第26話
アルディオンで迎える初めての週末がやってきた。
一日休むとすっかり元気になっていて、金曜は午後中ゲームを遊んで過ごした。
今日は、細々した物を買いに、またリカと買い出しに出掛ける予定になっている。
身支度をしていると、ルーカスから普段より遅めの朝食に誘われた。ホセは後から来るようで、二人は先にカフェテリアへと向かった。
今日の朝食はワッフルだ。ワッフルマシンにワッフルのタネを自分で流しこんで、数分待てば出来上がり。バターとメイプルシロップをドバドバかけて、朝からハイカロリー。
バルナバス印のバターがすっかりお気に入りのヒロは、ざっくりと切り取ったバターを載せる。産地直送、鮮度抜群のものはこんなにも美味しいのだろうか。牛乳もコクがあって、異様に美味しい。高校生になってから牛乳離れが進んでいたヒロだったが、ここにきてから牛乳をよく飲むようになった。
「ヒロ、明日は一日空けておいてくれよ」
「空いてるよ。どうせ知り合いもいないし。何、どうしたの?」
「明日、オレの家に来いよ。新しい友達を俺の家族にも紹介したいんだ。母ちゃんの手料理も食わせてやりたいし」
「うん、ありがとう。行くよ、嬉しいよ」
心が弱っているからだろうか、ただ遊びに誘われただけなのに、ヒロの涙腺は決壊寸前だった。もう友達認定してくれているのが素直に嬉しかった。
そんなヒロに気が付くこともなく、ルーカスは視線をヒロの後ろに動かして、片手を挙げた。
「おはよう、二人とも。ヒロ、もうすっかり大丈夫そうだね」
「おはよう。ホセのお陰で、すっかり元気になったよ」
「なぁ、ホセ。お前も明日は俺の家に来るだろう?」
「ありがとう。でも、今週末は少しでも研究を進めておこうと思って。教授が来週アメリカに行くって言ってただろ? だから、それまでにできるだけ仕上げておきたいんだ」
「そっか。残念だけど、仕方ないな。また今度来いよ」
食後すぐに、ルーカスは家族の暮らす家に帰るらしい。
彼の実家はヒロたちが普段生活しているスクールエリアの外、車で五分の住宅街にある。そこには、ガードの家族が多く住んでいる。ヒロの家族もきっとそこに住むことになる、とルーカスは言っていた。
今夜は実家に泊まって、明日の朝十時にヒロを迎えに来る。そう言い残すと、ルーカスはさっさと部屋に帰っていった。
ヒロはボリュームたっぷりの朝食をゆっくりと味わった。ホセも研究で忙しいようで、さっさと食べ終わると出ていってしまった。
一人で部屋に戻ると、小さな窓から顔を出す。ガードエリアの奥には山があって、そこから緑の匂いがしてくる。雲はほとんどなく、新緑と青空のコントラストが目に眩しかった。今日は暖かくなりそうだ。
英語の勉強をして時間を潰していると、リカがやってきた。この間は他の事で頭がいっぱいで、あまり気にならなかったが、リカの車は派手だし、ちょっとうるさい。今時エンジンで走る車に乗ってるのなんて、彼女くらいなものだ。
外を見ると道路脇に停めた赤い車から、リカが降りてくるところだった。
彼女はすぐにヒロに気が付いて、大きな声でおはようと叫ぶ。大きく手を振って、早く来るようにとヒロを急かした。
ヒロはすぐに降りていったが、リカは既にハンドルを握って待っていた。ヒロがドアを閉め終わったか終わらないかのうちに、車は動きだした。
「おはよう、ヒロ。じゃ、まず買い物に行こっか。欲しいもの決まってる? 洋服とか足りてる?」
「おはようございます。ちょっとまだシートベルト締めてない」
「じゃ早く締めて。別にこんな田舎じゃ誰も気にしないけど」
「え、そういう問題ですか。今日忙しいんですか」
「なんで?」
「急いでるみたいだから」
「別に忙しくないし、普通でしょ。何か変?」
「意外とせっかちなんですね」
「そうかな。そんなことないよ。で、今日は何買う?」
「ああ、それですね。夕食食べても夜になるとお腹空くし、喉も乾くから、保存のきく食料とか飲み物が欲しいです。洋服は足りてないっちゃ足りてないですけど、どうせジャージしかないしなぁ」
「いいじゃないの、ジャージ。似合ってるわよ」
「ジャージ自体は別に嫌いじゃないですけど、全部がそれなのはさすがに」
「ま、どのみちここじゃ、ヒロが欲しいと思うものは無理ね。部隊に配属されれば、そのうち派遣先で買えるわよ」
「まあ、リカさんはいつもパンツにジャケットで格好良いですよね。靴も何足も持ってそうだし。どこで買ったか、知りませんけど」
「チクっとくるねえ。そのうち買いに行けるから。だけどさ、最近前より筋肉が付いてきててさ、ちょっとパッツンパッツンになってきちゃってない。大丈夫かな?」
「やっぱり訓練とかで筋肉付いてくるもんなんですか? 俺もルーカス見習って筋トレしようと思ってるんですけど」
「訓練してるだけでも勝手に付いてくるよね。でも、筋力は魔法である程度っていうか、かなりカバーできるから無くてもなんとかなるんだろうけどね」
「そうなんですか? 魔法って何でもできちゃうんだ」
「何でもじゃないけど、筋トレしただけで、あんなでっかい狼に追いつけるくらい早く走ったりできるようにはならないでしょ」
「そっか、凄いな」
「でも、やっぱりちょっと鍛えちゃうよね。だけど、ルーカスは、ただの筋トレ好きだから真似しなくてもいいと思う」
そんなどうでもいい会話をしているうちに、赤い車は街の中心部を抜けて、郊外に出てしまった。
「そういえば、お母さんには連絡してるの?」
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