第27話
「そういえば、お母さんには電話してるの?」
「いや、なんだかんだでバタバタしちゃって。テキストではやり取りしましたけど」
「ダメよ、そんなの。早く連絡してあげなさい。ていうか、今すぐしなさい」
「え、今すぐですか。リカさんもいるし、嫌ですよ」
「恥ずかしがってもしょうがないでしょ。私が聞いてなくても、どうせ国外に連絡する時は記録されるんだし」
「え、記録されるんですか? 気持ち悪っ。プライバシーとかないんですか、この国」
「まぁ、スパイとかさ、色々あるでしょ。申し訳ないけど、しばらくは諦めてもらうしかないわ」
「国外に恋人とかいる人は会話盗み聞きされるんですか、嫌だなぁ」
「別にいつも誰かが聞いてる訳じゃないし、そんなに気にしなくても大丈夫。何か有った時の為に保存されてるだけだから。そりゃ誰だって良い気持ちはしないけど、仕方ないでしょ。そんなことより、早く連絡してあげなさい。モールに着いてからでいいから」
そう促されて、ヒロはモールの駐車場で通話をした。こちらが十時過ぎなので、日本は正午を少し回ったところだ。お昼の用意でもしているだろうか。
少し待ったところで、母の春子の声が明るい声が聞こえた。
ヒロは普段通りの声色を装いながら、無事に着いたこと、みんながよくしてくれていて元気なこと、何人か友達ができたことを伝えた。半日寝込んだ事は、心配を掛けるので言わないでおいた。
春子はヒロの無事を喜んだ。無事な顔を見せて欲しいと言われたが、ヒロは端末の調子が悪いとかなんとか言って誤魔化した。少し潤んだ目を見られるのが恥ずかしかったというのが、本当のところだったが。
一通り近況を報告し終わった後、春子は近々アルディオンに移ってくることを告げた。ヒロがこちらに来る直前に怒り狂っていた彼女からは、想像できないくらい穏やかな様子だった。
春子の話を聞いた感じでは、日本政府関係者に対する怒りや失望と、アルディオン関係者の誠実で迅速な対応の対比がそうさせているようだった。
仕事をきちんと引き継いで、ヒロとカヤの学校をはじめとした役所関係の手続きを済ませてから、さらに今の家の処分をするそうだ。どうしても時間がかかってしまうようだったが、それは仕方ない。
春子はヒロの父親の墓も持って行けたら良いのにね、などと冗談めかして明るい声で言ったが、その口調とは反対に凄く寂しいに違いなかった。
遅くなってしまってごめんね、ヒロは春子に謝られた。自分のせいで大変な思いをさせてしまったのに。ヒロはかえって申し訳なく思った。
東京も少しだけ落ち着きを取り戻しつつあるようだけれど、ヒロの学校は来週も休みらしい。ユカは大丈夫なのか、あの後どうなったかだけ聞いて欲しいとお願いした。それとアルディオンに移住してくる時には、自分の洋服も持ってきて欲しいと頼む。いつまでもジャージだけというのでは、困るのだ。
会話も終わりに近付き、春子はヒロのことを誇りに思うと言った。本当は危ない目には合わせたくない、そう涙声になりながら言ったすぐ後で。
ヒロはそれ以上はまともに話せそうもなかったので、みんな親切にしてくれるから大丈夫と言って、強引に通話を終えた。映像なしにしておいて良かったと思った。
母との通話を終えたヒロは、リカと買い物をした。昼食は前回同様、フードコートで食べた。いつもとほとんど同じ味がするハンバーガーは美味しかった。
二度目の買い物は、前回よりも早く終わった。
モールの駐車場を出ると街とは反対方向、草原のど真ん中に向けて、リカは車を走らせた。
全開にした窓から、青臭い風が吹き込んでくる。街がどんどん小さくなっていって、緑の陰に隠れてしまった。
道路を外れて、丈の低い草地の広がる一帯にリカは車を乗り入れた。
「どう? ここ凄いでしょ」
リカは車から降りて、座り込んだ。
確かに凄かった。陽光に照らされた赤い車が視界を遮る以外、あたりにはほとんど何もない。少し高くなったそこからは、遠くにアルディオンの街と灰色のドームが見えた。その後ろに、緑に覆われた低い山々が控えている。
「疲れたりすると、時々ここに来るの。こんな景色、東京じゃ見れないでしょ」
「そりゃ、こんな広い場所ありえないですからね。この前は広いだけで寂しいなと思ってたけど、なんか今日は気持ち良いかも」
「良かった、喜んでくれて。体調崩してたし、ちょっと心配してたんだ。ま、ルーカスとホセの二人とも仲良くなったみたいだし。もう大丈夫かな?」
「大丈夫かどうかは、まだよく分からないですけど。そのうち母さんと妹も来てくれるって言ってたし。とにかく、みんな良くしてくれるから、何とかなってます。そうだ、明日はルーカスの家に呼ばれてるんです」
「あら、そう。ルーカスって、本当に面倒見良いよね。これからも仲良くしてやってね」
「外国人の友達が二人も突然できて、なんか不思議な気分です。でも、特にあの二人とは前から友達だったみたいな感じがするんだよな。ちょっと楽しいかも、ここの生活」
「そっか。お姉さん、安心したよ。仕方ない事だっていってもさ、やっぱり未成年の子を連れてくるのは、申し訳ないなと思うんだよね」
「あんまり子供扱いしないでくださいよ。リカさんだって、大して大人じゃないくせに」
リカがあんまり申し訳なさそうにしているものだから、ヒロは敢えて生意気な口を利く。
リカは何も言い返さずに、ヒロの頭をポンポンと叩いた。
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