残った三人は勉強をすることにした。ヒロとルーカスは課題の残りをこなす。キムは時折ソファでうとうとしながら、二人の課題の面倒を見てくれた。委員長っぽいのは見掛け倒しではないらしく、頭は良いようだ。
晩御飯はトリーが事前に用意してくれていたローストビーフをメインにパン、スープとサラダだった。肉が出てきて、みんなのテンションが上がる。
昼寝をして、すっかり機嫌が治ったウィリーはヒロの隣でローストビーフをひっきりなしに口に運んでいる。ルーカスも大好物らしく、大きな身体でウィリーに負けじと肉を頬張る。好物が出たせいか、昼食に比べて食卓を囲むみんなの口数は少なかったが、晩御飯も楽しい一時となった。
明日は月曜日。小さい子たちも普通に学校がある。遅くまで遊んでいるわけにはいかないので、午後八時を過ぎると、三人は寮に帰ることにした。
キムの手を名残惜しそうに掴んで、なかなか離さないリタ。ヒロの足に絡みついて、引き剥がすのも一苦労だったウィリー。
ルーカスがいつもは俺にくっ付いてくるのにと、少し寂しそうにヒロとウィリーを見ていた。
「今日は楽しかったな。また来いよな。あと、ヒロの家族が来た時も、うちでパーティしようぜ」
帰りの車中で、ルーカスが満足そうな顔で言った。
午後九時前でも、アルディオンの空はまだ夕暮れの色をしていた。夜風は未だ、冬の名残りなのか冷たさを残している。
暖かな家庭で一日を過ごして、ヒロの心は少しだけ落ち着きを取り戻すのだった。
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