第24話

「ヒロ、晩飯行こうぜ。出て来いよ。腹減ったよ」


 午後の自由な時間を満喫したヒロが部屋でゆっくりしていると、ノックと同時にルーカスの声がした。

 ドアを開けるとホセも一緒だった。寮を出て三人で食堂に向かう道すがら、ここでもまたルーカスは数人と挨拶を交わす。明るくて屈託がないからだろう、彼がみんなから好かれているのがよく分かった。

 カフェテリアには、昼以上に重そうな見た目の料理が並んでいた。そして、その馴染みのなさはさらに顕著だった。メインディッシュは肉と野菜のスープで、使っているハーブのせいだろうか、あまり嗅いだことのない匂いがしている。見慣れない料理ばかりの中に、フライドポテトが有ったので多めに盛りつけた。炭酸飲料のサーバーがあるのに気付いて、コーラを注いだ。こんなど田舎でも、アメリカの影響力はしっかり届いているようだ。

 食べている三人のところへ、アレックスが一人やってきた。


「ヒロ、初日はどうだった? 疲れただろう」

「そうですね、ずっと新しいことが続いてるから、頭がぱんぱんです」

「ゆっくり寝てくれと言いたいところだが、学生諸君には宿題があるからな、頑張れよ」

「はい、自信ないけど。そう言えば、リカさんはどうしたんですか」

「リカは昨日までの出張の報告書を作ってるよ。俺も食べたらすぐにまた仕事さ。そうだホセ、教授が明日レポート見せてくれって。下書きでも構わないから。来週アメリカに帰るから、それまでになんとなくでも形にできたらっていってたよ」

「はい、分かりました。もうちょっと考えたいところもあるんですけど、なんとか形にはします」

「さすがホセ先生、頼もしいな。じゃ、よろしくな」


 スクールの生徒は午後の授業が終わると、それぞれになんらかの研究活動をするというのはヒロもキムから聞いていた。研究とは聞いていたが、それに教授という単語が加わるのは予想外だった。

 アレックスが去ってからも、驚いたような不思議そうな顔をしているヒロを見て、ルーカスが笑った。


「おい、ヒロ。大丈夫か? こいつが特別なだけだぞ。研究、が本当の研究でビックリしたんだろ。安心しろ、オレなんかペットの飼育方法の研究って名目で、大型動物飼って遊んでるだけだから。本当に研究してる奴なんて、ごく一部だ。大体が趣味かクラブ活動みたいなもんだから、好きなことやりゃいいんだよ」

「そうなの? だって、アレックスって、アメリカの大学で研究してたんでしょ? そんな人と一緒にやってるんでしょ? ヤバくない? 俺、そんなのできないよ」

「アレックスとホセが凄いだけだって。ホセは年考えるとさらにヤバいけど。まあ頭良い以外は普通の良い奴だから心配すんなよ。なぁ、ホセ?」

「うん。て言うのも、なんか変だけど。僕の場合、たまたま数学が好きだっただけで、そこにたまたま良い先生に巡り逢えたから。ちょっと、初めて頑張ってるんだ、今」

「そっか。ホセって偉いんだな。なんか俺もないかな、研究テーマ」

「だったら、オレと一緒にペット飼おうぜ」

「何、ペットって。あんまり興味ないんだけど」

「まあまあ、そう言うなよ。今週はダメだけど、魔法使えるようになったら、一回来てみろよ。絶対、面白いから」

「じゃあ、一回だけね」


 夕食を済ませると、ヒロたちは徒歩二分の寮に帰った。

 ルーカスとホセの二人は、食後から寝るまではいつもホセの部屋で宿題をしているそうで、ヒロもお邪魔することにした。

 覚えるだけのものは一人で覚えるしかなかったが、理屈や仕組みが分からないことにはどうにもならないものは、ホセが分かりやすく教えてくれた。

 ヒロが彼等に追い付くには、まだまだ時間がかかりそうだった。そんなヒロに、ホセは来週までに補習スケジュールを組んでくれると言う。ホセが優秀過ぎて、ヒロは心の中で泣いた。

 午後十時を過ぎた頃から、急激に眠気に襲われた。ホセのお陰で今日の課題はどうにかなった。ヒロは先に寝かせてもらうことにした。キムの発言から薄々勘付いてはいたが、ルーカスは勉強ではあまり活躍しないようだ。二人はもうしばらく勉強を続けるらしい。

 部屋に帰ってベッドに横たわる。疲れと緊張のせいで、今日もすぐに眠りに落ちてしまう。

 ——暗い。辺りがとても暗い。真っ黒な闇が、どこまでもどこまでも広がっている。幼い頃によく見た景色だ。このまま闇に溶けていって何も考えられず、何も感じられなくなる。死ぬとはこういうことか、この先どこまでいっても、どんなに時間が経ったとしても何もない。何もないということすら、認識できない。果てしない虚無が広がる。

 ノックの音がする。誰かが呼んでいる。ヒロは起きなければと思うが、身体がとても重くて動けない。あの真っ暗な虚無が身体中にからみついて動けないようだった。

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