第23話
「相っ変わらず、分っかんねぇ」
顔を上げると、ガタイの良い黒人青年が頭を掻きむしっている。ヒロよりも年齢が少し上であろう、そのゴツい青年に向かって、前の方に座っていた女の子がすぐに反応した。キムだった。
「ルーカス、あんた本当にいつまで経ってもバカね。後でホセにしっかり教えてもらいなさいよ。宿題もきちんと全部終わらせてきてよね。じゃないと、いつまでたっても部隊に配属してもらえないんだから」
「うるせぇな、キム。ガキのくせに生意気なんだよ。あんま生意気だと、うちの母ちゃんのパンケーキ食わせてやんねえぞ」
「あっそ。別にあんたの許可なんかなくても、頼めば食べさせてもらえるから。そう言えばさ、トリーに週末お土産持ってくって言っておいて」
「あ!? おぉ、分かった。じゃあ言っとく」
キムはルーカスと呼ばれた青年を軽くあしらうと、女友達と教室を出ていった。ルーカスは立ち上がって振り返ると、ヒロの隣に座っている男の子に話しかけた。立つと彼のデカさがより際立った。
「ということで、ホセ、今日も勉強よろしくな。なかなか頭に入ってこねぇんだよなぁ」
「うん、分かった。ディナーの後に、いつもどおり僕の部屋で」
「おう」
ヒロの隣の小柄な少年は、そういえばホセという名前だった。
なんとなく二人を眺めていたヒロに向かって、ルーカスが話しかけてきた。
「よう、ヒロ。オレはルーカス。ルーカス・ジャクソン。あらためてよろしくな。さっきも挨拶したけど、どうせ覚えてないだろ。お前、今日の授業分かったか? 分かんないよな? 分かんなかったなら、オレと一緒にホセのところで教えてもらおうぜ。こいつ、まだ十四のチビなのにすげー頭良いんだよ。あ、オレは十七な。お前はいくつだ?」
「えっと。十六」
「そうなんだ、僕とあんまり変わらないんだね。僕はホセ・ナバスクエス。スペイン出身。仲良くしてね」
「ヒロ、お前さ、日本から来たばっかなんだろ。分かんないことばっかで心細いと思うけどな、オレらに何でも聞いてくれていいからな。オレもみんなも最初はそうだったんだ。気持ちは痛い程、分かる。今度うちの母ちゃんのパンケーキ食いに来いよ」
ルーカスはでかい図体で自分と一つしか違わないようには見えなかった。見た目の割に母ちゃんと言うのが、少しおかしかった。
「ま、とにかく腹減ったな。カフェテリア行こうぜ。ヒロ、お前も一緒に食うよな」
少し強引な誘いも、今のヒロにとっては渡に船だ。
ルーカスの言うカフェテリアは、朝食を摂った食堂のことのようだった。朝よりも重めのメニューが並んでいた。全体にアメリカっぽいメニューだが、ところどころ一段と馴染みのないものがあった。地元の料理だろうか。
ヒロは恐る恐る食べられそうなものを選んでから、カフェテリア中央の席に三人揃って座った。
ルーカスはどうやら人気者らしい。食事中にも関わらず、何度も何度も仲間に話しかけられる。話しかけられる度、ルーカスはヒロを紹介した。
食事が全く進まないので若干迷惑にも思ったが、お陰で色々な人たちに挨拶することができた。ただ明るい奴なだけではなく、面倒見が良いのかも知れない。ヒロは一応、ルーカスに感謝することにした。
「それじゃ、午後の授業行くか」
ルーカスが席を立った。
「待って、ルーカス。ヒロは、しばらく午後の授業ないんだよね。今日の午後はどうするの?」
「そうなんだよ、授業ないんだよ。だから、午後は部屋でゆっくりしてようかと思って」
「そっか。じゃあ、晩御飯の時に迎えに行くから待っててよ。部屋番号はいくつ?」
「えっと、三〇二」
「分かった。あ、そうだ連絡先教えるから、何か足りないものとか困ったことがあったら言って」
三人は連絡先を交換した。授業に向かう二人を見送ってから、ヒロは一人部屋に戻った。
部屋の前には、数冊の英語のテキストと辞書、いくつかのお菓子が置いてあった。リカの少し可愛らしい形の文字で、しっかり勉強もすること。追伸 使い古しでゴメンね、と書いたメモが乗せられていた。
やれやれ、とんだお節介だぜ。そんな芝居がかったセリフを呟きながら、ヒロは貰ったテキストを捲った。
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